第1話 僕だけパーティーに入れない?




 僕、渡俊わたりしゅんには朝のルーティンがある。

 まず起床は5時。昔は目覚ましを使っていたが今では鳴らさなくとも毎日同じ時間に起きることが出来るようになった。


 寝起きの良い僕はベットから出てひと伸びするとすぐに頭が冴えてくる。

 布団を畳んでジャージに着替えるが、ランニングよりも先に向かうのは勉強机だ。僕は朝一の目覚めた瞬間の脳が一日の中で一番新鮮で、その冴え切った脳で勉強することが一番効率的だと思っている。


 1時間ほどノートを開いて新鮮な脳に情報を送った後、今度こそランニングに向かう。

 部屋を出て階段を下りるとキッチンで母さん、渡香苗わたりかなえが朝食と弁当を作っているので声をかけてから家を出た。


 天気は暑くも寒くもない雲の多い晴れ。高校生活が始まって二日目ではあるが、今までと変わらない穏やかな生活が続いている。



 僕、渡俊わたりしゅんは白神川学園高等部に昨日内部進学した1年生だ。

 白神川学園は県内有数の中高一貫の進学校で、加えて強豪ダンジョン部が存在していることで有名だ。今や野球やサッカーに並ぶ興行規模があるダンジョン競技において、優秀な成績を修めることは一種のステータスである。

 そういった面に惹かれて僕もこの学校を受験し、高い倍率を掻い潜って入学を果たしたのが3年前の話だ。


「おはよう」

「おはよー」

「おっはー委員長」

「お前、、、」


 朝、登校するとすでに浅野と沖田が登校していた。浅野は家が遠いため遅刻しないように早く来ていて、いつも将棋の本を読んでいる眼鏡少年だ。沖田もなぜかは知らないがいつも早く来る女子で、大抵前日出された宿題を朝になってやっている。中学時代から僕ら3人が学年の中でも登校が早く、自然と距離が近い同級生だった。

 

 浅野は相変わらず本から目を離さずに挨拶を返してきたが、沖田は席から立つとからかい交じりの口調で返しながら、自分の席に向かう僕についてきた。


「流石委員長!こんな朝早くからいらっしゃるとは勤勉ですね!」

「お前のせいで学級委員やるはめになったんだろうが」


 そう、僕は昨日の委員会決めでやるつもりのなかった学級委員を押し付けられていた。

 学級委員は人気がない。他の高校ならいざ知らず、既に3年共に過ごした僕らの中でわざわざ誰かがリーダーシップをとる必要など初めからなく、学級委員は名前だけ聞こえが良いただの雑用係に過ぎないことを皆知っているからだ。

 

 そこで僕もクラスメイトと同様担任と目が合わないよう机の下で教科書を広げていたわけだが、なんとこの沖田が名指しで僕を推薦しやがったのである。やれ「朝早くから学校に来て勉強してる」だの、クラスの誰とでも分け隔てなく接しているだの。取り繕ったような賛辞を並べたのだ。

 それを今年初めて担任を受け持った先生が真に受けてしまい、面倒を押し付けたい他のクラスメイトも乗った結果、僕が学級委員をやるはめになったのである。


「それにしても、内職してるせいで何が起こったのか分かってなかったシュンの顔は面白かったね」

「腹立つなあー」


 きちんと話を聞いていれば反論なり言い逃れなりできたのに!

 沖田にスキを見せて術中にはまった昨日の自分が恨めしい。


「お前に雑用命令してこき使ってやる」

「、、、そういえばさっき清水先生がシュンが来たら職員室に来るよう伝えといてって言ってたよ」


 清水先生は高等部1年の学年主任と同時に、ダンジョン部の顧問もしているベテラン教員だ。

 うちの学校は基本的に高校時の途中入学の生徒を取らないので、前年度の内に部活動の入部届を提出していた。かくいう僕もダンジョン部に入部届を出していて本来なら昨日から早速部活動が始まっていたはずなのだが、どっかの誰かのせいで学級委員の集まりに行かなければならなかったので参加できなかったのだ。


