第28話 書店へと

 ソキーラコバルの東門は特別大きなものではなかった。門口の横幅は5メルテほど。コトナーとそれほど違いはない。

 防壁の高さは8メルテ程度。矢倉塔などは無いが、弓を持って壁の上を巡回する兵の上半身が見えている。

 全体が「ただの壁」ではなく、砦のような防衛施設になっていると予想できる。近くまで来たら、壁面に均等な間隔で灰土の窓枠が開いているのが見えた。

 イリアの感想としては、魔物に襲われる恐れなどほぼ無いのに厳重すぎないか、という感じだ。


 鉄棍の男はどうやら警士であったようだ。同じ格好をした者が数名、門で入街審査らしきことをしている。その他に、門の両脇には巨大な槍斧を体の前に掲げた門衛の兵が居る。鎖鎧ではなく金属板の鎧で上半身を覆い、兜は頭部全体を覆っていて目元しか隙間が開いていない。



「おい、お前はこっちだぞ。住民じゃないのだろ?」


 警士の男に促され、門の右横の建物に入る。男はそのままどこかに行ってしまった。きっとイリアのように危うい目に会う者が居ないか巡回に行くのだろう。


 建物はかなり大きく、奥にある3つの窓口にむかって3列、それぞれ十数名の人間が手続きの順番を並んでいた。イリアは真ん中の列の最後尾の女にどの窓口も役割は同じだと教えてもらって、女の後ろに並んだ。




 住民でない者の手続きは大変時間がかかるらしい。1刻半ほども待っただろうか、一度厠に行く必要があり、列に戻るときに後ろの方で割込みじゃないのかという声が上がった。「ちがうよ、この子はここに並んでたんだ」「漏らすわけにいかねぇだろ。変なこと言うとお前は小便行かせてやらねぇぞ」と、庇ってもらう。

 かわやは手続き所に設置されていた。こんなに時間がかかるなら設置は当然である。



「はい、じゃあ身分を証明するもの出して」


 窓口の向こうには眼鏡をかけた穏やかそうな老婦人が座っていた。銀色にも見える奇麗な白髪を編み込んで頭に巻き付けている。

 イリアが身分証を提出すると、名前を全て名乗るように言われた。「ノバリヤ戦士団白狼の牙頭領家男子・ギュスターブの子イリア」という正式な名を述べる。

 名前の下に箇条書きされている項目を確認された。

 KJ暦764年6月12日生まれ。母の名はポリーナ。後見人がセルゲイの子イヴァン。これを言わされ、次に容貌を確認される。

 背は16デーメルテ弱。身体に大傷無く、肉付き尋常。毛髪茶色にして瞳も茶色。左目の下に一つ黒子あり。

 濡れた布で黒子を擦られ、書き込んだものではないかまで確認された。


 本来身分証によって本人の確認をするならこれくらいの行為は要るのだろうと思う。拾ったり奪ったりした者に使えてしまうなら身分証の意味がない。今までがてきとう過ぎたのであって、さすがに州都では厳正だ。


「本人で間違いないようですね。じゃあ、一時滞在許可証は必要ですか? 大銀貨1枚費用が掛かりますけど」

「無いとどうなりますか?」

「税として小銀1で入市できるわね。でも一度門から出ればまた同じ手続きになりますよ。滞在許可証があれば5日間、住民と同じく出入りできるのよ」

「たった5日で大銀貨……」

「いえ、5日経ったらここか、市の役所で無料で更新できるのよ。返却すれば小銀貨1枚返ってくるから、実質小銀4枚ね」


 イリアは滞在許可証をもらうことにした。小さな穴の開いた真鍮製の小板で、「R79ソキーラコバル・7月2日まで」と書かれている。5日間というのは明日から5日らしい。

 裏側には特に何も書くことのない場合に頻繁に描かれる、原初の2賢者の一人マチルダ・ジョイナーの横顔が打ち出されている。

 ジョイナーの肖像は硬貨にも刻まれている当たり前のものなので、イリアに特別な感想は無い。


 滞在許可証を持って東門に戻り、審査をしている警士にそれを見せる。荷物を簡単に改められたのち、門を通された。通り抜けた防壁の厚さは6メルテ程もある。


 防壁の内側、門前広場は屋敷が二、三軒建てられるほどに広く、街道と違ってみっちりと四角い石畳が敷き詰められている。屋台や露店など営まれてはいないが、住民らしき普段着の老若男女が立ち話をしていたり、昼時だからか皆で何かかじっている旅人風の隊も居る。


