第38話 賭け

 ハインリヒはなにやら仕事上の会合があるとかで、夕食は3人で食べた。

 ジゼルの好物だという小麦麺の料理。羊のひき肉がたくさん使われたタレを絡めて食べる。イリアが実家で似た料理を食べたときは魔物の肉だった。ハインリヒ家では魔物をあまり食べないようだ。


 食後、昨日と同じようにハンナの部屋に呼び出された。



「ゲオルクのいう事なんて聞かなくていいよ。贅沢病なんておかしいじゃないか。イリアは自分で戦ってレベルを上げてるんだから」

「自分で戦うなら絶対発症しないってものじゃないだろ? ステータスの急上昇が原因なんだから。俺の場合事情が特殊だし」

「それにしたってレベルを20まで上げるのに3年ってのは長すぎるよ。贅沢病を防ぎたいだけなら、せいぜい1年半。1年でもいいくらいだと思うがね」


 一日1レベルを上げるというのは常軌を逸している。ハンナの言う通り1年で20レベルまで上げる場合でも、二十日に1レベルの頻度だ。

 実際は仮想レベルの高い魔物ほど数が少ないので、最初より後の方がレベル上げは困難になるわけだが、ともかく。

 平均すれば、一般的な学園生はふた月に一回の頻度でレベル上げをしていることになる。


「何で学園では3年かけてるんだろ」

「学費を多くふんだくるためだ!」

「そんなわけないでしょ。学費の半分は国が補助を出してるって聞いたよ。学園は国立なんだから、取った分だけ出してたら意味ないじゃないか」

「イリアは子供だから、汚いカラクリが分かっていないのさ! ……まぁ冗談はともかく、実際はレベルと一緒に体やを成長させようっていう事だろうね。キミらはまだ成長期だから」



 寝台の上で胡坐をかくハンナに手招きされ、近寄ると頬を摘ままれた。

 レベル4ともなればアビリティー無しの子供と比べると硬さが若干違うのだという。

 イリアが自分で摘まんでみるも、わからない。摘まむ力と指の硬さが同時に上がっているのだから当然なのだという。


 客室の扉が外から叩かれた。ハンナが返事をすると、ジゼルの声で「入ってよろしいでしょうか?」との声。

 ハンナが入室を承諾する前に、イリアは寝台から離れた。


「お二人で何を話してらしたんですの?」

「それは秘密だ、ジゼル。それより、いいところに来た。今のレベルはいくつだ?」

「14ですけど」

「14になってから摂取した魔石は?」

四角よづのウシジカと、西の管理魔境の森青グモを二つ。それと、成績優秀者の賞に選ばれて、13相当格の魔石剤を頂きましたわ」

「本当か! そりゃあ実に都合がいい!」


 ハンナは寝台から飛び降りると、部屋の隅にあった自分の筒袋を開いて中を漁っている。

 まだ日が暮れて2刻と経ってはいない。ジゼルはハンナのように寝間着には着替えておらず、夕食の時と同じ上品な部屋着の服装だ。イリアの顔を見て、困ったように首をかしげる。


「今日はおじい様がいらっしゃらないので、休むまでの間、お二人におしゃべりにお付き合い願えないかと思って来たんですけれど……」

「なんかすいません」

「さぁジゼル、これを食いたまえ。イリア、我々は実に運がいいぞ」


 ハンナは自分の左手に小さなガラス瓶の中身をこぼした。刺激臭が客間に立ち込める。

 揮発性の溶液に入っていたのは魔石剤。イリアが預けていた物だろう。

 7本あった瓶の中で、少しだけ大きかった一本。蓋に「10」の数字が書いてあったもの。

 10レベル相当格であればレベル14のジゼルでもいくらか成長素が摂れる。同格の魔石の6割ほどだったろうか。


 最初は遠慮していたがジゼルは結局魔石剤を齧った。「もう液から出しちゃったんだから」と、ハンナに責められた末である。

 考えてみれば、イリアは人が魔石や魔石剤を摂取するのを初めて見る。コリっという音がジゼルの口元から聞こえてきて、そのまま特に何もなく、ジゼルは自分の両手を見てから掌を合わせたりしている。

