亜麻色の少女

 はじめは、綺麗な髪の毛とのんきに見惚れていたが、再び自分の立場を思い出し、とっさに机の下へと隠れた。


 大人なら事情を説明して話ができるところなのだが、相手は土台を使わないと鏡に届かないような少女。もし見つかることがあれば、驚かせるどころか怯えさせてしまうことは目に見える。それでその子の保護者が出てきたら話ができるかもしれないが、子供がいるような家庭だ、メス熊のように相手の話を聞かず、最悪警察に突き出されて、わたしは前科者になってしまう。


 それを避けるにも一度隠れてその場をやり過ごし、運良く外に出れたらもう安泰。外に出れたらここがどこだか、きっと手掛かりが見つけられるはずだ。


 そう思っていたのだが、重大的な問題点に気付いた。とっさに潜った机の脚が想定以上に低かったのだ。何がまずいって、入り方が悪かったようで天板に頭部が当たり、変に動けば机が持ち上がり落としそうな姿勢だったからだ。この姿勢を長時間維持することになったら少女との根競こんくらべになってしまう。


 来年四半世紀女になるわたしにはキツイ所業。耐えられるか心配。それに仮に動けたとしても、この姿勢で固まっていては動きたくとも筋肉が俊敏には動かず、下手したら肉離れを起こすかもしれない。


 熱いのか寒いのか分からない感情が脈拍と共に上がって来るが、ここは耐えねば仕方ない。


 と、少女は整え終わったのか、動き出して、わたしがいる机の脇を通り始める。天板のせいでちょうど顔は見えないが、脚はまるで絵に描いたようなほっそりし、肌は素人目にもわかるきめ細かさ、わたしが識る子供のモチモチ感のある肌とかではなく、本当に余計な脂身のない自然なツヤがあった。


 はあ、どんな顔をしているんだろと内心、夢心地に妄想している時にゴトッと鈍い木製の音が聞こえて、朗らかな夢から覚め、腹の底から冷たい血液が上がって来る。どうやら、好奇心から頭が上がっていたらしく、顔を見るのを諦めた瞬間に浮いていた脚が床を叩いたようで、したがって少女もわたしがいるところを向いた。


「誰かいるの……?」


 少女の癒される声で初回だけ気持ち良くなったが、そのあとは戦々恐々。気づかないでくれと神に祈るが、その願いは聞き入れら内容で少女の膝の位置はますます下がっていき、顔の輪郭が見え始める。最後に少女の顔が見られるんだと、好奇心の終焉と人生の終了を胸に運命の時を待つ。


 そして、遂に、少女と対面する。


 見つかってしまった――と、無心状態で少女を見詰るわたし。目の前にはわたしの幼少期に似た顔をした少女がいて、こちらをはしばみ色の目でジッと見詰めてくる。


 が、様子がおかしい。少女は目線が泳いでいるというか、キョロキョロしているという表現が正しいくらいに、その場には何もないといわんばかりに机下を見たあと、何事もなかったように膝の位置を戻して、先にある本棚に向かってしまった。


「え?」


 あまりにも拍子抜けした反応に戸惑いつつも、その反応が気に入らずわたしは机から這い出て少女に近づき「わあ!!」と叫んでみたが、わたし似の少女は無反応。


 そのことで、さらに意地になったわたしは「ちょっと聞いてるの!」と亜麻色の少女に触れようとした瞬間、少女はわたしの方に向かってきて、出した手先が胸元を貫通し、進行とともにわたしの身体をすり抜けて行った。


「ふぇ⁉」と、どこの声帯から出た声かも分からないショックと戸惑いの反応。


 通り過ぎた少女は何事もなく、行った方向の本を手に取り立って読書をしている。


 何秒思考が停止していたかは分からないが、この状況にあの闇の中で触れられなかった物体および積み重なった本のことを思い出し、机の上の本を取ろうとしてみる。


 それで結果は、あの暗闇空間であった現象と同じで、なんの感触もなく、まさしく雲を掴むような感覚だった。手をぶんぶんとその積み重なった本をビンタしてみても、結果も変わらず、ホログラム的な歪みも錯乱も確認できない。


「まさか、わたし本当に死んでいるんじゃ……。いやいや、そんなはずはない!だって、机には触れられるし――触れられるよね……」


 この現象をの当たりにしたわたしはイヤな冷たい汗をかきながら、積み重ねた本たちの上から手を押し当て、そこに沈んでいく手元を凝視しつつ次に来るはずの机の感触へと意識を集中させて息を呑む。あと数ミリ、もし机さえもこの本たち同様すり抜けることがあれば、暗闇時に予言した通り発狂するだろう。


 次に来た感触はわたしに救世と緊張、希望を与えた――あの、不規則で慣れ親しんだあの凹凸が感じられ、途端にわたしは「わあ~あなただけは、わたしを裏切らないのねぇ!ありがとう、チュチュッチュ!」と見られていたら顔が熱くなりすぎて爆発しそうな行為をその机に対してやり、自分が生きていることを実感する。


「何やってんだ……てめえ」と突然、明らかに少女の声ではない低い声が聞こえ、音源はわたしの伏せた頭部の間近から発せられていることに気付き、わたしは壊れたオモチャのようにギコギコと頭を揺らせながら声がした方向へと目線を送る。


 そこには不思議な外套を被った男がいて、その暗い陰から覗く双眸はどこか懐かしく、そして、そいつは人を小バカにしたような表情を滲ませて、こちらを見ていた。

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