第4話 今日から僕はニャン高ダンジョン部



「探索者登録を完了しました。ようこそダンジョンへ」


 僕が手をかざしていた薄緑に光るオーブから男とも女ともとれる中性的な音声が流れる。

 手のひらに丁度収まるサイズの登録用のオーブは縦に細長い直方体の上面に埋まっており、そこに手を乗せると怖いくらい簡単に登録することができた。


「次はパーティーの登録ね」


 肩越しに僕の探索者登録を覗いていたヒナタさんはそういうと今度は赤く少し大きいオーブへ向かっていった。他の3人もオーブに手を掛けて待っていた。そこに加わったヒナタさんに続いて僕も手を乗せた。少し大きいオーブと言っても5人の手が乗るには小さく、5人の手が少し重なった。


「5人のメンバーが確認できました。パーティー登録を行います。よろしいですか?」

「一応確認するけど、この5人で本登録していいんだよな?」


 躊躇なくYESと答えようとしたヒナタさんに割って入って言った。なぜそんなことを言うのか分からないといったとぼけた表情をしたヒナタさんを初めとして、サツキさん、生森さん、チアキの顔を見渡す。サツキさんは苦笑を、生森さんはいつもの微笑みを、チアキは、、、少し緊張しているだろうか。ただ、パーティー登録に不満を持っている人はいなそうだった。僕一人が不安に思っているだけだ。

 自分の学校でパーティー登録に不備があって、僕があぶれてしまった。そういったことがあったから何か間違えていないか、見落としていることがあるのではないかと心配になっているのだ。

 だから皆パーティー登録に異論がないことを知っていて、わざわざ口を挿んで止めたんだ。


「シュン」


 また生森さんに名前を呼ばれてドキッとする。お嬢様然とした彼女に砕けた呼ばれ方をされると思わず緊張してしまう。

 生森さんは僕の緊張に気づいたのか、オーブに乗せているのとは逆の手を更に僕の手の上に乗せた。 


「私はもうパーティーだと思っていますから。仲良くしましょう?」

「そうだぞー、遠慮しなくていいからな」


 次いでサツキさんも手を重ねた。道中ではあまり話してはいなかった彼女にも気遣われたのが分かり、ギャルな見た目に反した繊細な優しさに若干の気恥しさを感じてると、一方で横柄な態度だったチアキも無言で左手を差し出した。何も理解できてなさそうなヒナタさんが取り合えずで出した手に僕も重ねる。


「遮ってごめんヒナタ」

「うん、、じゃあ登録するね。オーブさん、この5人でパーティー登録します!」


 片手で、というか指一本でも触れていれば登録できるオーブを、5人全員両手で覆っている様子は傍から見ればおかしな光景だっただろう。ただ僕には、僕らが1つパーティーになるのだという実感を与えてくれた大事な儀式になった。


「登録を完了いたしました。ダンジョンをお楽しみください」


 今日から僕はニャン高ダンジョン部として活動する。いままでのうじうじした思いを切り払って、僕はそう決意を固めた。



######


 

「じゃあ、とりあえずジョブを決めようか」


 パーティー登録終えた僕たちは一度フロントの隅に集まって話し合いを始めた。

 ジョブ、というのはパーティー内の役回りのことだ。剣や槍などの物理攻撃をする『アタッカー』、相手のヘイトを引き付けて味方を守る『タンク』、魔法をつかって攻撃する『メイジ』、回復やバフをかける『ヒーラー』などがあり、パーティー内でのバランスの良さが最低限求められる。この4つのジョブ1人ずつに自由枠を1人加えた『4+1』の構成が基本となる。

 この自由枠がどのジョブをするかでパーティの特色が現れ、例えばアタッカー2人の構成なら近接型のパーティー、タンクが2人なら防御を重視したパーティーという風になる。


 ただ、あくまでジョブというのは人間側が勝手に決めた用語であって、ダンジョンで何か登録するようなものではない。


 少しダンジョンの仕組みについて解説しよう。

 探索者はダンジョンに入る前に武器とスキル構築ビルドを設定する。これはフロント内でのみステータスボードを使って行うことが出来る。ステータスボードの出し方はおなじみの「ステータスオープン」という単語を唱えるだけだ。


 武器はかなりの種類があり、加えてある程度形状をカスタマイズできる。ただし変な形状にすれば取り回しが効かなかったり武器欠損ロストする可能性が高まるので、あくまで自分に使いやすいようサイズや重心をいじくる程度である。

 

 重要なのはスキルビルドだ。各ダンジョンには”スキル数上限”が存在する。例えばこの白神西ダンジョンは5、有名な梅田ダンジョンだと7である。その数だけ探索者はスキルを設定できる。

 アタッカーである剣士のビルドを例にとると、全ての探索者に共通して必須の『身体能力上昇』と剣戟の威力が上がる『剣術』は確定として、瞬間的に加速できる『アクセル』と強撃を放てる『スラッシュ』、『腕力上昇』などの構成になる。

 もちろんヒーラーが『アクセル』を覚えたりタンクが『ヒール』を覚えたりすることもできるが、スキル数に上限がある以上、自分の役割ジョブを意識したスキルを優先的に組み込む必要がある。

 例外的にスキル数上限が多いダンジョンでは自分のジョブ以外のスキルをビルドに組み込んだり、自由枠の1人が『メイジ』と『ヒーラー』の両方をこなせるビルドにすることもある。


「それで、私は『魔法剣士』をやりたいの!」


 ただし、ダンジョン初挑戦でそんな”例外”をやろうとするのはおかしい。


「アタシは槍持ってアタッカーするから」

「俺はメイジ以外をやる気はないぞ」

「私はヒーラーやりますね」

「さっきまでの一体感と優しさは何だったんだよ!僕がタンクやるの確定じゃないか!」


 こいつらがダンジョン狂の集まりだということを失念していた。ダンジョン探索を1日とて待てない連中がやりたいジョブを決めていないはずがなかった。もちろん譲る気もないだろう。途端に先ほどまでの気遣いがここで意見を通すための布石に思えてきた。

 まあ男子2人で片割れがちびチアキな時点で薄々自分がやらねばならないと感じてはいたが、僕がタンクをやるはめになってしまった。


 タンクというのはジョブの中でも不人気の役割で、ミスするとパーティーの負けに直結しかねないから責任重大だし、攻撃を多く引き受けるから痛いし、攻撃する場面も少ないから地味で面白くないのである。たまにトップパーティーのタンクが『シールドバッシュ』でモンスターを吹き飛ばすド派手なシーンがあったりするが、あれをするには『体重増』『腕力上昇』『シールドバッシュ』の3つのスキルが必要で、言ってしまえばテレビ用のやらせなのである。『シールドバッシュ』単体の用途は相手の武器を弾くとか態勢を崩すとかそういう具合である。

 端的に言うと


「別にやりたくないなら本職タンクをやらなくてもいいんだよ?」

「はい?」

「ほら、避けタンクとかあるじゃん」

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