第18話 絶叫
『ふう・・・ここまでは何も無かったね。』
放課後まであと少しという時間になり、一息ついてルルに話しかける。
今日は授業の合間に、黒い感情が溢れ出しそうな子の様子を確認して、昼休みもお散歩のふりをしながら、梢ちゃんの周りに異常がないか陰ながら見守っていた。少し疲れるけれど、やりがいのあるお仕事です・・・
『シ・オ・リ? さっきから言おうと思っていたけれど、昨日私が注意したことを忘れたのかしら?』
『ひっ・・・!』
ルルの声がちょっと恐い。うん、無理をするなと言われたそばから、今日もたくさん視ているもんね・・・・・・ごめんなさい。
『わ、忘れてはいないけど、あれを見て放っておくなんて出来ないよう・・・』
『まあ、気持ちは分かるけどね・・・今日もあと少しなのだから、帰ったらしっかり休みなさいな。』
『うん・・・』
一転して優しくなったルルの言葉が、心にぐっとくる。それはまるで天使のように・・・じゃなくて、妖精だったよ。
何にせよ、本当に今日もあと少しだ。何かが起きてしまうような、嫌な予感はまだ消えないけれど、外れてくれるならそれに越したことはない。
ホームルームの連絡事項を聞き流し・・・ちゃんと耳に入れて、放課後はあの子が帰るまで確認を・・・
『シオリ。あなたが見張っていた人間が、教室を出ていったわよ。』
『ふえっ!?』
なんという早足・・・いや、私が集中を切らせていただけか。これは追いかけたほうが良いのだろうか。体育がすごく苦手な私が・・・
『私が姿を消して後を追うわ。シオリは守りたい人間でも引き留めていなさい!』
『わ、分かった・・・! ありがとう、ルル!』
ルルが妖精の姿で私から飛び出し、すぐに廊下へと向かってゆく。
その身体は緑色の光が薄く取り巻いて・・・あれが前に言っていた、姿を消す魔法なんだろう。やっと私も分かるようになったよ。
「おーい、詩織。またぼうっとしてない?」
「あっ、梢ちゃん・・・!」
ルルの行方をそっと眺めていたら、聞き慣れた声が響いてくる。この会話、ついこの間もあった気がするけれど、よく考えなくても私は結構危うい子ではないだろうか。
・・・って! 今はそんなことよりも、梢ちゃんを引き留めなくては。
「ねえ、梢ちゃん。折り入って相談があるんだけど・・・」
「ん? どうしたの、急に。」
「体力って、どうすればつけられるのかなあ・・・?」
「はあ・・・?」
これはとっさの演技でも何でもない、本当に聞いてみたかったこと。私は急場をはったりでしのぐような、格好いい物語の主人公じゃないんだよ・・・今はルルが何かを掴んでくれることを願うしかない。
『シオリ、少しまずいことになったわ。』
『ふえっ・・・?』
そんな時に飛び込んでくるのは、明るくはないルルの声。こっちは梢ちゃんに定期的なランニングやウォーキングの勧めを聞かされて、ライフががりがり削られている最中だけど。
『さっきの人間が、開けるための道具を盗むか何かして、あの思念体がいる扉へと入ったわ。私、一人であそこに割り込めるほど、今の力は強くないのよね。』
『ええええええ・・・!?』
いやいやいやいや、何やってるのあの子・・・! 普段使ってない用具がある場所に入り込むとか、絶対にろくなこと考えてないよね・・・? まさか先が尖ったものとか、一振りで大怪我させられるようなものとか、持ち出そうとしてるんじゃ・・・!
そして、ルルにそんな制限があったのか。そういえば初めて会った時、消えかけていたんだったよ・・・!
ルル一人じゃ駄目ってことは、私の中に入ってもらえば何とかなる? でもそれって、危険人物と真っ先に鉢合わせることにならない? 駄目だ、良い考えなんて浮かんでこない・・・
「おーい、詩織? 話聞いてる?」
「はっ・・・! ご、ごめん。体力をつけるまでの道のりは遠いなって、気まで遠くなっちゃったみたい。」
「うーん、詩織は最近疲れてるように見えるからなあ。体力も大事だけど、まずはしっかり寝たほうがいいと思うよ。あっ、私は部活だからそろそろ行くね。」
「えっ! あっ・・・!!」
止める間もなく、梢ちゃんが小走りに教室を出てゆく。慌てて私も立ち上がったけれど、運動の得意な子相手に、追いつけるはずなんてない。
『る、ルルう・・・! どうしよう。いや、とりあえず私もそっち行く!』
でも・・・自分が何も出来ないからって、じっとしているのは違うよね。
『あっ、シオリ。今は複雑な状況だから・・・いいえ、直接見たほうが早いわ。私と繋がっているのだから、場所は感じられるわね?』
『う、うん、やってみる・・・!』
そうして、ぱたぱたと私も廊下を駆けてゆく。ルルのことを強く思い浮かべれば分かるよ、どこにいるのか・・・!
やがて、あの体育倉庫近くまでたどり着いた私の耳に飛び込んできたのは、苦痛に叫ぶような誰かの声。
頑張って足を早めれば、ようやく目に映ったのは梢ちゃん・・・を含む何人もの驚いた表情の生徒達と、その視線の先でもがき苦しむ、全身に真っ黒なものが絡み付いた、あの子の姿だった。
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