「昨日ダンジョン部に行けなかったからその件かも」

「なら今のうちに入っといた方がいいかもね」

「そうだね、職員室行ってくるよ。それと今ので話逸らせたと思わないでね」

「んぇ」


 僕は彼女にそう釘を刺すと教室を出て職員室がある隣の棟へ向かった。





「僕だけパーティーに入れない?」

「ああ、申し訳ない、、、」


 そう言ってただ頭を下げた清水先生を責める言葉が出なかった。怒っていないとか、呆れすぎたとかそういうわけじゃない。言い訳もせず一回りも年下の子どもに頭を下げられるできた大人に、職員室のど真ん中で怒りをぶつける肝の太さを僕が持ち合わせていなかっただけだった。

 ダンジョン部の顧問で1年1組の担任清水先生、頭を下げた彼のその奥には僕のクラスの担任である福間先生が座っている。3年目の新米教師である彼女は自分のクラスの生徒と先輩教師との会話が気になるが、声を挟むことは出来ずにちらちらとこちらを伺うばかりだ。

 少しだけ冷静になれた僕は目の前の薄くなり始めた旋毛へ素直な疑問を投げかけた。


「いったいどうしてそんなことに?」

「ちょうど新入生の人数が40でな、切りが良いからと昨日の内にダンジョンに行ってパーティー登録しちまったんだ」


 ダンジョンには5人で1パーティーという絶対不変のルールが存在している。登録したパーティー全員が揃わなければ不思議な力でダンジョンに潜ることが叶わないのだ。そしてダンジョンで一度パーティー登録をすると解散以外に変更する手段がない。

 パーティーを組むかどうかを試すための仮登録のような制度もあるが、この言い方だと本登録をしてしまったのだろう。例年であれば余りの生徒も含めて6人パーティーを作り毎回仮登録で5人ずつ潜ったりするのだが、本登録の方が恩恵が大きいからできるのなら本登録した方がいい。


「一応聞きますけど僕含めないで40人ってことですよね?」

「すまん、すっかり忘れてたんだ」


 意地の悪い言い方だったろうか、しかしこれぐらいは言わせて欲しかった。僕ははこの白神川しらかみがわ学園ダンジョン部1年生においてすっかり余りものになってしまったのである。ダンジョン部の活動もろくにできないであろう。来年新入生が入ってくるまで僕はダンジョン前で仮のパーティを探して潜る羽目になるのだろうか。

 うちの学校は基本的に高校時の途中入学の生徒を取らないので、前年度の内に部活動の申請書を提出していた。とはいえ新学期が始まってまだ2日目なのに、何を急いだらそんな事態になるのだろうか。


 中等部時代と変わらないライフサイクルに、新しく加わるダンジョン部の活動という適度な刺激。学業に注力しながら強豪ダンジョン部でも切磋琢磨する。僕が思い描いていた順風満帆な高校生活が音を立てて崩れていくような気がした。

 それに一緒にダンジョンに潜ろうと約束した友人たちにも申し訳がない。ちゃんとパーティーは組めたのだろうか、、、


「ちょっと待ってください。僕の友達も何人かいましたよね、その子達は何か言わなかったんですか?」


 そうだ、あいつらは昨日ダンジョン部に出席したはずだ。もしや一緒にパーティーを組もうと言ってくれたのは単なる社交辞令だったのか。


「そいつらのことを責めないでやってくれ、実はだな、、、」


 どんどんネガティブな方向に思考が流れていく僕に清水先生が教えてくれたのは中々興味が惹かれる話だった。

 我らが白神川学園の存在する神門みかど市は世界でも有数のダンジョン発生地域であり、ダンジョンの数に比例して著名な探索者も多い。その中でもかの探索者向け人気雑誌『世界のパーティーランキング!』に毎回名を連ねている世界的パーティー『鳳凰のほむら』のリーダー『睦月淳史あつし』とサブリーダー『伊達翼』の子どもが二人、なんと特例で白神川学園に途中入学していたというのである。

 

 あの睦月さんと伊達さんの子ども!是非お近づきになりたい!話聞きたい!

 

 つまりは今の僕と同じように、中学3年来の友人たちも興奮して僕のことをすっかり忘れてしまっていたということである。さらに興奮した1年生たちに押されるように、1日目からダンジョンに行って登録してしまったというのがことの顛末だった。 


 責めるに責められない僕のうだうだとした思考を遮るかのように、面前にズイっと一枚の用紙が突き出された。普段校内で見るくすんだわら半紙ではない。もっと上等な仕様のものである。


「校外活動申請書?」

「そう。君にはお隣の猫塚高校の生徒たちとダンジョンに潜って貰いたい」

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