第十八話『恋の裏で生まれた好意と敵意』

『来ていいよ』

『わかったわ』


メッセージを受けてすぐに移動する。


舞宵の家は呼ばれてから家を出ても待たせないぐらいには近い。

数分も経たずに家の前にたどり着き、インターフォンを鳴らす。



ほんの少し間をおいて扉がガチャッと開く。

開けてくれたのは舞宵のお母さんおばさんだった。


「こんにちわ」

「舞宵から来るって聞いていたわ。さ、入って入って!」

「おじゃまします」

「ええ、どうぞどうぞ! なんだか久しぶりね、咲希ちゃんを家に入れるの」


確かに、入るのは舞宵と仲違いして以来か。


「まあ……色々あったから」

「そう……」

「咲希ちゃん」

「……舞宵、来たわよ」

「うん、いらっしゃい」


いつになく真剣な顔をしてるわね。

まあ、きっと私の表情も強張っているんでしょうけど。


「ママ、今から咲希ちゃんと大事な話をするから。お茶とかもいいから、私がいいよって言うまで部屋に近づかないで」

「大事な話? そうなの咲希ちゃん」

「ええ」

明凛あかりにもそう伝えておいて」

「……わかった。なら先にお茶とか持っていきなさい」

「うん、持っていくよ」



おばさんからお茶とお菓子を受け取って移動する。



「明凛はまだ帰ってきてないのね」

「うん、多分今日も部活だよ。ややこしくされても困るからよかった」

「あの子、相変わらずなのね」

「うん。はい、入って」


舞宵の部屋に入り、クッションの上に座る。


ちょっと前までは頻繁に出入りしてた部屋。

空いた1か月程度じゃほとんど変わっていない。



「「……」」



座ったはいいものの重苦しい空気が漂う。

向かいからちらちらとこちらを伺っている気配が感じられる。


舞宵も話があるって言ってたし、いきなり話してくる可能性もあるかなとか考えてたんだけど。

そういうのはなさそうね。


「――ふぅ」

「!」


息を吐き、舞宵の方に目を向ける。

その瞬間舞宵が肩をビクッとさせた。


……私が言えたことじゃないけど、緊張しすぎじゃないかしら。


「舞宵」

「は、はい」

「私から大切な話があるわ」

「う、うん」

「まずはありがとう。話に応じてくれて、家に呼んでくれて。おかげで何も気にせず話をすることができるわ」

「わ、私も咲希ちゃんに話があったから、大丈夫だよ」

「ええ。もちろん舞宵の話は聞くけど、まずは私の話から聞いてほしいわ。でも、その前に言いたいことがあるの」



私はすぅと息を吸い込み、全て吐く勢いでそれを発した。



「ごめんなさい!」

「――!」



誠心誠意舞宵に謝る。

話の前に私はそれをしておかなければならなかった。


「私はあなたの話を聞こうともせず、私の意思を押し通そうとしたわ。確かにそこには私なりの理由があった。でも、相手の意見を無視して一方的に自分の意見を押し付けようとするなんて、たとえ舞宵が相手でも許されることではなかったわ。本当に、本当にごめんなさい!」


下げていた頭を戻し、舞宵の目を見る。


「理由っていうのは後で説明する。でも今はただただ謝らせてほしいの。私の行動は人として間違っていたわ」


私は舞宵の意見を全く尊重しようとしていなかった。

あいつには否定したけど、私の言動は確かに舞宵を都合の良い人としかとらえていないようなものだった。


――いや、わかっていたからこそあんな感情的な行動に出てしまったのかもしれない。


……そういえばあいつにビンタのこと謝ってなかった。


「わ、私は本当にダメな人間だわ……」

「さ、咲希ちゃん落ち着いて」

「あ、その、急にごめんなさい。でも最初に謝っておきたくて……」

「うん、それはわかったから」

「ごめんなさい」

「もう、さっきからごめんなさいしか言ってないよ?」


舞宵は苦笑いを浮かべている。


「でも、意外だったな。咲希ちゃんが謝るなんて」

「え、私謝るときは潔く謝ってたと思うんだけど?」


私、そんな傲慢な女ではないわよ?


「まあそうだけど、それは咲希ちゃんが悪いと思っていたらでしょ? 今回のことは咲希ちゃんに悪気がないと思ってたから」

「うっ」


確かにあいつに言われるまで全く自覚していなかった。


「だから意外だなって。誰かにそう言われたりした?」

「ゔっ」


さ、流石舞宵、鋭い……!


