第46話 看破
イリアからゆっくり距離を取り続ける
鎌蟲の体が宙を舞い、落ちた。地面には4本の後ろ脚がもげて散らばっている。イリアの目ではハンナが何をしたのか見て取れなかった。
「白狼の牙」の隊長やその候補がレベル40台である。強大な魔物と渡り合うために分厚い金属鎧を
鎧どころか武器さえ持たず、俊敏さを重視した体術。イリアにはそう簡単に真似できそうにない。
ハンナに手招きされたジゼルが無残な姿となった鎌蟲の側までやって来た。
「さぁジゼル。自分の魔石は自分で取り出したまえ」
「え? ですが、わたくし……」
「いかんねぇジゼル。素手で解体する気が無いのなら、小さなナイフくらいは常時携帯するべきだよ」
「すみません……」
ハンナはどこからともなく取り出した中型ナイフをジゼルに手渡した。
地面に倒れ伏している蟲の魔物はしばらく『凶化』しないはずである。
ジゼルは鎌蟲の背中に回って、相手が唯一動かせる右の鎌を踏みつけると、後ろ首の付け根に逆手に持ったナイフを突き立てた。まだマナの恩恵を受けている鎌蟲の甲殻は、薄い首の部分でも金属的な音を立てる。
数回突き刺して死亡を確認し、ジゼルは迅速に腹部の解体に移った。
ハンナがイリアの顔を覗き込んでいる。
「顔色がすこし悪いね、イリア。残酷に感じるのかな?」
「……まあ……」
「キミがレベルを上げるだけなら、こういう行為は確かに必要ないわけだ。だが本来これが我々と魔物の関わり方だ。あまり魔物に対し、共感を覚えるのは感心しないね」
千年以上昔、繁栄を謳歌していた人類文明は突如として厄災に見舞われた。
『マナ大氾濫』。なにがきっかけなのかは知る由もない。
突如として
人間は襲われ、食い殺されて数を減らし、平地を魔境の森が侵食して農作地は失われていく。
生き残った人々は石造りの城塞都市の中に逃げ込み、魔物の脅威におびえながら僅かな食糧で命を繋いだ。
『大氾濫』が起きて数百年、【賢者】が現れアビリティーと知識を広めるまで、人類は絶滅の危機にあったのだ。
KJ暦紀元前後、大陸西部の人口は『大氾濫』以前の百分の1まで減っていたといわれる。復興が進んで人口増加を重ねているようでも、西部国家の合計人口は約4千万人。実は半分にも回復していない。
まあ、古代は一億の人間がいたという史料もそれほど信憑性があるわけではないとハンナは言っているが。
「食うか食われるか、殺すか殺されるかというのが我々と魔物の基本的な関係だ。残酷に見えてもそれが現実だ。我々はお互いに、生きるために勝手を押し付けあっている」
「……それができない俺は、欠陥人間なんだろうな……」
「いや、そういう考えは嫌いだな。キミは他人ができることが出来ないが、他の誰もできないことが出来るようになったんだ。キミはキミ自身の運命の中で、キミの勝手を押し通せばいいのさ」
ジゼルが、取り出した魔石を草で拭いてから噛んだ。魔石の成長素は半日で
州都南方天然森林魔境を出て、3人は一度ノグッティグラーノに寄った。
帰り道の途中、塀と変わらない粗末な防壁の外側に屋台が出ているのをハンナが見つけたのだ。
何かの魔物の肉の串焼きを3人で食べた。そこそこの運動をしたので空腹であり、品質はさておいて遅い昼食を堪能した。
ソキーラコバルに到着したのは日の10刻。南門周辺に広がる「貧民街」に入る前に生徒二人は
貧民街は旅人が多く通る東側と西側の治安が悪く、南と北側はそこまでではないらしい。職人や農民など、カタギの仕事を持っている者が多い。
ハンナが居るからと言うのもあるだろうが、特に絡まれたりすることも無く南門に到着。それぞれ身分証や滞在許可証を示して通された。荷物がほとんど無いので審査は簡単だ。
「さてイリア、我々はこれからどうするのでしょうか?」
「……ジゼルさんがちゃんと成長素を得ているかを調べる?」
「正解!」
「どういうことですの? わたくし、ちゃんと感じましたけど……」
「それはジゼルの主観にすぎないからねぇ」
ハンナの後に付いて歩いていく。南門から真っ直ぐ北に。衣料品店や高級そうな雑貨店の多い通りを進んで、中央区までは5、6百メルテほど。
第一防壁を超えて中央区に入る。住宅街の二つ目の交差点を右に曲がればハインリヒ邸に着くが、ハンナはまっすぐソキーラコバル市政庁舎を目指して進んだ。
街中の道とは色の異なる、白っぽい石畳が敷き詰められた広場。その真ん中にそびえたつ城のような政庁舎。鉄格子の塀で囲まれている。
売れば高い値のつく鉄をこんな風に使うのはイリアにとって意外であったが、盗ませないのが州都の威信ということらしい。有事の際に武具の材料にするために、錆止め塗料が厚く塗られている。
正門から中に中に入ろうとするイリアの鎖鎧の首をハンナが掴んで止めた。
「ちょいちょいちょい。駄目だよイリアは。誰に会うと思ってるんだ」
「賢者でしょ?」
「そうだよ。『水晶球』などしょせんは【賢者】の異能の模倣品。やつらの≪アビリティー干渉≫を用いれば成長素がどれくらい溜まっているかすら看破できる」
「知ってるよ。鑑定してもらうのはジゼルさんなんだから問題無いでしょ」
ハンナが額に右手の指先を当てて苦いものを食べたような顔をした。片目でイリアを
「イリアはやつらの悪辣さを知らんのだねぇ。【賢者】の異能は『水晶球』のように触れてマナを流すことで鑑定するのではない。その目で見ただけで看破してしまうんだよ」
「嘘だろ……」
「さすがに『
それなら最初から連れてこないでほしいとイリアは思った。
見るだけで相手のアビリティーを看破する【賢者】の力は古くから『魔眼』と呼ばれてきたのだとか。「顔が判別できる距離には近づかないことだね」とはハンナの言。
【賢者】が数万人に一人の希少アビリティーでなければおちおち外も歩けないところだ。
イリアがハンナの横繋ぎ
ジゼルは同行せず、ハンナと二人で分校の【マナ操士】ゲオルクの元に急いだ。
「えぇ…… 嘘だろ…… 信じられないんだけど……」
扉を開けて部屋に入った二人を見てゲオルクが言った。事務机の椅子に座って何か書いている途中だった。
「イリア君さぁ、俺一昨日言ったよね? もっとゆっくりレベルを上げなさいって。話聞いてた? そこの女に言っても仕方ないから君に言うけど、話聞いてた?」
「うるさいなぁ。誤解してるみたいだから言っとくが、私が取った魔石を食わせてるんじゃないぞ? イリアがちゃんと自分で戦ってレベルを上げてるんだ」
「それは本当か、イリア君」
「仮想レベル15の魔物と一人で戦わされました」
「それはそれで問題だろ!」
ゲオルクを宥めて鑑定をしてもらった。
ステータスは『力』30『耐久』28『マナ出力』17『マナ操作』23『速さ』27であり、確かにレベル5になっていた。
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