第十九話『何ゆえ男を嫌うのか』

振り返り終えたところで舞宵がため息をついた。


「ほんと、頑固すぎるよ。その後だって何度か藤本君は危険じゃないって言ったけど全然聞いてくれなかったし」

「そう、だったわね」


ずっと舞宵からその男を遠ざけることしか考えていなかった。

その男の話なんて一つも聞いてなかったし、聞きたくもなかった。


「だから、流石に咲希ちゃんのことが嫌になったよ」

「う……本当にごめんなさい」

「それで、咲希ちゃんはどういう思いで私にああ言い続けてたの?」


ふぅと一息吐く。


「知っての通り、私は男が嫌いよ。近くにいる程度ならいいけど、話しかけられるだけである程度不快に感じるぐらいには嫌いだわ」

「中学生の頃に色々あったってのが大体の原因だよね。咲希ちゃん何があったかあんまり話してくれなかったけど」


中学の時に私が経験したこと。

舞宵にも誰にも話すつもりなんてなかったのに、あいつにはその一部を漏らしてしまったから。

なら、舞宵に黙っているわけにはいかない。


「……そう、今それを話したいの。いい?」

「うん、前から聞きたかった」

「じゃあ話すわね」



「……」


そう前置きしたにも関わらず、口を開いては閉じるを繰り返してしまう。



当時のそれらはもれなく苦い思い出で、詳細に思い出すことには抵抗があった。

それでも伝えなければならない、そうしないと舞宵と心を通わせることはできない。


少しばかり時間をおいた後、ゆっくりと当時を語り始めた。



「舞宵に嫌な思いしてほしくなくて具体的に話したことはなかったんだけど――」




≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈




中学に入学して一ヶ月ほど経った頃、咲希はクラスメイトに告白されていた。


『白石さん好きです、付き合ってください!』

『え、えっと……気持ちはうれしいけど、ごめんなさい』



「最初はそんなただの告白だったわね」

「咲希ちゃん最初からモテモテだったよね。告白されたって何回聞いたことか」

「でも、それも含めて全部断ったわ」

「元から咲希ちゃんあんまり男の人好きじゃなかったもんね」

「そう、もあって男は少し苦手だったわ。昔から嫌な視線を浴びてきたし」



陸上部の活動に慣れてきたというところ、グラウンドの端で咲希は先輩と対面していた。


『白石さん、君の走る姿に惚れた! 俺と付き合ってほしい!』

『ご、ごめんなさい。先輩のことは尊敬する部活の先輩としか見ていないので……』

『そ、そんな。俺県大会で優勝とかしてるよ?』

『それはすごいと思います。でもそれとこれは違うので』



「陸上部の先輩からも告白されて、正直部活がやりづらかった記憶もあるわ」

「確か当時のキャプテンだったよね、ものすごく足速かった人」

「ええ、でも足が速くても遅くても関係ないわよ。私はただ走るのが好きだっただけだし」



ある日、名も知らぬ先輩から突然話しかけられる。


『白石さんって彼氏いないんだよね? なんで作らないの?』



「何度か告白を断ったところで軽薄に話しかけられるようになった」

「昔は今ほど厳しく言ってなかったもんね」

「そう、昔は丁寧に断っていたから向こうのダメージも少なかったと思うわ。でも、断ってばかりだったからチャラチャラしている男に目を付けられ始めた。」



その男は軽薄そうであったが、咲希は真面目に取り合う。


『えっと、彼氏いるのが当たり前ではないと思うのですが』

『えー、それもったいなくない? 今まで彼氏いたことないんでしょ?』

『そうですが、それは私が作りたくないからです』

『なら俺と付き合ってみようよ! 色々楽しませてあげるからさ!』

『い、いえ遠慮しておきます。先輩とか関係なく誰とも付き合う気ありませんので……』

『ふーん……』



「ちゃんと誰とも付き合う気はないって断言してたんだけどね。結局その後も続いたわ」