疑問の形を取りつつも半ば確信している様子の舞宵。

私の反応を見てやっぱりと言わんばかりに頷いた。


「へぇ、咲希ちゃんにそういうこと言う人いたんだね」

「ま、まあそれはいいのよ。とにかくまずはあなたの意思を無視してごめんなさい」

「うん、そうだね。何か言われるかなとは思ってたけど、否定されるだけじゃなく何も言わせてもらえないとは思わなかったよ」

「……そうよね」

「もちろん、咲希ちゃんだから仕方ないとは思ってた。思ってたけど、でもやっぱり悲しかったなぁ……」

「舞宵……」


そう言いながら眉を下げる舞宵を見ると胸が苦しくなる。


ほんと、私は何も見ていなかった。


「あのね、私の話を聞いてほしいの。なんであんなことを言い続けたか」

「うん、聞くよ」


私は息を整えてからあの日の朝を振り返り始めた。



「あの時、こんなやり取りをしたわよね――」




≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈




『おはよう!』

『あら舞宵、ギリギリね。日直だったから私一人で早くに行ったけど、やっぱり早起きしてもらうべき――』

『咲希ちゃん!』

『な、なに?』


舞宵は机ごしに身を乗り出し、その輝いた顔を咲希の顔に近づける。


『今日ね! 私知らない人と話すことができたよ!』

『え、し、知らない人? なんでそんなことに』

『あ、話したいけど時間ないから後で話すね!』

『そ、そう……』


困惑の表情を浮かべる咲希を置いて舞宵は自分の席に向かった。



「あの日は朝からすごいテンションだったわよね」

「そのぐらい話したくて話したくて仕方がなかったんだよ。授業中とかずっとそわそわしてたんだから」



『朝言ってたことなんだけどね』

『ええ、知らない人と話したとか言ってたけど』

『うん、実は――』


舞宵が朝の出来事を説明する。


『――ってことがあってね!』

『やっぱり舞宵は優しいわね。そういうのに手を差し伸ばせるところ、尊敬するわ』

『えへへ、ありがとう』


咲希の言葉を受けて誇らしげにする舞宵だが、咲希はやれやれといった様子を見せる。


『でも、全然まともに話せてるようには感じられないんだけどね』

『い、いいの! 伝わってたし相手の男の人も引いたりしてなかったんだから』

『ふぅん、男がねぇ』


そう反応する咲希は不審そうにしている。


『多分あの人は咲希ちゃんが思う男の人とは違うよ! 明らかに飛び出してきた小学生の子が悪いのに、その人は嫌そうな顔とか一切見せず、自分よりもその子の身を心配してたんだよ。私、すごいなと思っちゃった。だから助けたいって思えたんだと思う』

『……随分高評価じゃない』



「朝のこと話しただけで咲希ちゃん結構不機嫌になってたね。あの時は興奮で全然気づかなかったけど」

「私としては舞宵が男と何かあったってだけで気に入らないもの。その時点で私の頭はその男がどんな人物かでいっぱいだったでしょうね」



『しかも手当の時に使ったハンカチを弁償してくれるって言ってくれたんだよ。ほんと、他の人のことばかり気を遣えててすごいよね!』

『そ、そう……ってハンカチ? もしかしてそれ私がプレゼントしたやつ?』

『え、うん。小学生の時にくれたんだっけ。咲希ちゃんにはちょっと申し訳ないけど、人助けに使ったんだから後悔は』

『ちょ、ちょっと!』


ないと言い切ろうとした舞宵に焦った様子の咲希が割り込む。


『どうしたの?』

『どうしたのじゃないわよ! 小学生の時とは言えちゃんと私の想いを込めているものなのよ。それの代わりを男が用意するなんて冗談じゃないわ!』

『え』



「ハンカチいくつか持ってるけど、たまたまこの時のはプレゼントしてもらったハンカチだったんだよね」

「それもそれでちょっとタイミング悪かったわね……」



『私が新しいのプレゼントするから、男に弁償してもらうのはやめなさい』


咲希の予想外の言葉に舞宵はさらに困惑する。


『そ、そんなこと言われても、もう約束しちゃったし』

『約束? ……まさか一緒に買いに行くとか言わないわよね?』

『きょ、今日買いに行くつもり『うそでしょ!?』だ、けど……』

『私いつも言ってるわよね? 男と二人っきりになるなって。ましてや今日初めて会った男? あり得ないわ! もしかしたら今日の一瞬は良い人かのように見えたかもしれないけど、二人っきりになった瞬間なにされるかわからないわ。どうせ舞宵に変なことしようとするだけよ』


