星なき夜の傍観者

天蓋の内側から覗く世界

 暗い。でも、完全に暗いわけではない。放射状に広がる天蓋の隙間から星明り?と思わせるほどの光源が差していて、周囲の物影くらいは視認できる。


「ここどこだろう……イタッ⁉」


 寝惚けまなこを擦りながら足を前に出すと、その先で何か硬いものにつま先をぶつけた。接触した患部を押さえながら、ぶつけたのであろう対象物を食い気味に睨み付け、何であるかを確認する。木製の何かだろうか。指先で触れてみると、馴染みのある腫れぼったさと不規則な凹凸が感じ取れた。


「あれ?こんなところに机なんて置いたっけ……?」


 ぶつけた衝撃で睡魔が何割かは飛んでいるが、気分は夢心地のような朦朧感が強い。くわえて、先ほどの酒の影響も顕著に出ているのか、思考の領域のシナプスが接触障害を起こしているらしく、追随して身体の動作も覚束ない。


 とはいえ、わたしが今いるところは自室ではないことくらいは容易に判断できた。


「松の匂い……」


 鼻腔を通る空気は硫化水素を伴った生臭いものではなく、上質な甘い香木の香り。実家で散々嗅いできた特徴的な甘ったるい匂いだから間違いはない。


 一瞬、現実感が強い夢なのかと疑ってみたが、指先の痛みと感触、香木の香りに中に含まれている細かく湿りっけの少ない埃っぽさが、まるでここが夢ではなく現実だと強く訴えかけられている感じがして、その疑念は軽くこの空間に霧散していった。


 それにここが都会からは離れたところである可能性が高いことも予測できた。理由はしつこいくらい触れるこの松の香りで、松は古来から日本の建築に使われている建築資材として認知されているが、これは松の木が持つしなやかさと保水性、乾燥耐性などの影響が強く、四季の寒暖差や湿気、地震の多いわたし達の国では梁や柱に多く使われる優秀な資材だ。


 くわえて、時間が経つと光沢のある茶色い色味が出てきて、長くこの家は壊れずに建っていることを象徴させる意味合いも持つ。そこから、神が宿る木であるとか、神様が木という由来にも繋がっているとか。他にも燃えやすく松明という生活を支えてきた語源もあるが、長くなるからそこそこにして――重要なところに触れなければならない。


 そんな優秀な資材である松なのだが、最近は虫による被害や戦時中、戦後の政策により真っ直ぐに育つ杉が多くを占めて、松の木の数自体が減少し、今や貴重な資材となっている。無論、他にも火事が起きたときによく燃えるデメリットがあるため、最近のコンクリートジャングルには採用されていない。


 そのため、松の香りがする時点で郊外の可能性が高く、序盤に触れた天蓋の星々の輝きからしても百万ドル要素はなさそうだ。


「じゃあ、本当にここは何処なの?」 


 ひとしきり推理で頭を回したおかげかせいか、思考がハッキリした瞬間、わたしは飛んでもないことに気付き冷気を纏った電撃が走った。


「まさか、悪酔いして誰かの家に勝手に入ってきたとか?でも、ここまで高い天蓋ドームなんて見たことがないし、仮に電車とか自転車で遠出したとしても、そもそも深夜に電車はないし、目の前に物があることに気付かない状態で走行できるはずもないし……うーむ」


 どうやってここに来たか、答えが出せないまま体感三分くらい経ったころに、再び周囲を見渡してみる。


 余計な思考を巡らせている間に眼はこの暗闇に慣れたようで、数メートル先の物影まで視認できるようになっていた。それでも、まだ暗いという印象。どこかに照明か点けるところがあれば、一時の安らぎを得られるかとは思うが、現状として文字通りお先は真っ暗だ。あまりにも不明要素が多すぎる。けれど、この場所に謎の既視感も覚えていて、不思議と不気味さは感じられない。 


 そこでわたしは「よし、周囲をもっと観察しよう」と両頬を一発叩き、木製の何か?を起点にして、周囲の確認を開始することにした。ジッとしていても不安が募るだけだから、やるしかない。


 それでまず、足元にある積み上がった何かに触れてみることにした。

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