第22話 3人組

 街道の分かれ道を左に進んで1キーメルテ。小さな丘を越えるとファブリカ山地が見える。標高数百メルテの山並みは所々木が伐採されて岩肌がむき出しだ。

 麓に見える街がファブリカ鉱山街。石炭と鉄鉱石が両方採れるファブリカ山地の恵みで栄える街であり、ベルザモック州の鉄器生産のかなめである。


 イリアが本で得た知識によれば、紙というのは澄んだ空気と水が無ければ作れないはずである。

 あちらこちらから石炭を燃やす煙が上がっているファブリカで高級紙など作れるのだろうか。不思議に思いながら入街審査を受ける。

 身分証を見せただけで通過を許可された。他の旅人は獣皮の書類や真鍮の身分証を出している者が多かった。イリアの持っている銀板の身分証はどうやら普通より立派な物のようだ。

 門衛に教わった通りに商店通りを進んで、見つけた紙物問屋の戸をくぐる。荷物から解いていたカジの木の皮を店番の女に渡した。


「なんだいこんなちんけな量! 子供のおつかいじゃないんだから!」

「すいません……」


 中年女はぶつくさ言いながら天秤で皮の束の重さを計っている。


「小銀2と銅3枚、それでいいね!」

「はい。ところで紙ってここで作ってるんですか?」

紙漉かみすき工房は山の上の方だよ! あんた行くならそこの束運んでよ! 手間賃出すよ、お金ないんだろ⁉」


 長卓の向こう側にはカジの木の内皮が山のように積んであった。イリアの運んできた量の数十倍はあるだろう。とても今のイリアの手におえるとは思えない。丁重にお断りしてイリアはファブリカの街を後にした。小銀貨1枚と銅貨3枚の儲け。初めての労働収入だった。


 街で遅めの昼食を摂る。座って食べられる屋台で鹿肉の串焼きを薄焼きパンで包んだものをかじる。水分補給は黒スモモを2つ食べた。合わせて銅貨12枚。

 日が暮れるまでにまだ5刻間はある。

 あまり空気の良くないこの街で宿を取るより、もう少し進んだ方がいい気がした。州都までは当然無理として、その手前のコトナーまでなら行けるのではないか。無理でも途中に小さな農村があるのは確認している。


 元来た道を戻り、半刻ほどで街道に復帰。草原を道なりに、急ぎ足で進む。

 道の向こうから人が来る。長い髪を風になびかせた整った身なりの男。腰に立派な剣を佩いている。

 州都に近づいているだけあって、道幅はどんどん広くなっている。普通にすれ違えるとは思うが、駆け足で向かってくる男に衝突しては怪我をする。イリアは一応道の横に避けた。

 男はなぜかイリアと同じ方に道を外れた。不思議に思って立ち止まっていたら後ろから車輪の音。イリアは振り向いた。


 なにやら不気味な生き物が馬車を曳いている。馬に似てはいるがおそらく違うので、正確には馬車ではない。

 こちらに向けて駆けてくる生き物はトーロフよりも大きく、脚の長さがイリアの身長を超えている。

 どこか馬よりもだらしない顔。顔以外の全身が白茶色の長い毛でおおわれていて、何よりも違うのはその背中に巨大なコブが盛り上がっていることだ。縦に二つ並んでいるそのコブの間に小柄な男がまたがっている。