「それってまだ一年生の頃の話だよね」

「ええ、というか全部一年生の時の話よ。二年生からは後輩から告白されるぐらいだったから」



前と似た不真面目そうな上級生にまた声をかけられる咲希。


『ねぇ白石さん。君っていつも同じ女の子といるよね。えっと、佐倉さん……だっけ? なんであんな暗い女の子と一緒にいるの?』

『……なんでと言われても舞宵とは昔からの親友だからです。あと暗いとか言わないでください。舞宵は人見知りが激しいだけです』

『ふぅん。でも俺にはその子と白石さんは似合っていないと思うなぁ。もっと白石さんは明るい人達と絡むべきだよ。俺みたいなね』


突然の親友への罵倒に咲希が表情を崩す。


『……は?』

『やっぱり環境って大事だと思うんだよね。せっかく白石さんすごい可愛いのに一緒にいるのが暗くて芋っぽい子だと白石さんの評価が落ちるばかりだよ。だから――』

『失礼します!』


咲希が去った後、その男はだめか、と口を尖らせた。



「……初めて聞いた」

「ええ、一年生の後半はずっとこんな感じだったわ。でもこれを舞宵に聞かせたくはなかった」

「確かにその頃は髪も長かったし、暗くて芋っぽかったと思うけどね」

「それは今思えばって話でしょ? あの頃の自信なさげだった舞宵に聞かせてたら相当落ち込んでたと思うわ」

「それは……そうかも」

「でしょ? この辺から私の対応も変わり始めたわ。寄ってくる男から出てくる言葉に舞宵のことが入り始めたから」



放課後の教室。

咲希はクラスメイトの男に話しかけられていた。


『白石、お前本当は佐倉と一緒にいたくないのに、親の言いつけで仕方なく佐倉と一緒にいるって本当か? 困ってるなら俺が力になるけど』

『は? 誰がそんなことを』

『い、いや聞いただけなんだけど、本当なら佐倉から離れられるように『ふざけないで』ひっ』


その冷たい表情にクラスメイトは情けない声を漏らした。


『私が無理して舞宵と一緒にいるですって? 冗談じゃないわ! 何よ聞いた話って。普段の私達見てれば私が無理してるなんて思えるわけないと思うけど? なんで親が見てない学校で休み時間まで一緒にいるのよ、おかしいと思わないの?』

「い、いやだから俺はそういう話を聞いただけで」

『貴方は聞いたことすべて信じるわけ?』

『そ、そういうわけじゃないけど、ただ俺は白石が心配だなーって思って』

『心配なんて余計なお世話よ! ちょっとは自分の目で判断することもできないの? 貴方のような頭の悪い人断固拒否させてもらうわ』



「……そんなこと言われてたんだ、私」

「当然そんなわけがないわ。でもそれを聞いて万が一無理してるとでも思われたらと思って話さなかったの」

「家族にはそれ言わなかったの?」

「言わないわよ、学校のことを家庭に持ち込んだって仕方がないわ。別に私に言われているだけだし、そういう噂が流れていても舞宵自身には何もなかったでしょう?」

「確かに、虐めとかはなかったね」

「だから話しても仕方がなかったのよ。結局それが舞宵にも伝わって舞宵が落ち込むだけ。ただただ余計よ」



一年生の後期。

咲希は後ろの席に座るオタク気質なクラスメイトに突然告白されていた。


『ね、ねぇ白石さん。君って僕のことが好きなんだよね? 僕も君のことが好きだよ、付き合おうよ』

『……はい? なんでそんなことになったの?』

『だって君、授業中に僕の消しゴム拾ってくれたじゃない。しかも渡すとき笑ってくれた。プリントだって笑って渡してくれた。それって僕のことを好きな証拠だよね?』

『いや、それだけで好きだとか思われても困るんだけど……』


咲希の露骨な表情にその男が悲痛な叫びをあげる。


『そ、そんな! 君って佐倉なんかと仲いいんだから暗くてもさっとしてる人が好きってことじゃないの? 佐倉がいいなら僕のことも好きになってくれると思ったのに! なんで僕と付き合って――』

