第2話 顔合わせ

 猫塚高校は白高、、白神川学園から見て白神川を跨いだ先の小高い丘に新設された公立校だ。ダンジョン関連の企業が集まり発展が続く神門市では人口増加が止まらず、それに伴って未だに公共施設の増設が行われている。特に猫塚高校は小高い場所に建てられたため市民からの認知度がそれなりにあった。新設され校舎が新しいということと制服のデザインが可愛いという理由で受験時にはそれなりの人気があり、たしか白神川学園中等部で同級生だった子も2、3人受験していたはずだ。


 そういったわけで「ニャン高」という気の抜けた通称もすっかり定着するほどだったが、まさか僕が放課後に通うことになるとは思いもしていなかった。


 僕がニャン高に来ることになった経緯を説明しているこの場所は部室棟の一室だった。床も壁も新しく、空調も完備されている。白が基調の部屋は日当たりが良い時間にはまぶしくて敵わないが設備だけで言えば金持ち私立である白神川学園にも劣らない。


 ただ新しすぎる。

 なんもないし、静か。

 棚もロッカーは空っぽである。当然だがダンジョン関連の道具や雑誌なども見当たらない。もっと言うとこの20室以上はあるであろう部室棟に現状入っているのはこのニャン高ダンジョン部だけである。白高であればもっと野球部が掛け声を合わせてグラウンドを走り回っているだろうし、吹部や軽音部の楽器の音が聞こえてくるだろうが、時計の秒針の音が聞こえるほど静かである。


「というわけで、白神川学園から来ました。渡俊です。シュンと呼んでください」


 静かすぎて、一人だけの空間で壁に向かって話しかけているような気さえしていた。というか実際壁を見て話してた。そこまで緊張しいな性格ではないがさすがに外様すぎていつも通りとはいかない。


 部室の窓側に立つ僕を半円状に囲むように椅子を持ってきて座るニャン高の生徒たちも、真面目なのかじっと話を聞いていて、僕がここに来る原因の一端となったクラスのお調子者たちが恋しい。中一のときの僕はどうやって初対面のクラスメートと仲良くなったんだっけ!


 脂汗をかきながら頭を下げる僕の心中とは裏腹に、一番に座っていた少女は椅子から立ち上がると何の躊躇もなく僕の肩をむんずと掴んだ。驚いて顔を上げると、彼女は晴れやかな笑みを浮かべ力強くこぶしを握りながら言った。


「事情は分かったよシュン!私たちの方こそパーティー人数が足りなくて困ってたんだ!これからは一緒にインハイ目指して頑張ろうね!!」


「あ、はい。よろしく」


 彼女の快活な勢いに気後れした僕はそんな当たり障りのない返事しかできなかった。他の3人のメンバーの様子からしてこれが普段通りの振舞いなのだろうか。借りてきた猫のように縮こまるばかりである。いや、今の僕は猫に借りられる立場なわけなのだが。


「じゃあ私たちも自己紹介しないとだね!私は佐倉日向、一応ダンジョン部の部長やらせてもらってます。タメだしヒナタって呼んで!」


 彼女は数歩下がってそう名乗ると小さく敬礼のようなポーズを決めた。

 、、、かわいい。

 背は170センチ弱の僕と同じくらいで女子の中では高いほうだろう。黒髪ショートなのも相まって首長いし細いし顔も小さい、スタイル抜群とはこのことを言う。暖かい春仕様のスカートとシャツから伸びた健康的な肌がいっそう眩しく見えた。


「アタシは峰岸皐月、サツキでいいよ。よろしく~」


 次に手を挙げて名乗ったのは茶髪をポニーテールにしたギャルだ。と言っても僕が苦手な派手な人種ではなく、制服を着崩して個性を出すおしゃれな人だ。彼女も背が高く、なんなら僕より少し高いかもしれない。部屋の隅にやたらとチビモン、ダンジョンのモンスターをキャラクター化したキーホルダー、を付けたカバンが一つあるが彼女のだろうか。


「次は私ですね。生森小春といいます。ダンジョン部にはヒナちゃんに誘われて入りました。、、緊張してるみたいですけど安心してくださいね?私たちも昨日会ったばかりですから疎外感を覚えることはないですよ」


 そう気遣う言葉をかけてくれたのは真っ黒な髪を長く垂らしたザ・お嬢様という雰囲気の子だった。背は先の二人と違って高くはないが、椅子に座る姿勢がいいのか小さくは見えない。所作の一つ一つが丁寧でひょっとすると本当にお嬢様かもしれない。ただ彼女の優し気な微笑みからはあまり距離感を感じなかった。


「最後は俺だな」


 そう言うと、ニャン高唯一の男子生徒が椅子から立ち上がり、もったいぶったようにゆっくりと僕の方へ歩き始めた。

 ちっちゃ!?生森さんよりちいちゃくないか!?

 せいぜい3,4歩程度の距離をゆったり詰めて来た彼は頭一つ分、比喩ではなく小さかった。高校生の中に一人だけ小学生が紛れ込んだような小ささ。顔も童顔で制服を着ていなければ誰も彼を高校生だとは思わないだろう。


 そんな彼はさも王様が臣下を労わるような仰々しさで僕の肩に手をのせた。流行ってるのか?


「でかしたぞシュン。危うく女だらけのパーティーで男一人になるところだった」


 こいつ体の割に態度はでかいな。


「俺は古賀千秋。チアキと呼んでいいぞ」


 チアキはそれだけ言って戻ると、少し跳ねるようにして席についた。別に飛び乗らなくてはならないほど小さいわけではないだろうに、大仰なのかせわしないのかわからないやつである。


 チアキがもとの場所に戻ったことで再び一人だけ立っている僕に視線が集まるが、僕も視線をヒナタさんに向けることで話の主導権を渡す。ヒナタさんはそれに気づくと「じゃあ」とみんなの前、僕の隣にやってきて手を叩いた。


「行こっか、ダンジョン」

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