第47話 髪を乾かす

 とうとう一度のレベル上昇で『マナ出力』のステータスが4つも上がってしまった。

 『マナ操作』もそうだがこちらは問題ない。むしろこれが低いと『力』の影響を調整することが難しくなり、非常に不器用になってしまうことをイリアは知識として知っていた。


 ステータスの上昇傾向は、レベルが上がってから次のレベルになるまでの行動によって変化する。特に影響が強いのは「どんな戦いを繰り広げたか」だ。

 魔法も使わず、余剰マナを消費する異能も持ち得ないイリアなので『マナ出力』は普通それほど上がらないはずだった。

 とりあえず魔法を使う予定の無いイリアにとって、余剰マナの蓄積量と蓄積速度を強化する『マナ出力』は必要がない。


 夕食後しばらくしてイリアは客室を訪ねた。ハインリヒ邸の風呂を使わせてもらったというハンナは、寝台の上でいつものくすんだ色の部屋着姿。

 風魔法を体に纏って長い黒髪を乾かしていた。


 椅子に腰かけたイリアはステータスの異常の原因に心当たりが無いかを聞いた。


「それはまぁ、たぶんあまり戦ってないのにレベルが上がったからじゃないかな」

「あんな死闘を繰り広げたのに⁉」

「内容は豊かだが、単純に回数が少ないんだよ」



 一般的な低レベル帯のレベル上げでは数人の隊を組む。

 4人の隊でほぼ同格の魔物を狩る場合、20匹の魔物を探し出して倒し、魔石を5個ずつ分配してやっと全員のレベルが上昇するのだ。

 何日掛かるかは腕次第だろうが、ともかく今日のイリアの7倍の回数戦ってようやく1レベル上がるという計算になる。


「どう戦うのか。イリアに必要なステータスが何なのか。そういう戦い方の経験が十分に蓄積されないうちにレベルが上がっちゃったから、こうなったんだろうねぇ」

「要するにハンナのせいってことじゃないか」

「まぁいいじゃない。今日で検証も終わりだし、いずれ魔法を使うこともあるかもしれないだろ? そんな事よりだ」


 ハンナは魔法の風で髪を乾かすのをやめた。閉まったままの部屋の扉を見る。イリアに顔を寄せると、少し小さな声で話した。


「政庁に雇われてる【賢者】にジゼルを見せた結果、どうなっていたと思う?」

「……わかんないけど?」

「上昇必要成長素量の3割4分が蓄積されていた、これがどういうことか分かるかね! イリア!」

「……わかんないけど?」

「わかれ! ちゃんと考えろ! ジゼルはレベル15で、第7期の鎌蟲かまむしもちょうど15! 普通に魔石を食ったなら、4割溜まっていないとおかしいんだ!」


 興奮するハンナから距離を取り、イリアは考えた。

 イリアが魔物から成長素を吸ってしまったことによる影響と考えるのが普通だ。


 少し減ったとはいえ一匹の魔物から二重に成長素を摂れたのだから、十分すぎる成果ではないか。そう言った。


「違う、問題はそういうことじゃない。ジゼルが得た成長素は、ちょうど仮想レベルで14の魔石と13の魔石を摂取した時に等しいのだよ!」


 1レベル低い相手の魔石であれば等格の場合の1割減。2レベルで2割減。3割、4割と減っていき、レベル差5つで急落して半分以下。それ以下は成長素が全く摂れない。

 計算が少し面倒だが、ジゼルが得たという成長素は確かにハンナの言った通りであるようだ。


「つまりイリア。キミのアビリティーは魔物を打倒すると『凶化原因性マナ』を成長素として吸収する。その際に相手の仮想レベルを一つ下げてしまうんだ。そういう性質と考えてまず間違いない。一昨日、カエルを4回虐待しなければレベルが上がらなかったことにも、これで説明がつく」

「……なるほど」


 つまり一匹の魔物を拘束し続け、正々堂々の手合わせを続けるという方法に制限が付くことになる。

 仮に、最初に等格だった魔物を6回倒してもぎりぎりレベルは上がらず、それでレベル差がついて、それ以上は成長素が摂れない。そういう計算になる。


「結論、キミの【不殺(仮)】はだ。並外れて強力な、史上最強の『成長系』アビリティーという事だ!」

「何でだよ。そこまでものじゃないって話なんじゃないの?」

「バカ言うなよイリア! 仮に今、地竜を連れてきてキミが倒し続ければ、たった1頭で、えーっと…… 18までレベルが上げられるんだぞ! ……ん? ……あんまりすごくないな」

「……」



 魔法を使うでもなく精霊の力さえ運用するという4種の竜。

 火竜、水竜、飛竜、地竜。その中では地竜が一番倒しやすいらしい。

 それでも仮想レベルは70前後。十数メルテの巨体を誇り、全身が重厚な鱗で覆われているという地竜を今のイリアにどう倒せというのか。

 行くのにひと月も掛かる魔境の奥地にしか住んでいないし、拘束しておく手段も考えられない。ハンナの出した例は全く非現実的だ。



「いや! ともかく! レベルが高くなればなるほど見合う魔物を探すのは困難になるんだ。見つけた魔物1個体から通常の何倍も成長素を搾り取れる【不殺(仮)】が間違いなく史上最強の『成長系』だ! ずるだ! イカサマだ!」


 最初に声をひそめていたのは何だったのかという話だが、ともかく。

 やろうと思えば【不殺(仮)】のレベル上げ効率がとんでもなく高いのは事実だろう。

 魔物を拘束してなぶり続ける行為を、この先イリアが実際にするかどうかは別として。



「ハンナ」

「なんだね?」

「『成長系』アビリティーっていうのは、魔石を摂取した時の効率が良くなるものだって俺は考えてたんだけど、【不殺(仮)】は本当に『成長系』って言えるのかな。まるで別物って気がするんだけど」

「一般的な認識はイリアの言う通りなのだが、私の専門であるアビリティー学ではもう少し厳密に定義している。『成長系』とは、成長素の獲得のしかたが普遍型と異なるアビリティーのことを言う。それでいえば【不殺(仮)】は立派に『成長系』だよ」

「そうなんだ」

「というか、魔石を介さずに成長素を摂る『成長系』アビリティー自体は昔から存在してるだろ。前に教えたからイリアも知っているはずだ。【吸血鬼】と【屍食鬼】だよ」



 イリアは思わず息をのんだ。

 少し昔、ハンナとの雑談のような会話の中で聞いた話。イリアは忘れかけていたが、【不殺(仮)】の性質を知った時、思い出さない方がおかしかったのだ。


 『アビリティー便覧びんらん』や一般的な書籍には載っていない、第1種指定有害アビリティー。【吸血鬼】と【屍食鬼】。

 魔石だけでなく、倒した相手の生き血や死体そのものを口にすることでもレベルが上がるというアビリティー。だが、最も重大な性質はその対象が魔物に留まらないところだ。

 【吸血鬼】、【屍食鬼】の保有者は、人間相手でもその特性を発揮する。


 死体を食べる【屍食鬼】はもちろん、【吸血鬼】も血を吸うことで相手を死に至らしめるという。その印象が強すぎてイリアは自分の【不殺(仮)】と関連付けて考えることが出来なかったのだ。


 人食いアビリティー。それが二つの第1種指定有害アビリティーの総称だ。


「笑えるじゃないかイリア! 人どころか、むし一匹殺せないキミがあの『人食い』と同じ類型のアビリティーとは!」


 ハンナが笑いながらまた風を起こし始めた。

 腰まで長さのある髪の毛を空中で舞い踊らせるその様は、何か人間離れしているようにイリアには見えた。

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