第6話 怪人ラストチャンス

 某県のT公園にひっそりとある公衆電話は、ある番号にかけると「ラストチャンス」という怪人物に繋がるという。

 怪人の名は、電話に出たときに必ず「これがラストチャンスです」と言うのでそう名付けられている。

 ラストチャンスは、その名の通りラストチャンスを与えてくれる怪人。

 成し遂げたいことや隠蔽したいこと、逃げたいことなどがあったとき、これ以上なく追い詰められている状況に限って、電話に出てくれるという。行為の善し悪しは関係なく、犯罪行為であっても聞き入れてくれるのだ。ラストチャンスが与える指令を遂行することで、そのチャンスを掴める。

 しかし、ラストチャンスによって与えられる指令を遂行できずにいると、恐ろしいことが起きるという。

 また、T公園は公園といってもかなり広いもので、サイクリングコースや競技場も併設した大がかりなものである。


 出回っている話を二つ、以下に記しておく。


 ひとつが男Aの話。

 Aは若い頃から小説家を志していたが、なかなか芽が出ず、仕事を辞めてまで小説を書くのに没頭していた。しかし鳴かず飛ばずで貯金を切り崩す生活になり、生活苦から借金までしてしまった。とうとう追い詰められたとき、近くの公園にあるラストチャンスの都市伝説を思い出す。

 Aは小説家にさえなれれば借金も返済できると考え、受話器に向かって「小説家にならせてくれ!」と叫んだ。受話器の向こうから「これがラストチャンスです」という声がして、自分の指を二つ、切り落とすように言われた。だがAは小説が書けなくなることを躊躇し、結局借金苦で死んでしまったというもの。

 これは更に別の話があり、それぞれの足の小指を切り落として小説家になったが、数年して再生手術を受けたところ、今度は小説がまったく売れなくなってしまい、結局死んでしまったというものである。


 もうひとつ、男Bの話。

 Bは結婚して妻もいるごく普通の男だったが、会社の部下の女性と不倫関係にあった。

 いよいよ妻との間に子供が生まれるという段階になって女性と別れる決意をしたが、相手の女性はそれを拒否。言い合いの末にカッとなったBは女性を殺してしまった。

 Bは慌てて車に女性を乗せたまま逃走した。しかしいつまでも死体を乗せて運転しているわけにはいかず、藁にもすがる思いで公園に向かった。

 受話器の向こうから、「これがラストチャンスです」という声がした。

 Bが戸惑っていると、「死体をトランクに入れたまま普通に過ごすこと」と続いた。半信半疑ながらもBはその言葉に縋るしかなく、死体をトランクに入れたまま日常生活に戻った。驚いたことにトランクに入れたままでも犯行はばれることがなかった。

 無事に子供が生まれると、Bは次第にトランクの死体が気になってきた。一生隠し通せるわけはないし、だれも女がいなくなったことにさえ気付いていない。しかもBがトランクを開けてみると、死体は腐ることもなくそこにあった。気味が悪くなり、Bは海に向かって死体を捨てた。

 そしてもういちどBは公園に行ってラストチャンスに電話をかけた。

「ラストチャンスはもう過ぎ去りました」

 怪人の声が続けて何か言うと、Bはとつぜん大声をあげて発狂したという。

 その後、発見されたBは精神に異常をきたしていた。殺人容疑で逮捕されたあとも戻ることはなく、ここで語られたこともなんとか聞き取れた供述だという。


 以上がラストチャンスの都市伝説になる。

 たいていこうしたタイプの都市伝説は子供の間で流行りそうなものだが、この話は何故かT公園を中心とした事務所や事業所で広まっていたという。また、実際に似たような事件が近隣で起きていて、実際にBという人物がこのような供述をした記録が残っている。

 反面、Aの事件はこのラストチャンスの事件を元ネタとしたものではないかと言われている。

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