闇の中の調査

 「あれ……?」


 そこには物があるはずなのに一切の感触がなく、まるでそこには何もないですよと言い張るばかりにすり抜けてゆき、指先が床の表面を掻くだけ。何度もその物影を捉えようとしたが、結果は変わらず、その物体の正体と共に何も掴むことができなかった。


「どうゆうこと……。まさか――」 


 わたしは死んでいるのでは?と悪寒が走り、震える自分の手の平を五秒ほど凝視して、そんなことは嘘だと、否定するようにその手の手頸を掴んでその震えを抑える。

無意識的に、手すりにしている木製の何か?に体重を押し当て、立ち上がる。その木製の何かからは先ほどまで触れていたところから微かな温度を感じ、触れた感触もちゃんとした質量と物質の反発力がある。


 それはわたしにとって、小さな希望となった。


「だよね、死んでいたら体温も残らないよね」


 再び安堵して、次は壁際をが見えるところに移動した。壁には本棚があるらしく、暗闇に絞られた視界からでも、わたしの身長を遥かに越える高さであることがうかがえる。近づいてみると、そこには本や雑貨などが所狭しに収まっている様子。並びは足元の物体同様、雑多に配置されているようで美的センスは感じられない。


 その後も図書館?美術館?なのかも分からない空間を彷徨い、進展もないまま初期位置に戻って来てしまった。


「この木製の何かと床くらいしか触れられるものはなかったし、照明のスイッチなどは見当たらなかったし……ここからどうしたら良いんだろ」


 相変わらず足元の物体には触れることができず、またあの悪寒がしてきて、自分が生きているかどうかにも自信がなくなってきた。心許無いがわたしが生きていることを証明しているのは、この得体のしれない木製の何か?だけ。この状況下では、カルアネデスの舟板レベルの存在感があり、ひとつの人格のある存在として取り扱いたくなるほどに信頼を措くようになっていた。


 もし突然、この木製の何か?が触れられなくなったら、わたしは発狂して大泣きするか、絶望のあまりに死んでいるのに死に方を探す悪霊にでもなっていただろう。でも現実として、まだそのような事態が起きていないから、小さな欲望がまだ持てる。


 それは「せめて、周りを照らす明かりが欲しいよ。誰か明かりをつけて頂戴!」


 そういって周りが明るくなるわけもなく、仕方なく腕を組んで木製の何か?にうつ伏せになる。孤独の霧闇がわたしを包む中、まだ照明のことが諦めきれない。


 それでもう一度「誰かぁ明かりをつけてよ~」と自分の置かれている状況を忘れて鳴いた瞬間、眼に白い鈍い痛みが走った。腕の隙間から熱線のように差し込んできた白い光、一気に腕を解くと眼がやられるなと警戒しながらゆっくり腕を解いてゆき、解き切った数秒ほどは視界が白くぼやけて、何も見えなかったが、次第の視界がハッキリしてきて、そこに映った空間にわたしは目を奪われた。


 突き抜けるほどに高い本棚、そこを行き交う空飛ぶ本や雑貨。天蓋は思ったより広く、いくつかの天球儀が浮いており、その周辺にはキラキラと照明の役割もしているのであろう光る粒子が舞っている。先ほどまでわたしの視界を照らしていた星明りは天蓋の隙間に吸い込まれたらしく、外の夜闇の星座として収まっている。


 わたしが今触れている、木製の何か?は予想した通り、木製の机しかも継ぎ目のない一枚板で、改めて嗅いでみたらあの甘い香木の香りがしたから、やっぱり松の木だと情報予想が当たって興奮した。あと、初期位置だったと思われる板の端には何やら『キュヲラリア』と読める謎の文字が書かれていて、一瞬は気になったが――。


「あ!ここに明かりをつけた存在がいるはず。どこにいるんだろ?」


 自分の立場を思い出したわたしは、色付いた周囲を見渡して、この明るい状況を作った存在を探す。それで目にしたのは、本棚に囲まれた隅で鏡を見て、背中まで伸びた髪と容姿を整えている亜麻色の少女の姿があった。

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