第39話 横並び

 風呂上がりのさっぱりとした気分で、イリアはジゼルと応接間にいた。

 試験を受けることで教養授業のほとんどを免除されているジゼルは、午前中の魔法実践の授業だけを受けてきたという。

 茶卓の上には数十枚の植物紙。

 ジゼルがハンナに調べさせられている、学園生の魔法使用頻度とステータス上昇の調査研究資料だ。

 一次資料と集計資料の数字に計算間違いなどが無いか、その確認をしている。

 数学の初歩の知識でも十分できる作業なので、イリアも手伝えた。



 二人分の軽食を女中が運んできたので休憩する。煮つめた森イチゴが塗られた白パンをかじっていたら、ジゼルがイリアの顔をじっと見つめてきた。


「……なんでしょうか」

「わたくし、10歳までは両親と一緒に王都に住んでおりましたの」


 ジゼルの両親が王都ナジアでハインリヒの仕事を手伝っているというのは聞いている。イリアは頷いて先を促した。


「王都の中央大通りはソキーラコバルの通りとは比べものになりませんのよ。10人くらい横並びで歩けるほどに広いのです。その大通りで開かれた遠征出陣式の行列で、国王陛下のお姿を拝見しました」

「陛下をじかにですか」


 現国王の名はマクシミリアンである。170年以上前に第一次ベルザモック戦争で戦死した伝説的英雄王マクシミリアンと同じ名である。

 まだ40歳にもなっていない、若きマクシミリアン二世王はその名に似合わず理性的で平和的な王だ。



「身元の確かな者だけ出陣式を見ることが許されましたの。親衛隊の誰より立派な、わたくしたちでは到底着られないような重厚な鎧を装備されて、ズシズシと足音を響かせながら行進なさるお姿が今でも目に浮かぶようですわ」

「はあ」

「わたくしは国王陛下を篤く支持しております。もちろん陛下のお示しになっている、アビリティー差別撤廃の方針も含めて」

「……」

「イリア。もしよろしければ、貴方のアビリティーの秘密を話してくれませんか。未だ半人前のわたくしに、力になれることは無いかもしれません。けれど、少なくとも、知った秘密は決して他言はしないと、亡きおばあ様の名に誓いますわ」



 イリアは食べかけの白パンを皿に戻して少し考えた。

 これ以上何を調べるのか分からないが、ハンナは【不殺(仮)】の検証にジゼルを付き合わせるつもりでいるようだ。

 正直言ってどこまで話していいのか判断が付かない。「ハンナに聞いてくれ」と言ってしまいたかったが、自分のアビリティーの問題をハンナに任せきりにしてしまっている、それがばれるのが気恥ずかしい。

