第35話 軽量化
「名づけよう! キミのアビリティーは【不殺(仮)】、だ!」
「(仮)?」
「アビリティー名の正式決定は『賢者議会本会議』の議決によってなされることになっている。本来は学者の領分と思うんだがね。まったく傲慢な連中だよ賢者ってのは!」
ハインリヒ邸での楽しい夕食を終え、イリアはハンナの客室に呼び出されていた。
客室は部屋の大きさも寝台の大きさも使用人部屋の倍だ。内装、調度品も応接間や食堂に負けず劣らず豪奢である。
ハンナは外套や上着、スカートに見える太ズボンを脱いで、少々色のくすんだ部屋着姿である。
ノバリヤに滞在していた時と変わらない、イリアには見慣れた格好で寝台の上に胡坐をかいている。
イリアは客室にあった茶卓備え付けの椅子にきちんと座っていた。
「まぁ名前があった方が便利だけどさ。それより、実際どう思うの? このアビリティーのこと。あまりにも突飛と言うか、正直混乱してるんだ。自分の事ながら」
「んー、実際にこの目で見るまでは信じがたかった。だが実在するという前提で考えてみればそれほどバカげてもいない」
「そうなの?」
14歳のイリアの常識。戦士団の団員をはじめとするノバリヤの住民たちの中で育った常識では、【不殺(仮)】の性質はあり得ないとしか考えられなかった。
「そもそも、魔物の持つマナの恩恵を『仮性アビリティー
「そんな……」
かなり冒涜的な意見である。アール教信徒が聞いたら激怒するだろう。
「魔物は人間のように、レベル1で生まれてどんどんレベル上昇を重ねていくということは無い。大アマガエルの仮想レベルは成体になってから死ぬまで11とか12のままだ。だが一部、成長と共にレベルを上げる魔物も居る。そいつらは別に他の魔物を殺して魔石を食ってるわけじゃない。魔石を介さなきゃレベルが上げられないという我々の方が、むしろ異端なんだ」
「……魔物はどうやって成長素を得てるのかな」
「面目ないが、それはわからない。魔物よりアビリティーのほうが異端なんて言ったが、私の専門はアビリティー学であって魔物学ではないんだ、実は」
ともかく、魔物が魔石を食う以外の方法で『仮性アビリティー様構造』を成長させるなら、人間が同じようにできても不思議はないという事なのだろうか。イリアにはいまいち納得がいかなかった。
「イリア。キミは【魔物使い】って知ってるか?」
「……知ってるけど、何?」
【魔物使い】は魔物を家畜のように使役できるアビリティーだ。アビリティー便覧のような本には載っていない。
第2種指定有害アビリティーに定められている特殊なもので、「盗っ人アビリティー」なんかとは比べ物にならない規制を受けている。
アビリティー差別禁止法の保護の対象外になっていて、発現すれば即座に通報されて国の管理を受ける。理由は単純だ。魔物を使役するのは危険ばかり大きく利益が無いからである。
「【魔物使い】が倒した魔物は、【魔物使い】の側にいる限り『凶化』することがない。どうしてそういうことが起きるのか、確かなことはわからないが有力な仮説がある」
「どんな?」
「魔物が『凶化』するときには、『仮性アビリティー様構造』にそうさせる何かが満ちるのだろうという事だ。それがなんであれ、つまりはマナの一形態なのだろう。【魔物使い】はそれを魔物から吸収し続けるから、側にいる魔物が『凶化』しない」
「……なんか、とりとめのない……」
「まぁ確かにね。ともかく、その『何か』を吸収したからって【魔物使い】の方に影響があるわけではない。【魔物使い】はいたって普通に、魔石を食ってレベル上げをするアビリティーだ」
「……」
「そう! キミの【不殺(仮)】はおそらく! 打倒した魔物の『何か』。言うならば『凶化原因性マナ』を成長素として吸収する、そういう性質をもつのではないか⁉」
口を開けたままの、凶暴にも見える笑顔でハンナがイリアの顔を指さしてきた。
筋が通っているような、そうでもないような話だ。それならイリアに倒された魔物があっさり逃げ出すことにもいちおうの説明はつく。
だがそれにしては成長素の獲得率と言うか、それが魔石を食った場合の一般的な法則と合致しすぎているようにも思える。
よくわからない『仮性アビリティー様構造』の、それ以上によくわからない『凶化原因性マナ(仮称)』の話であるから、イリアはとりあえず今理解する事をあきらめた。
「名づけよう! キミの【不殺(仮)】が持つ異能は≪凶化吸収成長≫だ!」
「異能の名前まではいいよ別に。じゃあ俺も【魔物使い】みたいに規制を受けることになるのかな……」
「何をいまさら。完全新種、それも前代未聞の珍種なんだから【魔物使い】みたいどころじゃない。このまま国や賢者議会にばれれば即研究処行き。十年は一日24刻監視付きの研究対象だよ」
「……」
「ある意味では羨ましいね。稼がなくても食うには困らないよ」
茶卓の上に肘を置いて、イリアは両手で自分の下顎を挟んだ。
魔物を殺せないという事は、魔物の死体から肉や皮など、有用な物を剥ぎとれない事を意味する。つまり経済的に困窮するだろうことが容易に想像される。
自分を研究対象として差し出すことで、その不安が解消されるなら検討の余地はある。だができれば他の選択肢も欲しいイリアである。
「……俺はどうしたらいいのかな?」
「とりあえず明日、検証実験の続きだ」
「え? まだやるの?」
「4日くれと言っただろ。キミの異能が私の言ったとおりのものであるならば、事と次第によっては……」
「何さ」
「いや、仮説に仮説を重ねても意味がない。明日のお楽しみとしようじゃないか」
両目をぎらつかせたハンナに客室を追い出され、イリアは自分の部屋に向かった。歯ブラシを取って
口の中をすっきりさせてから再び3階の部屋に戻る。
背負い袋の中から工具の入った袋を出し、小刀を取り出した。
今日一日で3匹の魔物を打倒した角材を部屋に持ち込んでいる。屑入れを足元に置き、その上で角材の角の部分を削ぎ落す。付着している大アマガエルの血液ごと削ぎ、表面も全体的に削って角材の見た目は新品同様になった。
少々の軽量化と、思い切り殴っても相手を怪我させにくくする工夫。カエルが相手であってもやはり流血はイリアの精神に負担をかけていた。
作業を終え、寝台に寝転んで考える。今日は昼食が抜きだった。明日は何か昼に食べる物を持っていきたい。
次の日の午前。雨は降っていないが空は曇りがち。いつ降りだしてもおかしくない。
イリアはハンナと共にセイデス川南岸、大アマガエルの人口管理魔境に再び立っていた。
イリアにはいまいちわからないが、昨日よりも下流の方に来ている気がする。
手に持っているのは角を削った9デーメルテの角材。
第一防壁と第二防壁の間。いわゆる下町のパン屋で購入した硬めの棒パンが懐に入っている。
ハンナの持つカエル筒は、まだ鳴らされていなかった。
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