そう言い切る咲希の表情は厳しいもので、舞宵が行かないと言うまで引くつもりはないという様子だ。

そんな咲希が言葉を重ねれば重ねるほど、舞宵の表情から感情が消えていく。


『……』

『今日って言ったわね。何時の予定? 一緒に行ってあげるから、その男との約束は断って私と新しいハンカチ買いに行きましょ』

『……』

『舞宵、聞いてる?』

『……知らない』

『え?』

『そんなひどいことばかり言う咲希ちゃんなんて知らない!』

『え、舞宵? ちょっと!』


いくら咲希が呼びかけても舞宵が振り返ることはなかった。




≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈




「――思い返してみれば、私は舞宵が知らない人と話せたこととか、二人っきりになろうとする意志を持ったこととか、本来は褒めるべき部分を無視してあなたが助けた人のことを否定したのね」

「そうだよ。私としては大進歩だったのに、全然褒めてくれないばかりか藤本君のこと酷く言ってさ。私の話聞いただけで咲希ちゃんからすれば全く知らない人なのに」

「そうね、本当に申し訳ないわ……」

「あの後も藤本君の良いところ伝えようとしてもさ――」




≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈




『おはよう舞宵。ハンカチは無事に買えた? 何もされなかった? なんで昨日はメッセージ返してくれなかったのよ』


明るい様子で話しかける咲希だが、舞宵の表情は対照的である。


『……そんな気分じゃなかったの』

『やっぱり何かされたのね。……やっぱりあの距離では無理があったか』


後半の呟きは舞宵の耳には届かなかったものの、咲希が変わらず件の男を疑っていることに舞宵は腹を立てて声を荒らげさせた。


『そうじゃないよ! あのね、咲希ちゃんの男嫌いは知ってるけど、藤本君はそんな人じゃないの!』

『……藤本』

『うん、昨日の人の名前。藤本君はね、二人っきりになっても優しかったよ。私がどんなに噛んだりどもったりしても笑わないで私の話をゆっくり聞いてくれた。どんなに私が目をそらしても諦めずに目をあわせようとしてくれた。あんなに私に向き合おうとしてくれたの、咲希ちゃん以外じゃ初めてだったよ』

『……』

『藤本君とは昨日初めて会ったけど、そうとは感じないぐらい藤本君とのお話は楽しかった。私、藤本君みたいな人となら友達になれそうって思ったの』

『と、友達?』


これまでずっと不満げな顔をしていた咲希だったが、ここで初めて表情を崩す。


『うん。今までは作ろうとしても勇気が出なかったけど、今回は違う。本当に心の底から藤本君と友達になりたいって思えたの。大丈夫だよ、藤本君は咲希ちゃんが心配しているようなことはし――』

『ダメよ!』

『え……?』


思わぬ舞宵の言葉に目を丸くしていた咲希だったが、理解が追いつくと同時に咲希は叫んだ。

語気強めに話していた舞宵だったが、その勢いに口を閉ざす。


『そんなの危険すぎるわ! なんでよりによって他校の男なのよ、そいつのことなんで全然わからないじゃない! たかが昨日会っただけよ? そんな短い間なんて簡単に取り繕えるわ。どうせ最初だけいい顔して後で豹変するのよ』

『咲希ちゃん……』

『お願いだからそんなのと友達になるのはやめておきなさい。せっかく高校に入って心機一転できるんだから高校の中で作りましょう? 私も精一杯サポートするから、そんなどこの馬の骨とも知らない男とは関係を切って『咲希ちゃん!!!』――!』


舞宵に懇願する咲希の顔はとても悲痛なもので、口にした内容は咲希の心からの言葉だった。

しかし、その真意は舞宵には届かない。


咲希の言葉を遮った舞宵の表情には敵意が浮かんでいた。


『……ねぇ、なんでそんなことが言えるの? なんで、私の言い分を信じてくれないの?』

『そんな、信じてないなんて』

『信じてないよ。……もういい。どうせ咲希ちゃんに何言っても信じてくれないんだろうから』

『ま、舞宵?』

『咲希ちゃんの言うことなんて聞かない。私は藤本君と勝手に友達になる』


それ以降、舞宵が咲希の説得に耳を貸すことはなかった。




≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈≈




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