 イリアは半分だけ秘密を明かすことにした。


「俺は指定有害アビリティーとか、盗っ人アビリティーに目覚めたわけじゃないです。新種アビリティーが発現しちゃったんです」

「……まぁ!」

「それでなんというか、その性質の調査をハンナと一緒にしています。ああいう人ですから、立身出世を目論んでるとかじゃなく興味本位だと思います」

「すばらしいですわね! 国内での新種アビリティーの発見なんて、もう30年以上無かったことですわ!」


 胸の前で手を組み、輝くような笑顔を見せたジゼル。

 「調査に参加できるのも、とても名誉なことですわ!」とのこと。

 すべてを話していないが嘘も無い。喜んでもらえたのでイリアはほっとした。



 夕方になりハインリヒが帰宅。板駒戦戯を自作した話など、とりとめもない話を食堂でしていたらハンナも帰ってきた。4人で食卓を囲む。


「ハインリヒ殿。明日、天気が良ければジゼルと出かけることをお許し願いたい」

「ほぉ、行楽ですかな?」

「行楽ついでに学問研究と言ったところです」

「なかなかに楽しそうですな。私は構いませんよ。ジゼル次第です」


 ジゼルが快諾し、明日早くから3人で出かけることに決まった。




 翌朝。寝ぼけなまこでジゼルとイリアは一緒に朝食を摂った。

 昨晩の献立だった揚げた魚肉の汁物。それを再利用し、パンとチーズを加えて作られた「かまど焼き」。マルクスが用意してくれた。ハンナはすでに食べ終えたらしい。



 身支度を終えてイリアは庭に出た。空は晴れ明るいが、太陽は街の建物の陰になっていてまだ顔を出していない。


 ハンナが居る。普段と違う服装。

 外套は着ておらず、上着も普段とは違う。肌着が見えるほど丈が短い。ほとんど無いに等しいくらいに袖が短く、両腕が露出している。

 下半身は普段の太ズボンのようだが、膝から下を細い帯でぐるぐると巻いて絞っている。脛の半ばまである半長の編み上げ靴も新品のように奇麗である。


「なんでまた全身黒いんだよ。せっかくちょっと格好いいのに」

「この服を染めてる染料は人間のにおいを吸収してくれるんだよ。魔物に気付かれにくくなるんだ。見た格好なんかどうでもいい」


 扉を開けてジゼルも出てきた。こちらも普段と違う服装だ。細い革ズボンに地厚い綿生地の上着。結った髪を頭に巻き付け、黒い髪留めで留めている。

 手には魔杖を持っている。長さは3デーメルテほどで銀色に輝いている。火魔法を能く使う者の象徴のような道具だ。


 火魔法は火炎を操ることが出来るわけだが、魔法で着火したわけではない炎を操るには、それにマナを流して魔法媒介化しなければならない。

 『耐久』が低い者だと炎に触れてマナを流すのは難しい。火傷してしまう。なので、魔杖を突っ込んでマナを流すのだ。

 精錬された金属は異能のマナ以外を受け付けないのが普通だが、純銀だけは例外である。魔杖は銀合金の本体に純銀の芯が入っているという構造だ。



「ハンナ先生、かっこいい……」

「キミもかジゼル。夏場に魔境に入るときはだいたいこの格好なんだが、見せたことなかったっけ?」


 鉄板入りのつば無し帽はいつもの通りだが、髪形も違っている。腰まである長い髪を一本に結って背中に垂らしている。

 露出した首、そして両腕。イリアより太く、引き締まった筋肉が主張している。


「まあとにかく、イリアはこれを着てくれ。借り物だから寸法が合ってないが、我慢だ」


 ハンナが背後の麻袋から取り出したのは鎖鎧だ。イリアに手渡されたそれはバカみたいに重い。10キーラム近くあるのではなかろうか。頭から被って着る標準的な型の物だが、初めて身に着けるために手間取る。

 鎖に髪の毛が挟まって数本抜けてしまった。


 二人に手伝ってもらって何とか装備した。腕は肘のあたりまで保護されて、丈は腿の半ばまである。

 革帯を上から巻くことで腰から下の部分の重さが肩にかからなくなる。多少動きやすくなった。


「んでこれ。角材は置いて、今日はこっちを使いなさい」


 鉄の棒を渡された。錆防止のために油をすり込まれていて黒光りしている。

 形は六角柱。長さ1メルテ弱。バカ重い。4キーラムはあるのではないか。角材の二倍だ。


「重いって。こんなの振れるわけないだろ」

「あー、剣みたいに持つんじゃなく、真ん中を持って回すようにしなさい。重心を体幹から離さないように。そう」


 言われたようにすると確かに、素早く振れることは振れる。真ん中を持っているから先端までの距離が短くなるし、腕を伸ばして振れないので間合いはさらに狭くなる。


「角材の方がいいと思う。俺にはまだ早いよこれ」

「警士が使ってるやつを半分に切った物なんだぞ。がんばれ。今日は角材では倒せない相手だ」


 鎖鎧と言い、いったい何と戦わされるのだろう。不安に思っていたら、少し離れた場所でジゼルが不安げな声を上げた。


「ハンナ先生、これ……」

「いいだろう。特別に改造してもらったのだ」


 ジゼルの見つめる先にあったのは、二つの背負子を横に並べて接合した物体だ。荷台にある座布団は二つである。


「イリアとわたくしを背負ってどこかに行こうというんですの? それは無いでしょう? わたくし、もうレベル14なんですよ? いえ15になったんでした」

「駄目駄目。キミのステータス魔法型に偏りすぎてるだろ? 『力』だって50に届いてないはずだ。身体能力はイリアと同じようなもんだよ、私から見れば」


 イリアとジゼルは並んで背負子に座らされ、綿帯でぐるぐる巻きにされた。

 こともなげに背負って歩き出すハンナ。

 せめて街の外に出てからそうしてもらうべきだったと気づいたときには、南門を守る警士に半笑いで出門審査を受けていた。

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