 当然だが『砂化』などしなかったようだ。


「ありがとうございます先生。レベルが上がったようですわ」

「いいんだ。代わりに今取り組んでいる研究に協力してもらうよ?」

「まぁ、いつもの事ですし構いませんけれど……」

「よし、じゃあ二人ともここで問題だ。ジゼルのアビリティーには今どれだけ成長素が溜まっているでしょうか?」


 あまりにも簡単な問題である。ひっかけ問題かと思ってイリアはジゼルの方を振り向いた。イリアを見返し、微笑んだジゼル。


「わたくしのアビリティーは【火の導師】ですわ」



 【火の導師】は『魔法系』の中でも区別して『導師系』と呼ばれ、古くから強力なアビリティーとして知られている。

 一説には「根本のアビリティー」たる【賢者】より古くから、ごく少数の者に自然発現し、「火」「水」「風」「地」の4つの【導師】は精霊に仕える宗教指導者として人々を導いていたとか。


 精霊言語による呪文を用いず、直接精霊と意思疎通して魔法を行使できる特性がある。

 魔法の研究が発展した結果、現在では威力やマナ消費効率の点から普通に呪文を用いることが多いらしいが、それとは別に『導師系』だけが得意とする特殊な魔法系統が存在するので、やはり今でも十分有力なアビリティーである。


 当然だが成長素の獲得やレベル、ステータス上昇は普遍型である。

 蓄積成長素が上昇必要量に達した時、余った成長素が消えてなくならず、レベル上昇後のアビリティーに残されるのは【繰り越し】という『成長系』アビリティーの一種だけだ。

 なので【繰り越し】以外のアビリティー保有者が、あと少しでレベルが上がるという状態で格の高い魔石を消費するのは、とてものである。


 まあともかく、ジゼルが【繰り越し】でないなら答えはやはり簡単だ。



「少しも無しだよ。アビリティーは空だ。成長素は溜まってない」

「正解だね。だからとても都合がいい。ジゼル、明日は魔石狩りに行かないでくれ。計算が面倒くさくなる」

「ええ、まあ、予定はありませんけど……」

「あー、もしかしたら明後日とか、その次とか、こっちの準備が整うまでかかるかもだけど」

「わかりましたわ」


 イリアにはよくわかっていない。聞いてもどうせ「仮説だから」と教えてくれないだろう。


 ジゼルは夜の5刻になったら寝るというので、イリアは自分の部屋からユリーにもらった数札を持ってきた。

 女性二人は寝台、イリアは椅子に腰かける。

 茶卓の上でハンナだけが知っていた「役比べ」という遊びをする。

 始めはやはりハンナの圧勝だったが、徐々にジゼルが勝負強さを発揮。最後まで弱かったイリアはたった2刻のあいだに銅貨21枚を二人に巻き上げられた。




 翌朝イリアは目を覚まし、洗ってあるほうのズボンと上着を着た。窓の外は晴れで、時刻は日の8刻あたり。少し寝過ごしてしまっている。

 階段を下りて一階へ。廊下で執事のマルクスに会った。

 ハンナはすでに出かけていて、ジゼルも学園に登校したという。


「じゃあ俺はどうしたらいいんでしょうかね……」

「ご自由になさって構いませんが、よろしければ入浴の支度をさせましょうか」


 イリアは厚意に甘えることにした。コトナーを出て以来それほど汚れるようなことはしていない。せいぜい大アマガエルと取っ組み合ったくらいだが、上品な令嬢であるジゼルと一緒に過ごすなら身ぎれいでいる方がいいだろう。


 朝食を頂いている間にお湯の準備ができた。ついでに汚れものを洗濯屋に出してもらう。この費用はイリアが自分で出した。

 ハインリヒ邸の風呂場は狭いが機能的な造り。浴槽が陶器板で出来ていた。

 イリアが一人が入った後お湯は捨ててしまうという。せっかくなので、お湯が冷めるまで長い時間イリアは浸かっていた。

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