第3話 ダンジョン狂

「ゲーム好きの人間によくある勘違いだが、ダンジョンにはレベルやステータスといった”数値”はないのだ。定量的に人間やモンスターの能力やスキルの効果を表すことは出来ない。例えば違う人間が同じスキルを使っても個人差によって威力に差が出るし、同じ人間が同じスキルを使っても機械的に同じ結果が出るようなことはない。あくまでダンジョン内の物理法則に従って事象は発生するのだ。だからもしダンジョン内の物理法則が全て解明され、それらを演算することが出来るのなら『”数値”で表すことが出来る』ということができるだろうが、そんなことは不可能だろうしダンジョンで実装するより現実で実装する方が速いだろうな。

 話を戻すがレベルやステータスがない、とはどういうことか分かるか?つまりは技術や精神の面で優劣が決まるということだ。ゲームと違うところはここだな。やりこめば強くなれるなんてことはないからな。スキルという武器をどう組み込むか、どう使うか。それを考え実行することこそが探索者の実力となるのだ。

 おっとすまん、スキルが何かは当然知っているよな?たまに知らないやつがいるからな、知っている前提で話すのはよくないことだ」


「長い!!!」


 ニャン高から徒歩で15分ほど、丘を下ってすぐのところに白神西ダンジョンはある。そこへ向かう道中で僕はチアキから講釈を聞かされていた。なんとなく女子と並んで歩くことが気まずくて歩幅をずらしチアキの横に来てしまったのが運の尽き。眼下に流れる白神川のごとく怒涛の勢いで流れ出るチアキの言説を滾々と聞かされる破目になってしまった。


「人の話を遮るとはなんだ。親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないわけではあるまい」

「同じパーティーの一員として仲良くしたいとは思っているけど、僕たちはまだ会って1時間もたってないんだけどね」


 話し足りないぞと不満げな顔をするチアキにそう返すと、「シャイなやつだな」と吐き捨てて足を速め先に行ってしまった。

 僕が悪いのか?ダンジョンは「レベル制じゃない」「スキルの組み合わせと技術がものを言う」ということをあんなに長々と話す方が悪くはないだろうか。


「仲良くやれそうですか?渡君」

「、、生森さん」


 チアキと離れると、今度は最後尾にいた生森さんがいつの間にか隣に立っていた。凛とした佇まいに反して幽霊かと思うほどの気配の薄さに内心仰天しながら、それを気取られないよう平静を取り繕って言った。


「まあ、ああいう図太い性格のやつだと僕も遠慮しなくていいし、仲良くできると思うよ」

「それはよかったです。彼は個性的ですからね。クラスではちょっと浮いているんですよ」


 たしかに、我が強いチアキを避ける人は多いかもしれない。僕の場合は姉の性格が強いから慣れてるけど、、、


「ですが、シュン」


 唐突に名前を呼ばれて一瞬足が止まる。そんな僕の一歩前に出た生森さんが振り向きざまに言った。


「私たちは5人でパーティーなんですから。彼とだけ仲良くなってもいけませんよ?」


 そう言うと、先ほどまでのお嬢様然とした姿はどこへやら。ウインクを一つ可憐に見せつけ、小走りで先頭を歩くヒナタさんに近寄り後ろから抱き着くと、仲良さげにじゃれ合い始めた。すぐにサツキさんも混ざって華やかな空間が形成される。


「小悪魔だ」


 誰だ、彼女をお嬢様とか言ってたやつは。




######




 白神西ダンジョンは10階層からなるオーソドックスな迷宮型のダンジョンだ。

 ダンジョンには大きく分けて三種類、人工物らしき石材などでできた通路や部屋で構成される迷宮型、動物たちの巣穴を拡張したような洞窟型、そしてダンジョン内に自然環境が形成されるフィールド型が存在する。

 もちろん迷宮ごとにモンスターの種類やドロップするアイテムなどで違いがあり、特にフィ-ルド型などで顕著に特色が出る。しかしこれから暫く僕たちが探索するであろうこの白神西ダンジョンは、各部屋を通路がつなぐ迷宮型で、罠もなければ出て来るモンスターもゴブリン系やコボルト系といった面白みのない、いわゆる無個性なダンジョンである。


 そういった解説を昨日既に一度来ているというヒナタさん――チアキには話が長くなりそうなので聞かなかった――に聞いた僕は”フロント”と呼ばれる全てのダンジョンに共通して存在する安全地帯で辺りを見渡していた。


「これがダンジョン、、、」


 ダンジョンの類型というのは知っていたがテレビではなく実物を見るのは初めてだった。四角く加工された石材が敷き詰められた床と壁、等間隔で設置された燭台はその実ろうそくではなく魔法でできているらしい。しかしそれ以外にはダンジョン1階層への入り口と探索者やパーティーの登録をするためのオーブしかなく、よく言えばシンプル、悪く言えば殺風景だった。

 テレビでよく見るのはダンジョン内部で、フロントはあまり映されることがなかったので新鮮な気持ちで眺めていると、ヒナタさんに呼びかけられた。


「シュン、あっちのオーブで探索者登録しよう。私たちは昨日やったから」

「昨日?4人だけだったんじゃないの?」

「顧問の先生に許可貰ってフロントだけ見て、ついでに探索者登録だけしたの。パーティー登録はまだだからシュンが登録終わったらやろう」

「ヒナタが駄々捏ねて無理やり来たの、ほんとは部活動の登録もまだ済んでないんよ」


 サツキさんにそう言われて思い出したが、ニャン高は昨日開いたばかりの高校だった。つまり彼女らは入学初日にダンジョン部を結成してその日のうちにダンジョンまで来ていたのか。ダンジョンが近いとは言えなんというバイタリティ、、、


「というか今日で入学2日目なら、探せばニャン高でパーティーメンバー一人ぐらい見つかったんじゃ」


 言ってから気付く、ヤブヘビだった。もしそれで戻ってニャン高生から新たな入部があれば、僕は追い出されてしまい再び余りものになってしまうかもしれない。自分の失敗に冷や汗が出る。


「待ってらんないよ、早くダンジョン行きたかったんだもん」

「そ、そう」


 ヒナタさんは迷いなく言い切った。他の3人も異論を挿まない。

 ひょっとして僕はとんでもない集団に紛れ込んでしまったのだろうか。野球バカという言葉があるように、ダンジョンのこととなると後先考えないダンジョン狂という人種が存在するのだ。僕はチアキをそういった類だと思っていたが、この様子だと全員そうかもしれない。

 一日たりとも待てないと大真面目に言い切ったヒナタさんと、それに同調するように頷くチアキとサツキさん。朗らかに微笑んでいる生森さんはアレである。


「じゃあ、早く登録していかないとだね、、」

「そうだね!この時間は人が少ないしパパっとやっちゃおう!」


 薄れていた気後れが再びぶり返してきた。

 僕はこのパーティーでやっていけるのだろうか。

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