 イリアは頭に花柄刺繍の布を巻いている主婦らしき女に声をかけ、市で一番大きな書店の場所を教えてもらった。



 青果店や料理店、衣料店などが立ち並ぶ通りを西へ進む。防壁の内側は石造りや煉瓦造りの建物が密集していて、いかにも人口密度が高そうだ。街の規模に比べて道は狭く、幅5メルテも無いだろう。コトナーの東西通りの半分以下だ。

 ひっきりなしに人が行き来きていて、荷車が通ると皆で避けねばならず、そのたびに罵声が上がった。


 教わったとおりにまずは中央区を目指す。200年前、マクシミリアン一世王時代に築かれた第一防壁の内側が中央区。ゆるやかな上り坂の道を1キーメルテも歩き続けたろうか、見えてきた第一防壁は第二防壁、すなわち入市審査を受けた外側の大防壁と比べて、立派という事も無い。

 むしろ不揃いな黒っぽい石が積み上げられているだけで、歴史的価値くらいしかないように思える。


 門などは無く、ただ壁が途切れている場所から中央区に入り、さらに中心を目指す。屋敷というほど大きくはないが整った見た目の住居が目立つ。おそらく裕福な者が多く住んでいるのだろう。

 しばらく進むと大きな建造物が見えてきた。灰土建築で、四隅に尖った鉛葺き屋根のある矢倉塔が建ち、ガラスの嵌っていない窓穴は縦に引き伸ばしたような半円形である。まるで物語の挿絵に出てくるような『城』だ。


 ソキーラコバル市政庁舎だというその城の周りは建物が無い。広場になっていて、住民や旅行者が数十人たむろしている。軽食を出すような茶店もあり、イリアは空腹を感じたが今は我慢する。


 街中だというのに広場には10本ほど木が生えていて、その木陰で本を読んでいる役人風の男。

 イリアは声をかけ、書店へ続く道を教えてもらう。広場から放射状に延びる道の中で北西方向の道がそれだということで、向かう。


 整然とした建物が立ち並ぶその通りには「メイラー法律相談」とか「会計代行エフレイム」などといった看板を掲げた建物が多い。なにか複雑そうな仕事をしているのだろうと思うが、イリアには実際何をする商売なのか見当がつかない。


 さらに北西に進み、ついに見つけた市で一番だという書店。

 本を象った絵看板を掲げている。煉瓦造りの建物の、洒落た両開き扉の上には「ソキラの年輪」と刻まれた青銅の銘板。中に入ると独特の本のにおい。

 植物紙の本でも表紙には獣皮が使われる場合がほとんどだ。


 店の中央に背の低い展示用の本棚があり、左右の壁も一面本棚だ。

 窓の無い店内の光源は入り口扉の上部にある曇りガラスしかないため、全体に暗い。本を日焼けさせないためには当然だ。店の奥、長卓を挟んで店員らしき者が客の相手をしている。話が終わり先客が去るのを待ってイリアは長卓に歩み寄った。


「すいません、この街で学問書をたくさん買っている家はわかりますか」

「学問書ですか? そう言われましても、本は普通大なり小なり学問に関係するものが多いですし……」

「こんなの誰が読むんだって、思うような本です。魔物の繁殖がどうとか、そういう」


 店員ではちょっと分からないという事で、店の奥から頭頂部の禿げあがった80歳代とおぼしき店主が出てきた。台帳を確認してもらって、イリアは聞きたかった情報を手に入れることが出来た。

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