29杯目 旅立ち

 身体は完全に回復した。

 しっかりと休んだので、以前よりさらに調子が良くなった気がする。

 猪突と猛進も帰ってきた。

 住居の処分、準備もしっかりと出来た。


 旅立ちの時だ。


 別にいつにしようかを決めていたわけではない、準備ができたら行こうと思っていた。

 それが、たまたま今日になっただけだ。

 あの最初のきっかけとなった事件から、もう、2ヶ月。

 この2ヶ月は激動の時間になった。

 本当に俺の人生を大きく変えることになった2ヶ月を俺は生涯忘れないだろう。


「ゲンツさんおはようございます」


 もう慣れ親しんだクイナとの挨拶も今日でしばらくお別れだ。


「おはよう、クイナ、今日街を出るから挨拶に来た」


「そうでしたか……あいにくマスターは不在で」


「そうか、いや、いいんだ。まぁ、また寄ることもあるだろうから、よろしく伝えておいてくれ」


「わかりました。ゲンツ様、旅のご無事をお祈りしております」


「ありがとう、クイナも元気でな」


 俺はギルドを後にする。

 時間が早すぎるからか、ベーニッヒや顔なじみは見かけなかった。

 まぁ、いい。

 これからは時間軸が異なってしまう。

 しめっぽい別れは、無用だ。


 たくさんの思い出の詰まった街を歩いていると、色々なことを思い出す。

 なんだかんだこの街には10年以上お世話になってきた。


 俺は、門の前で振り返り。

 深々と頭を下げた。

 こみ上げるものもあったが、なんとか我慢をして、目深に帽子を被る。


「さて、のんびり行きますか……」


 俺は気が付かなかったが、そんな俺の姿を見送る集団が在った……

 後にその集団とはまた再会することになるのだが、この時挨拶をしなかったことを後悔することになるのは暫く先の話である。


 隣町までは野宿などをしながら1週間もあれば着くだろう、途中には村だってある。急ぐ旅ではない……


 まだ暑いが、少し涼しい風も吹くようになってきた、偶然だが、いい季節に旅立ったものだ。


「南に進むなら、しばらくこの気候は続くだろうな」


 街の外に広がる農地に囲まれた街道をスタスタと歩いていく。

 朝もまだ早いのに、街道には馬車が行き交う、各町を商人が物資を行き交いさせて人々の生活を支えている。

 

「小腹が空いたな」


 しばらく歩いていると農地もなくなり草原や木々の間を街道が続いている。

 俺は収納袋からサンドイッチを取り出す。

 薄くスライスしたギューの肉を甘い味付けにして、そこにギューの乳で作ったチーズと野菜を挟んでいる。

 歩きながらも食べやすい。

 それでいて、ギューの旨い、ソースの甘味、野菜の新鮮さが時間停止でそのまま味わえるのは幸せだ。

 適当に腰をかけて食事をしてもいいが、まぁ、できる限り距離を稼ぎたいし、こうやって食べ歩きをしながら自然の美しさを見るのも贅沢な楽しみ方だ。


「しかし、このペースなら予定よりずいぶんと早く予定してたとこまで進めるかもな……、急げば宿場町まで行けるか……ちょっと、急ぐか」


 俺は少し早足で歩み始める。

 

「おお、風が気持いいっ」


 タッタッタッタッタッタッタッタッタ……タタタタタタタタタタタタ……ダダダダダダダダダダダーーーーっ!!


 気がつけばかなりの速さで走っていた。

 

 いや、この身体、すげー早く走れるし、それでいて息も上がらない。

 装備のお陰で直線上に走っている時はさらに速度補正とスタミナ補正がかかるから、結果として……


「走るの楽しぃぃぃぃ!!」


「な、何だ今の!?」


「馬車を追い抜いた!?」


 びゅおおおおおぉぉぉと風を切る感覚が快楽に変わって、気がつけば予定を遥かに超えて2つ先の宿場町に到着した。


「はぁはぁはぁはぁ……流石に、疲れたけど、す、すごい、5日はかかる予定だったのに……!」


 昼飯も食べずに走り続けてしまった。

 

