1ー3

PM 2:00 中央警察署


 下川さんに案内される形で、解剖室に入る。薄暗い廊下を歩いた先に、無機質の扉の向こうには、残念ながら亡くなられたご遺体が仰向けのまま布を被されていた。

 鑑識の警官が、下川さんが入ると否や、ご遺体から布を取る。縫合された肉体を見るに、発見時は相当損傷が激しかったのだろう。


「では、始めましょうか」


 私は、鞄からビン詰めにされている白い粉を出す。すると、私は右手にそれを撒き、そして、ZIPPOに火をつけて右手を燃やす。

 周りの警官達は、私が自分の手を燃やすのを見て驚くが、下川さんだけはそれを冷静に静観している。


「今は何を?」


「こうする事で、見えないタトゥーなどを炙り出します。その為に、可燃性の粉を手に撒いて、ライターなどで火を付ける。

 こうすれば、簡単に肉眼では見づらい彫物ほりものを視認されられるのです」


 私はそういうが、それは真っ赤な嘘である。本当は、魔術で付与された烙印を具現化させるために術式である。

 一般人である警察の前では、あまり魔術を使うわけにはいかない。魔術というものは、あくまでフィクションのものなのだから。

 そうしていると、右手の炎が反応し、赤から藍色に変わる。


「これは……。相当なものに取り憑かれみたいだ……」


「炎の色が変わった!? これは、一体?」


「怨霊クラスのものに取り憑かれた様ですね。それも、かなりのものに」


 私はそう告げると、下川さんは不思議そうにこちらを見る。

 しばらく遺体に鑑定をしていると、何やら不思議なものを発見した。どうやら、ここが痕跡となるだろう。


「ここから憑依されたのか。相当強い思念が込められてるのか、はたまた別の何かがいるのか」


 私は遺体を眺める。すると、左手から小杖タクトを出し、右手に纏ってる炎を小杖タクトに付けた。

 小杖タクトの炎を遺体に照らすと、何かに繋がられてるものが現れる。どうやら、これが被害者を操作していたようだ。


「これは?」


「パイプの様なものですかね? こんなのは見た事ない」


 私は、小杖タクトでそれを触れる。すると、その糸みたいなものは、消滅していった。

 それと同時に、刻印の様なものは遺体から消滅していく。


「消えた? まるで、魔法のようだ」


「そうかもしれませんね。あるいは、呪いの類かと」


 糸のようなものは、少しずつ消えていく。そして、完全に視認が出来なくなった。

 私は、右手に纏っていた炎を消し、鞄を閉じる。それを見た下川さん達は、驚いた様子でこっちを見ていた。


「なるほど……。犯人は、私が想像するものよりもタチが悪い様ですね」


「犯人は、人ではなく、霊的なものという事です。だが、問題はそれを祓えるか否か」


「我々、一般人では対処が出来ないのも納得です。でも、心のあたりある現象ですね」


「心のあたり? それは、一体?」


 私が、疑問に感じていると、下川さんは私をどこかへと、案内する。

 ついていくと、そこはさっきまで私が待っていた場所だった。ソファーに座ると否や、下川さんはあるファイルを開く。


「あのデパートには、曰く付きの怪奇現象があったんですよ。知る人ぞ知る曰く付きのね。

 心霊マニアの中では、相当有名な話です」


「怪奇現象? なんですそれは?」


「『ラフィラの第4エレベーター』。心霊マニアの中では有名な話です。

 何やら、そのエレベータに乗ると、女性の霊が現れるっという話です。それに遭遇した人物のほとんどは、恐怖のあまり失神したそうです。

 それもあって、閉店するまでは、第4エスカレーターは閉鎖されっきりだったそうです」


「へぇー。では、それが関係しているっというわけですか」


「信じ難いですが、そう言わざる得ないという事です。あくまで、私の見解ですが」


「皮肉ですね。警官が、それも巡査長ともあろう人が、犯人が霊であることに確信してしまうなんて」


「だからあなたに依頼したのです。怪奇的な事件に詳しい、あなたに」


 その言葉に、私は反応してしまう。こいつ、どこからそのことを?


「まぁ、そうですね。なら、それを解決するのも、私の仕事ですので」


「ありがとうございます。では、進展がなりましたら、追ってお知らせいたします」


 そういうと、下川さんは待合室から去っていく。下川さんが去るのを見ると、私は何もない空間から誰かを呼ぶ。


「いるんだろう? 『仮面の魔女ジャンヌ』」


「えぇ、居るわよ。待ちくたびれちゃったわ」


 私の後ろから、『仮面の魔女ジャンヌ』が亜空間から、現れる。今日はどうやら、いつもの女子高生の格好ではないらしい。


「また厄介の事を依頼されたわね」


「いや、まだ厄介事ではないよ。そんな怪奇、魔術院向こうが認知していないんじゃ大事ではないさ」


「どうかしらね? あなたがそう思っている内には、大事になってるかもね。そう、今この時でもね」


「何が言いたい?」


「すぐに分かるわ。私は、情報収集に回ってるわ。それと、みにくいアヒルの子には気をつけなさい」


 そう言い残し、『仮面の魔女ジャンヌ』は亜空間の中に入っていく。彼女を見送っていると、下川さんの声が聞こえた。どうやら、帰って良いそうだ。


「では、よろしくお願いしますね」


「えぇ、それと、支払いは事件解決後でお願いします」


 そういい、私は徒歩で帰路に着く。普段なら、人混みで溢れているすすきの街だが、このご時世ともあり、いつもより静かに感じる。

 周りの人間達は、マスクをしたまま歩いているのも、それを象徴させている。そう感じ帰っていると、狐を見つける。

 私は、それを追いかけるが、何かの違和感を感じる。そう、足がのだ。その後を追うと、想像もしていない光景を見つける。


「――――――――――――」


 見つけたのは、人に死体だ。恐らく、ビルの上から飛び降りたのだろう。この高さと、この地面だ。当然、死ぬに決まっている。

 だが何故、この様な行為に走ったのだろうか。ますますわからない。

 それが、ただの投身自殺では無いのは確かである。しかし、それの意味がわからない。

 だだそれだけだ。何故そうなってしまったのか。そう考えてると、ふとラフィラの方を見る。


『みにくいアヒルの子には気をつけなさい』


仮面の魔女ジャンヌ』の言葉を思い出す。そう思い、空を見上げる。

 それは、まさしく美しい光景であった。黒い長髪の霊が、他の霊は率いるように、ラフィラの上は舞う。

 その霊は、4体の霊と戯れているとも捉えていいだろう。


「俯瞰を漂っているのか? この時間から」


 時計の時刻を確認する。時刻は18時だ。まだ霊が舞う様な時間ではないのは確かだ。

 遠くからサイレンが聞こえる。誰かが警察を呼んだようだ。

 こうして、私は厄介事に巻き込まれる前に、その場を去ったのだった。

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