『うるさい』

『うっ……』

『……キモ、ちょっと笑っただけでそんな勘違いするとか、頭おかしいんじゃないの?』

『ぇ、ぇと……』

『ほんと気持ち悪い。人のこと貶すような貴方を好きになる人がいるとでも? 貴方生きてない方が人のためになるわよ、消えて』



「……うわぁ」

「まあそんな勘違い男もいたわけで。ただのコミュニケーションで勘違いされるとかどうしようもないわよ」

「確かに途中から冷たくなったって言われてたよね」

「仲が良い人は別だけど、それ以外、特に男に対しては笑顔すら浮かべないようにしてたわ」

「私のイメチェンを提案してくれたのもそのあたりだよね」

「そう。目立たない見た目してるだけでそんなに言われるのなら舞宵に変わってもらおうと思って」

「最初はすごい嫌だったけど、おかげで話しかけてくれる人増えたから本当咲希ちゃんには感謝してる」

「でも人見知りは全く改善されなくて、その子達もかなり気を使ってくれてたけどね」

「それは言わないでよぉ!」

「……コホン。そんな感じで私自身も相当のストレスを感じつつも周りの男をあしらっていたのよね。話にあげるほどでもないけど他にも何度かあったし」



一年生の最後の一件。

それによって咲希は完全に男を嫌うようになる。


この日、咲希は屋上に呼び出されていた。


『よく来てくれた、白石』

『……呼び出したのって先輩でしたよね? なんで他の人がいるんですか』

『いやぁ一人だと心細くてな。友達に来てもらったんだよ』

『はぁ。手紙の内容的に告白だと思うのでもう断らせていただきます。告白程度一人で出来ない男と付き合う気なんてありません。では』

『おい』



「すぐに帰ろうとしたけど、別の男に行く手を阻まれたわ」

「ちょ、ちょっと、咲希ちゃん大丈夫だったの」

「私に何かあった記憶はないでしょ? そういうことよ」



呼び出した男の後ろに控えていた男が咲希の前に立つ。

咲希は状況を把握できないでいた。


一度振り返り、咲希を呼び出した男の方を向く。


『……何のつもりですか?』

『いやぁ困るんだよね、そういうことされると。これに断るとかないの、わかる?』

『意味が分からないんですが』

『お前は俺と付き合うっていうまで帰れないってこと』


その言葉に咲希は先輩への表面上の態度をやめる。


『……ダッサ、一人で告白もできないチキンのくせに脅してはいって言わせようっていうの? 貴方男の中でも最低のクズね。心底軽蔑するわ』

『……おい、状況がわからねぇのか? 拒否権なんてないんだよ、おい』

『!? 何すんのよ!』


先ほど立ちふさがった男が後ろから咲希の体を掴んだ。


『付き合うって言わないのなら仕方がねぇ。まずは身体に教え込んでやらねぇとな。はいって言うまで腹をぶん殴る。足を攻撃してもいいな、確かお前陸上部だし。走れない足になりたくなかったらさっさとはいって言った方が身のためだぞ?』

『お断りよ!』

『じゃあ仕方がねぇ、まずは一発目だな』

『くっ……』



「さ、咲希ちゃん!」

「昔話にそんなに心配そうにしないでよ」

「だ、だって……」

「その時は後ろの男に掴まれていたから逃げるに逃げれなかった。そこにじりじりと詰め寄ってくる呼び出した男。そのままじゃ本当に殴られると思った。だから――」



『っ! こんのぉ!』


咲希は苦し紛れに後ろに足を蹴り上げる。

その蹴りはきれいに男の股間をとらえた。


『おぐぅ!』

『お、おい!』

『はぁぁ!』

『ぐっ』


近寄ってきた男にも股間をめがけて蹴り上げるが、そちらは避けられてしまう。


『ちっ、ほんと最低! 金輪際近づかないで!』


しかしそれによって男たちの包囲網は崩れた。


咲希はその隙を逃さず、屋上から走り去った。




≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈




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