第36話 いい人たち
昨日よりも少し川の流れから離れた位置。藪や立木の少ない空き地のような場所を探し出した。
ハンナは
生えている短い草を蹴り剥がして、しゃがみこみ土に直接手を触れる。
ハンナの余剰マナは風精霊と地精霊の両方に同調適性を持つ。相性の悪い対極性精霊の両方に適性を持つ者は少ない。
アビリティーを得ている者のうち、イリアのように単精霊適正しか持たないものが半数。複数適正の者の中で「火」・「水」や「風」・「地」の対極性精霊に適性があるのは10人に一人しかいない。だからと言って特に強い魔法がつかえるわけではないらしいが。
しゃがみこんでからほんの数秒。ハンナの触れている地面が膨れ上がった。直径4デーメルテほどの穴が出来ている。地中に向かって斜めになっている穴は、かなり深さがあるように見える。
「うん。準備完了だ。私が大アマガエルを連れてくるから待っているように」
そう言ってカエル筒を手に取ると下流の方に向かって行ってしまった。
今のところ雨は止んでいるのでイリアも雨具を脱いだ。首の革紐は今朝、裁縫道具を使って修理してある。
一人で取り残されて魔物が出てきたらどうするのか。
少し不安になったが、考えてみれば昨日も大アマガエルとは自分一人で戦っていた。ハンナが居ようが居まいが関係ないと、思い直す。
することが無いので背負子の荷台の上に座ってぼんやりと待っていたら、4人組の隊がやってきて話しかけられた。
「えーっと、君。一人で何してるのか聞いてもいい?」
「その持ってるのはなんだ? 武器なのか?」
イリアと同じか、少し年上に見える少年少女。男女それぞれ二人ずつの隊だ。
鉄の盾を左腕に装着し剣を腰に佩いた筋肉質な男子と、槍を持った長身の男子。二人は革鎧を着ている。
イリアのものと同じ型の雨具を着た女子は弓を持ち、丈の長い青い法服を着た女子は傘を差していた。
一人以外みな戦闘用の装備である。法服の傘の女子も魔法使いであるのかもしれない。
対してイリアは普段着に角材である。もっと低レベル帯の人工管理魔境でもおかしな格好。常識的に考えればここはアビリティーを得て1年ほど修業をした者が利用するべき狩場だ。
「あー……、気にしないでください。今その、保護者と言うか、ちゃんとした? ……ちゃんとしてはいないですが大人が来るので」
「そういうわけにはいかないよ? 大アマガエル相手に一人でとか、レベル10くらいでも事故があり得るよ?」
「その保護者が来るまで俺たちもここに居ようぜ。何かあったら夢見が悪い」
4人ともイリアの護衛をすることに賛成のようである。人がいいというか、人間が出来ている。
イリアは立ち上がって礼を言った。
いたたまれない。早くハンナに帰ってきてほしい。
4人と共にさらに半刻ほど待っていたら、上流の方からカエル筒の音が聞こえてきた。大アマガエルの声よりだいぶ高い音なのだが、4人は武器に手をかけて音の方向を注視している。
真っ黒な恰好をしたハンナの姿が見えてきた。獲物を引き連れているためか、走ったり止まったりを繰り返している。
「あれか?」
「はい」
「あの音、大アマガエルを呼び寄せてるの?」
「はい」
「キミが狩るの?」
「まぁ、はい。戦います」
弓の女子はよく見るととても美人であった。
そうこうしているうちにハンナがもうそばに来ている。少し離れて大アマガエル。連続して跳ねてイリアたちから15メルテほどの位置まで来た。
「なんだ人が増えてるな。イリア、あいつは今私を狙ってるから、キミから殴りかかって敵対してくれ」
ハンナと入れ替わるようにしてイリアが前に出た。
後ろの方から「一人でやるのか?」「手伝いましょうか?」「遠慮してくれ。実験にならない」との会話が聞こえてくる。
大アマガエルは今ハンナを敵視している状態なので、イリアの登場に戸惑っているようにも見える。
昨日はカエル筒を鳴らすハンナがイリアの後ろに隠れていたので、最初から魔物はイリアを敵視していた。
魔物がイリア以外を敵視しているこの状態で、途中から戦っても成長素を得られるのか。そういう実験だろうか。
確かにいつか隊を組んで戦うときのために必要な検証ではある。
イリアは角材を構え、跳躍の間合いの一歩外に位置取った。大アマガエルは数秒経っても動こうとしない。見合っていても仕方ないので、跳んでくる相手を横に避ける気構えをして自分から近づく。
何故か、何となく、大アマガエルの戸惑いが消えて、イリアに集中したように感じる。5メルテの距離に近づいたイリアに向かって口を開け、敵はそのまま跳んだ。
昨日3度戦い、イリアはすでに慣れていた。一度沈み込んでから跳ねかかる機を掴んで、一歩横に避けて武器を全力で振り切る。
大きく開いた口に咥えられるような位置に角材は命中した。重心と捉えられなかったが、大アマガエルは半回転して地面に落ちた。
白い腹をむき出しにした獲物に上から打ち込みを入れ、そのまま押さえ込む。
4人隊の誰かが拍手をしている。成長素を得た感覚がイリアの体を走る。この方法でも問題はないようだ。
いつの間にか目の前に来ていた真っ黒な人影。ハンナがイリアを見ている。
「吸収した?」
イリアの肯定に対しハンナも頷き返すと、倒れている大アマガエルの両足首を掴んで、持ち上げて運んでいった。
最初に開けた地面の穴に向かい、びくんびくんと暴れるそれを中に放り込む。穴の中を少し覗いて、地面の土を両手でかき集めて穴をふさいだ。
ハンナの方に歩み寄るイリアに、剣盾の男子と弓の美人が話しかけてきた。
「やるな、一撃ももらわずに倒すとは」
「何であの人魔石採らないで埋めちゃったわけ?」
答えに窮する。魔石を取らないのはその必要が無いからだが、埋めた理由は分からない。両手の土を払いながらハンナが戻ってきた。
「ちゃんとした武器を使わないのも魔石を取らずに埋めたのも研究のためだ。見ての通りこの子は大丈夫だから、君たちも自分のレベル上げに行きたまえ」
4人の親切な若者たちは納得したのか去っていった。あとに残されたイリア。ハンナの意図がつかめない。
「死んだのか? 死んでないよな?」
「死んでない。大アマガエルは地面の穴で冬眠するんだよ。だからああしておけば大人しくなるんじゃないかって思ってね」
「へぇ」
「【魔物使い】が指定有害アビリティーにされた理由はわかるかね?」
「……急になんだよ。魔物を飼っても利益が無いからでしょ?」
「そんなことは無い。利益はあるとおもうよ? それに無益だというだけでは指定されない」
「じゃあ何で?」
「【魔物使い】が飼う魔物は、飼い主から2刻間ほど離れていると元通り『凶化』するようになる。それで何度も事故が起き、そのせいで【魔物使い】は60数年前有害指定を受けたんだ」
イリアの脳裏にひらめくものがあった。イリアが気付いたことにハンナも気付き、にやりと笑う。
「あの大アマガエルと再戦してもらう。ひょっとしたら、ひょっとするかもしれないよ?」
2刻のち、ハンナが穴の周りで足踏みをし、叩き起こした大アマガエルはイリアを見て『凶化』した。
空中で舌を飛ばしてくるという今までにない攻撃を繰り出してきたが、きちんと避けて完勝。後ろ首を抑えつけている時に成長素の感覚。
『
子攫いイヌを撃退して甘い痺れを感じた、あの日以来の驚きであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます