第六話

「温泉スパ、ですか?」

「ええ」


 日出ひで村には温泉が出る。過去に見た文献に、日本人は殊更に温泉好きが多かったとあったのを思い出したのだ。もちろん俺も好きだから家に引いた。


 なのにこの村はそれを売りにしている形跡が見当たらなかったのである。


「もしかして温泉って人気がないんですか?」

「いえ。以前困ったことが起きましたので」

「困ったこと?」


「十年ほど前までは温泉銭湯を村民以外にも解放していたんです」


 ところが外から来た客が村人を馬鹿にしたり盗みを働いたり、挙げ句の果てには女性を襲ったりしたそうだ。しかもそれが立て続いたため温泉銭湯は村民のみ利用可とし、関係者以外の村への出入りまで基本的に禁止したとのこと。


 入り口で自警団が銃口を向けながら検問するようになったのも、このことが発端だったらしい。


 当然ながら村の経済は悪化したが、村長が下した決定は今でも村民の支持を得て揺るがないという。


「そんなことがあったんですか。だとするとスパは難しいですね」

「でも堀内さん、岡部軍曹が購入したレイヤの隣の土地は村の入り口から離れてますし、治安も保てるんじゃないですか?」


 琴美ことみが身を乗り出して瞳を輝かせながら言った。彼女は彼女で、どうやらスパに興味津々のようだ。


 道路に沿って村の入り口、俺の土地、岡部が買った土地の順に並んでいる。だから位置的に俺も村に入る時は入り口で検問ということになるが、村民となった今は当然その必要はない。


 また、村全体は獣除けの柵で囲われており、絶対に不可能ではないにしても検問所のある入り口以外から侵入するのは困難なのである。


「しかしヨウミ様、お隣にスパなど造られては生活に支障が出ませんか?」


「ああ、それならご心配なく。土地を買い足して……一万坪くらいでいいかな。それで建物はうちから離しますし、岡部軍曹の土地は客が大勢詰めかけた時の臨時の駐車場か何かにして普段は閉鎖しますから」

「い、一万坪!? 採算が合う見込みでも?」


「多分大丈夫だと思いますけど、別に赤字でもいいんですよ。金には困ってないので」


「レイヤ、私は二号でも三号でも構わないわよ」

「琴美、俺はハラルを裏切るつもりはないから」


 何と言ってもハラルが銀行システムをハッキングして得た数百億円があるのだ。懐が痛むことはない。


 それはそうと琴美は可愛いからアリかナシかで言えばアリだが、金目当てに来られるなら論外だ。ちなみにこっちの日本では資産や年収によって複数の妻を娶ることが許されている。それは女性の逆パターンも同じだった。


「堀内さん、スパ建設の可否をお願いします」

「役員会議で話し合っておきましょう」


「通れば従業員は村民から優先して雇いますし、食堂や土産物店なども出せるようにします」


「村が潤うというわけですね」

「レイヤ、温泉は引くの?」


「温泉スパだから当然だろ。だけどうちからの分岐ではなく新たに引きたいね。電気ガスその他も同じ」

「家庭用とは違うからかなり費用がかかるわよ」


「問題ないさ。それよりスパの建設となるとさすがに自警団のに頼むわけにはいかないだろうな」


 会議で許可が下りたらの話だが、入札制にしてはどうかと堀内から提案があった。つまりスパを村の公共事業に組み入れるということだ。


 一見横から油揚げを掠め取るようにも思えるが、この提案は俺にとってのメリットも大きい。建設に関するもろもろの手続き、例えば市や軍への届け出、宣伝広告なども含めた一切の面倒事をやらなくて済むのである。


 俺には村に土地を貸した賃借料と、スパで得られた利益の一部が支払われるという条件だ。ハラルが銀行システムのデータを改ざんして得た資産はあるが、正統な収入は別にあった方がいいだろう。


「それだと宿泊施設も欲しいわね」


「いや、宿泊施設は今のところ考えていない」

「どうして?」


「夜中酔っぱらいに騒がれても困るし、出歩いた客が熊に襲われたらどうする? 出るんだろ?」


「そんなに頻繁ではないけど確かに一理あるわね」

「スパなら夜八時とか九時に閉館すれば客は帰るしかなくなるが、宿泊客となるとそれ以降にやってくる可能性もある。車のエンジン音もうるさいからな」


「ヨウミ様の意向は分かりました。実質的に村の外に造るなら反対意見もそれほど出ないでしょう」


 数日後、堀内の予想通りいくつか意見は出たものの、現在の村の財政事情からほぼ満場一致で温泉スパの開業が決定した。治安に関しては陸軍の詰め所を建てて対応するそうだ。


 スパには通常の入浴はもちろんだが、どちらかというとアミューズメントパークとしての特徴を色濃くするという。ウォータースライダーやワイン風呂なども設置するそうだ。


 またこれは俺の意見だが、風呂は男女を分けず水着着用にして利用させることとした。もちろん、本当に温泉を堪能したい客もいるだろうから、男女別の裸で入れる湯殿も設ける。


 その他の施設としては村に限らず日本各地の特産品、名産品なども扱う土産物店にフードコート。四肢を伸ばして横になれる休憩スペースも必要だろう。


「村以外の特産品などを扱う店は一カ月毎に入れ替えるといいと思いますよ」

「ヨウミ様、それはどのような理由で?」


「いつ来ても同じ物しか売ってないんじゃすぐに飽きられますから」

「なるほど、確かに」


「それに売り上げが芳しくない店は村の収益にも貢献してくれませんし」


 それぞれに与えられるのは一カ月のチャンスだ。十分に利益が上がっていれば当然継続となる。他には地方から来る彼らのため、また村の外から働きに来る従業員のための寮もあった方がいいだろう。


「では俺は土地の取得に動きますね」

「本当に一万坪も手に入れるおつもりなんですか?」


「ひとまず調べたところでは周囲一万三千坪が空き地になっていました。坪単価が五千円として六千五百万ですから、高い買い物ではありませんよ」


「その金額を高くないと言えるヨウミ様が羨ましい。村としては上物うわものの予算をつけなければなりませんが、いずれ回収出来るとしても財政的に苦しいところです」

「だったら貸し付けますよ。利息はそうですね、年一りんでどうです?」


 一厘とは一億円借りたら利息は年に十万円ということだ。複利も当然なしにした。


「そ、そんなに低利でいいのですか!?」


「村から儲けようとは思ってませんから。ただ無利息だと色々と問題がありそうなので」

「それは助かります!」


「その代わり必要書類とか手続きなんかは全部お願いします」

「もちろんです! お任せ下さい!」


「レイヤ、本当に私をもらってくれる気はなぁい?」

「猫なで声で言われても無理だよ」


 体をくねらせている琴美を見て、堀内課長がジト目になっている。もちろん俺も同じだ。


 何はともあれこうして日出村温泉スパリゾート計画が動き出すのだった。



――あとがき――

18式魚雷や『たいげい』は実在の自衛隊兵装です。

色々調べると楽しいですよ(^o^)

次回更新は6/15以降となります。

間が空いて申し訳ありませんが、しばらくお待ち下さい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

惑星探査から帰還した地球は…… 白田 まろん @shiratamaron

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画