第19話 騒動の後

「ああああああああ・・・!!」

さっきまで黒い感情を溢れさせていた女の子が、その場をごろごろと転がり、叫び声を上げている。


『シオリ、来たのね。今は近付いちゃだめよ!』

『ルル・・・! わ、分かった!』

私に向かって真っすぐ飛んできたルルが、すぐに光となって中に入ってくる。


『あの人間、例の思念体がいた場所から、何かを持ち出そうとしたみたいなのよね。だけど、扉から出てきた途端、思念のほうの黒いのが絡み付いてきてね・・・自分の領域外へ持ち出されるのを、防ごうとしたのかしら。』

『そっか・・・多分だけどね、あの思念さんはとても辛い思いをしたから、同じように痛みを振り撒こうとする人が、許せなかったんだと思うよ。』


『そう・・・人間の思考はまだ分からないことも多いけど・・・シオリ、また人が来ているわ。あなたの後ろのほうから。』

『そりゃあ来るだろうね、この騒ぎだから・・・って、先生か!』

ばたばたと数人の教師がやって来て、私達生徒に騒がないようにと伝え、もがき苦しむ子を抱きかかえるようにして連れてゆく。

その行動は思念さんも止めようと思わなかったのか、あの子に絡み付くのを止めて、元いた扉の中へするすると戻っていった。


『人間達が騒いでいるし、あの思念も不安定になっていると思うわ。私達も今は離れましょう? シオリ。』

『う、うん・・・!』

ルルの声にうなずき、その場から去ってゆく生徒達と一緒に私も歩き出す。


『・・・私に、何か出来ることはあったのかな。』

『シオリ。何でも出来るような気になるのは、人間の悪い癖だと思うわ。私が元いた場所のことではあるけれど、草花すら思い通りに操ろうとしたりね。

 少なくとも、あの状況で何かをするのは無理があったでしょうし、あなたが守りたかった人間は危険な目に遭わなかったわ。今はそれで良いのではないかしら。』

『うん・・・そうだよね。ありがとう、ルル。』

私がちらりと向く先で、少し驚いた表情をしながらも、梢ちゃんが部活に向かってゆく。うん、本当にルルの言う通りだよね。



*****



『ふう・・・シオリから離れてたくさん飛ぶと疲れるわね。少し休ませてもらうわ。』

『えっ! わ、分かった。しっかり休んでね・・・!』

帰り道を歩き始めたところで、ルルの声が頭の中に響いてきて、そして静かになる。気持ちを集中して、いつもそこにある気配を感じてみれば、少し落ち着いたものになっているようだ。


『ねえ、ルル。夕御飯は食べる?』

そのまま誰とも話すことなく家に帰りつき、夕食の準備を始めながら呼びかけたけれど、やっぱり返事は無い。


『・・・・・・ルル。もうすぐ食べ終わっちゃうけど、起きてくるなら蜂蜜と紅茶も用意するよ。』

『・・・んう・・・・・・いただくわ。』

またしばらくして、もう一度呼びかけてみたら、まだ少し眠そうだけれど、待っていた声が聞こえてきた。


『ルル! 目が覚めたんだね!』

『ええ。まだ完全に回復してはいないようだけど、蜂蜜と聞いたら急に意識が覚醒した気がするわ。』


『あはは、それなら良かった。蜂蜜、今日はいつもより多めにしようかな。』

『それに、私が長い間返事をしないと、シオリは淋しがるのでしょう?』

うぐっ! さらっと痛いところをついてきた。もしやこれは、長く生きてる余裕ってやつかなあ?


『・・・うん。すごく淋しいよ。でも、ルルが無理して起きるのも良くないと思うから、もし長めに眠りそうな時は、先に教えてくれると嬉しいな・・・』

『もう、可愛いことを言うのね。』


『あはは。ありがとう、でいいのかな。』

『シオリと話していると、調子も戻ってきた気がするわ。とりあえず蜂蜜を頂戴。』

ルルが私の中から出てきて、妖精の姿に戻る。


「お帰り! 紅茶もすぐ用意するね。」

「ふふ、ありがとう。」

まだ出会って数日だけど、もう声が聞こえないと淋しくなるのを実感してしまっている。そんなルルにも、今日は無理をさせてしまったんだよね。

明日からもどうなるか心配ではあるけれど、今はこうして、一緒に紅茶を楽しめることを喜ぼう。

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