「ふーーーーっ……うっわ、息整っちゃった。

 凄いな……とりあえず、宿を探すか」


 小規模な宿場町なので宿は2つしか無い。全て埋まっていないといいが……


「すみません、もう一杯なんです」


「そうですか……」


 残念ながら宿は空いていなかった。

 宿場町はだいたい水場のそばに有るし、野宿がし易い広場も近くに有るのが通例だ。要は野宿しやすい条件の土地に宿場町が発展していくということだ。

 広場に行くとすでに何組か馬車を停めて野営の準備が終わっている。

 端っこのじゃまにならない場所に適当に野営の準備を広げていく。


「やっぱ、楽しいよな野営」


 久しぶりの野営だが、昔よりもずいぶんと道具を揃えたので準備に心躍っている。


「おおっ! すげー楽だ!」


 テントは操作一つで完成、収納を気にしなくていいから床敷もフッカフカ、椅子にテーブル、照明を用意して、簡易キッチンを取り出す。火を起こす必要もない操作一つで3口の炎を利用できる。

 虫除けを焚いて、周囲からの目隠しを立てれば俺だけの空間のできあがりだ。


「石窯を組んで火を起こす必要もないなんて……こんなんただ家で準備して外で食ってるのと変わらないじゃないか、やっぱ、お金は全てを解決するなぁ」


 わざわざ料理する必要もないんだが、それでもあえて料理をする。

 俺だって自炊位は出来る。

 とりあえず鉄鍋にニワトリーのもも肉の皮を剥がして底に敷きオリーブー油とニンニクーのみじん切り、その上にタマネギー大きめに切って入れる。その上にキャベツーをたっぷりと敷く。さらにそのうえにもも肉を乗せる。塩コショウと乾燥ハーブ各種を適当にふりかけて蓋をする。あとはじっくりと弱火で放置だ。

 次は小麦粉と水、塩を混ぜてよく捏ねる。そこにふくらまし粉(ドロップ産)を加えて少し寝かしておく、しばらくするとふかふかに膨らむので、ちぎってちょうどいい大きさにする。後はフライパンに脂をちょっとひいて焼く。これだけでふっくらとしたパンがお手軽に完成だ。

 最後は鍋に根菜をみじん切り、それからきのこもみじん切りする。塩豚の細切れを数切れ、あとは味見をしながら塩等で味を整えれば、これだけで十分な野菜スープの完成だ。

 そうこうしていると鉄鍋の一品も出来上がる。

 水は使っていないが、野菜から水が出てそれが鶏肉を柔らかく仕上げてくれる。

 蓋を開けた瞬間ニンニクーのいい香りが鼻腔を喜ばせてくれる。

 あとは皿にそれらを並べていけば……


「まるでレストランのコース料理のような夜飯の完成だ!」


 鶏肉と野菜の鉄鍋蒸し

 白パン

 根菜ときのこ、塩豚風味スープ


 完成である。


「うっわ、柔らかいのに程よい噛みごたえ、なんと言ってもジューシーで肉汁が蒸したことで肉に完全に封じ込められていて……たまらんっ!」


 時間停止の収納袋の最大の恩恵であるキンキンに冷えたエールを一気に煽る。

 ぷはーーーーっ、今日は1日走ったから、エールが旨い!!


「このパン簡単なのに、ホント旨い。鶏肉と一緒に食べれば……うっま!!」


 半分は取っておくつもりだったが、お腹が大暴れするので全部食べてしまった。

 もちろん根菜スープも優しくも深い味わい、やはり塩豚から出る複雑な塩気と旨味が凝縮されていて旨すぎた。


「かーーーーっ、見上げれば満天の星空! これよこれ、旅の醍醐味!!」


 少し便利すぎる気もするが、文句なし!!


「今日の疲れを、アレで取っちゃいましょうかねぇ……」


 高かった。高かったが、最高だった。

 星空の下、露天風呂、湯に浸かりながら冷えたエールを飲み、その日の疲れを溶かしきって、その日は快適なテントの中で眠りにつくのであった。熟睡できるって素晴らしい!






 魔道具で周囲の安全確保も万全だ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る