30杯目 釣り

 日の出前に目を覚まし、野宿の後を片付ける。

 周囲警戒用の魔道具なども収納し、旅の続きの準備をする。

 本当に快適な一夜を過ごせた。

 はっきり言って、これなら宿に泊まってお金を使う必要もないと確信した。

 流石に距離を稼ぎたいので朝食はストックの中から適当に見繕って済ませる。

 それからは、ランニングだ。


「ほっほっほっほっほ」


 すっかり走るのにハマってしまった。

 流石に昨日みたいにそれなりに全速力ではないが、馬車に並走できるくらいの速度で走り続けるくらいが一番気持ちいいとわかった。

 そして、宿場町を無理に目標にする必要もなくなったので、俺にはやりたいことが出来た。良さそうな場所を探しながら、その日も走り続けた。


「おお、あの辺り良さそうだな!」


 昼過ぎ、やりたいことに適した場所に当たりをつけた。

 川と森がいい感じに組み合わさっている。

 川の流れが入り組んでおり、釣りに適している。

 そう、釣った魚を料理したくなったのだ。


「ここでいいな!」


 高台になっており、見通しも良い、しかも少し降りればすぐに川だ。

 流石に人が多く集まる場所ではないので、昨日よりは魔物に注意しなければいけないために、安全面も考慮しなければいけない。

 周囲何箇所かに警戒用の魔道具を設置して、拠点となるテントなどを配置する。

 準備をおえたら川に降りる。


「うおっ冷った! 火照った身体にちょうどいいな」


 天気も良く温かいが、日が落ちると少し肌寒くなってきた。

 山から流れてくる川の水はもう少し寒さの影響を受けているように冷たかった。

 坊主対策に何箇所か魚を捕らえるための罠を仕掛けておく。

 周囲の岩をひっくり返して釣りの餌を調達して……


「こいつを使う時が来たな」


 その昔、釣りにハマった時に買った高級モデルの釣り竿を取り出す。

 しばらくは家に飾られるだけになっていたが、再びこれの出番が訪れた。


 昔取った杵柄で手早く餌を付けて、良いポイントに向かって針を投げる。


「ふぅー……」


 近くの大きな石に腰掛け、ゆったりと針を落として、静かに待つ。

 風に揺れる木々のざわめきや、遠くに聞こえる鳥たちのさえずり。

 川の流れる音、こうしていると、まるで時間がゆっくりと流れているようなそんな感覚に包まれる。


 こんなにゆったりとした気持ちになったのも、久しぶりかもしれないな……


「思ったよりも、迫りくる引退に焦燥感を持っていたんだろうな……」


 最近はゆっくりと休むことも無くなった。

 休むときでも、疲れを必死に抜くために休んでいたし、気がつけば深酒して、馬鹿やってせっかくの稼ぎをパーにしたり……


「どうしようもない男だな、俺は」


 最近、ヒロルやケイト達蒼き雷鳴と一緒に行動していたせいで、自分が凄い冒険者になったような気がしてしまったが、ほんの少し前のだらしない生活を思い出すと赤面してしまう。

 日銭と少しの蓄え、それも酒を飲んだ勢いで金もないのに見栄を張って奢ったり、分不相応な高いものを食ったり、買ったり……

 それが中年冒険者らしい生き方だって自分を慰めていた。

 ダンジョンを制覇した時、思い出した。


 この感動が、達成感が、俺を冒険者として夢中にさせたんだって……


 ぴくんと竿が反応する。


 焦るな焦るな。


 竿から糸を通じて魚の動きが伝わってくる。


 まだ早い、ここで焦って竿を引けば魚はバイバイだ。

 相手がしっかりと獲物を飲み込むその瞬間……


 ぐんっと竿が引かれる。


「今だっ!!」


 竿を上げるとぐっと重みを感じる。


「よっしゃ!!」


 そのまま糸を引き上げていく、結構なオオモノだっ!


「よいっしょー!!」


 30センチー超えの大きな魚影を釣り上げた!


「丸々太ったレインボーマスーじゃねーか! やったぜついてる!」


 幸先がいい!


 それからしばらく釣りを堪能した。

 結局シルバーマスーやアユーなどの川魚を罠を含めて結構手に入れることに成功した。


「よし、これはアレだな」


 レインボーマスーとシルバーマスーを使って作る一品を思い出す。

 せっかくなので石を組み合わせて森で木切れを拾ってきて火を起こす。

 さすがに火を起こすのは魔道具を使わせてもらうが、雰囲気を出したいのでキッチンは使わない。

 まずは腹を割いて内蔵を取り出しよく洗う、塩を腹の中まで振ってまず直火焼きにする。

 その間に鉄鍋の準備をする。

 たっぷりのオリーブーの油にニンニクーとハーブをつけて弱火でじっくりと香りを出していく。

 焼き上がって少し焦げ目の突いたマスーをソコに入れて、さらにトマトー、キノコ、貝類を入れる。

 そしてたっぷりと白ワインを回しかけて、塩、胡椒、香辛料を振りかける。

 蓋をして後はじっくりと蒸し焼きにしていく。

 昨日と同じ様にパンを作る、今度は石にそのパン生地を叩きつけて火の傍で焼いていく。表面は直火でカリッと、石が熱せられてじんわりふわっとという2つの顔が楽しめるパンが出来る。


「おお、いい香りだ!」


 2種のマスーのアクアパッツァ、焼きパンの完成だ。


 仕上げにパセリーとレモンーの実の汁をかけていただく。


「おおおお、これは、最高だ!

 川魚の生臭さは完全に消えて、もちっとしながらホロホロと柔らかい身に野菜と貝の旨味が混じり合って複雑に旨い!! レインボーマスーのほうが脂がしっかりとのっていてガツンとした旨味、シルバーの方が他の材料の旨味と混じり合ってこれもまた旨い!! パンも香ばしくてよくあう! これは、エールもいいが、ワインだな!」


 大自然の中、自然から得た物をいただく。

 これは、ハマる。

 夕焼けに染まる山々や木々の美しさも筆舌に尽くし難く、この地で生かされている、自然の雄大さを全身で感じることが出来た。

 なんとなく思いついたが、これは、想像以上に俺に感動を与えてくれた。


「焚き火っていいよなぁ……」


 ただ木々が燃えているだけなのに、その炎を一つの生命体のように色んな顔を見せてくれて、俺を飽きさせることがない。

 ブランデーをちびちびと楽しみながら、その日は最高の締めとなった。


  

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