 呆然と見るイリアの目の前を、謎の獣と獣の引く車が走り抜けていく。その後ろには大きな背負子しょいこの荷物を担いだ二人の男が付いて走っている。

 20メルテほど距離が出来たところで車はゆっくりと速度を落とし、やがて止まった。剣を佩いた長髪の男は謎の獣車をやり過ごし、東に向かって去っていた。

 イリアはおそるおそる、停車している獣車の方に向かって街道を進んでいった。


「おい、そこの坊主」


 獣車の後に付いていた二人のうちの一人がイリアに向かって話しかけてきた。

 イリアの知らない素材の、丈の長い赤褐色の上着。縮れた黒髪を顎辺りまで伸ばして、口髭、そして長いあごひげを伸ばしている。


「……なんでしょうか……」

「お前はこの先の村の者か?」

「違います」

「なら乗って行け。お前の足では日が暮れるまでにコトナーには着かん」

「えっと、なら村で宿を取りますから」

「あの村に宿は無いぞ。伝手つてでもあるのか」

「……無いです」


 なんだかよくわからないまま、イリアは髭の男に荷台に乗せられてしまった。荷台はイリアの実家の馬車より倍は広い。

 車の前方、イリアから見て荷台の奥には、毛織の敷物が巻かれた状態で何本も転がされてある。座らされた場所の周りには錠付きの大きな箱が3つ革紐で固定されている。

 イリアが乗ったことで荷台は一杯一杯になってしまった。獣車が走り出すと、もう一人の男が話しかけてきた。


「驚いたか? アニキは見た目が怖いが悪人じゃねぇよ。心配すんな」


 そう言う男もあまり穏やかと言える容貌をしていない。身長は大人の標準よりもだいぶ高い。髪の毛は全て剃り上げてあり、ごつごつと筋肉が盛り上がった顔はよく日焼けして小麦色である。

 右眉の上に縦に古傷が走っている。刺繍で飾られた胴衣を、肌着をつけずに着ていて、腹帯に刀身が湾曲した短刀を挟んでいる。

 アニキと呼ばれた髭の男の武器は2メルテほどの鉄の刺槍。杖のように突きながら獣車の後を走っている。


「あの、目的は何でしょうか」

「こっちが聞きてぇよ。なんで子供が一人で歩いてる?」

「子供ではないです。10日前に魂起こしを受けてます」

「半大人だってか? バカ。3年早いだろ一人旅なんて」


 道が荒れているのか獣車がガタガタ揺れだした。走行音がうるさいので会話を中断する。


 どうも聞いていたのと話が違う。ヴァシリはイリアが旅をするのをそれほど困難なことだと言っていなかったような気がする。州の主要街道であるこの道なら危険は無いとイリアも考えていたのだが、この男によれば3年早いらしい。

 まぁ実際問題としてヴァシリにせよ父にせよ、レベル2くらいの時に旅をしたことがあるのかと言えば無いかもしれないし、そういう感覚は信用ならないのかもしれない。


 上り坂になり速度を緩めた獣車。後ろの男二人は荷台を押している。それほどきつい坂ではないようで、髭男の方は刺槍を持ったまま片手で押している。

 イリアはいったん降りようとしたが黙って押し戻された。


「親切にしてくださって、ありがとうございます」

「なんかお前、言葉が丁寧だな。まさかいいとこのぼっちゃんか? 名前は?」

「イリアです」

「そうか。俺たちは『つ脚ラクダ』ってんだ」

「……?」

「隊名だ」


 最後に補足したのは髭男の方だ。イリアの実家の戦士団が「白狼の牙」を名乗っているように、彼らの組んでいる隊にも名をつけているのだろう。


「らくだってなんですか?」

「今車を曳いてるやつだよ」


 そう言われて前の方を見ようとしたが、荷台にはほろが掛かっているので見ようとしても見えない。

 イリアも多少は生き物の知識を持っているつもりだったが、獣でも魔物でも聞いたことない名前だった。


「脚は4本あったと思うんですけど」

「そりゃそうだろ。三つってのは俺らが3人組だってことを表してんだよ」

「なるほど」

「東方じゃ珍しくない獣なんだぜ。けどうちのラクダは他とは違う。魔石を持ってないが、マナの影響を受けてるから力が強いし頑丈だ」

「赤グマみたいなものですか?」

「そうそう。半魔物ってやつな。普通のラクダを100頭も従えてたのを、アニキが捕まえて去勢したんだ」


 上り坂が終わり、獣車は再び速度を出し始めた。道が平らになって走行音が小さくなるたび、いろいろと聞いてみたところ「三つ脚ラクダ」の3人は髭のアニキの名前がハンス。剃り上げ頭の名前がカールで、ラクダに乗っている小柄な男がイジーという事だった。

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