第21話 薪
グラリーサの西門から出て街道に合流する。目指すは西に十数キーメルテのビスト村。
午前中はノバリヤから南西方面を目指す旅人に追い越されることが多かったが、午後は反対から駆けてくる者とのすれ違いが多かった。彼らは今日中にノバリヤに到着するのだろう。
『耐久』のステータスは体を頑丈にする。正確には体を構成している物質が、マナの影響を受けて通常と異なる振る舞いをするようになる。
肉が切れたり骨が折れたりしにくくなるだけでなく、傷の縫合用の縫い針なども刺さりにくくなる。
毒の影響さえ小さくなっていき、子供が食べれば死に至るキノコを珍味として食べる者もいる。
『耐久』のステータスは目では見えない、元素のようなから段階から肉体の変成を防いでいると考えられている。
つまり『耐久』が高いと疲れにくくもなるのだ。飲食を十分にとれば、激しい運動を続けても疲労という肉体の変成が起きにくくなる。
スドニ丘陵地帯を横断する道を行くイリアは、心からレベルを上げたいと思った。
特に『耐久』を中心にステータスが上がってほしい。
地図上では平坦な道となっていたので楽に歩けるだろう。その考えはイリアの勘違いだった。
実際の道は地図に書き込まれない小さな規模の上り下りの連続である。
ビスト村に到着するのに、けっきょく5刻間かかってしまった。今日1日、合計10刻間歩きっぱなし。生まれて初めての運動量。
へとへとになってたどり着いた村には防壁が無い。門も無いので入街審査という仕組みも無いようだった。ずっとノバリヤで暮らしていたイリアは、外に対してむき出しのあり様に不安を感じてしまう。
農地に囲まれ見通しがいいので、それなりの大きさの魔物が近づけば発見できる。だが昼間はいいとして、夜になったらどうするのか。周辺数キーメルテの範囲で魔境の森がないとはいえ、迷い出てきた魔物が夜のうちに村にたどり着くことは考えられないのか。
できるだけ村の真ん中あたりに宿を取りたい。そう思って夕暮れの道をどんどん進んでいく。建物は小さいながら煉瓦造りでなかなか立派である。
木の板を少しづつずらして重ねる板葺き屋根が所々苔むしていて風情がある。
村の中心部に近づいていくと、広い庭がある家が増えてきた。
その中でも極めつけに大きな建物。イリアの実家と比べてもそん色のない規模である。庭の半分は丈夫そうな木の柵で囲まれており、大きな獣が5頭放たれていた。
中の一頭、他よりさらに体格が大きい。頭の横に角が生えている個体がイリアを見て一声「モォウ」と鳴いた。
その声を聞いてか、奥にある木造の小屋から人が出てきた。麦藁帽を被った男、60歳くらいだろうか。
「なんだね、村長になにか用かね?」
「あ、いえ。違います」
「じゃあ何かね、牛が珍しいかね」
「はい。生きてるのは初めて見ました。大きいですね」
「生きてるのとは、どういう意味だい?」
「肉を食べたことがあります。塩漬け肉でしたけど」
麦藁帽の老人は目を見開いて、イリアの足元から顔まで目線を巡らせた。
「ここの牛は食い物じゃないよ、若いの。ビスト村の特産は牛の乳とチーズだ。旅人みたいだが、泊るところはあるのかね」
無いと答えたら、老人は村に一軒だけある宿を教えてくれた。
レベル上げの滞在者が1万人もいるノバリヤしか知らないイリアにとって、宿が一軒だけというのは信じられない事だった。
だが旅慣れて十分レベルの高い大人にとってノバリヤ・ソキーラコバル間の距離は一日で移動する距離であり、半端な位置にある村に宿泊する旅行者は多くないのだろう。考えればわかる事でもあり、納得した。
宿は村の北のはずれにあった。中心地で泊まりたいという願いは適わなかったわけだが、建物はなかなか立派である。
いかにも強そうなひげ面の大男が宿の主人であり、チーズがたくさん使われた夕食を提供してくれた。
食べている間に夜になる。
他の泊り客も数名訪れ、彼らはみな武器を携えた戦士風の男たちだった。
魔物に襲われる不安はほとんど無くなり、イリアは2階の客室で安心して眠りについた。宿賃は食事込みで小銀貨4枚だった。
目を覚ましたイリアは窓の外の太陽を見て慌てた。朝というか、朝と昼の間である。日の3刻も終わりに近い頃合いだ。
急いで身支度をして一階に降りる。
「おうお客さん、寝坊だな。はやく朝めしを食っちまってくれよ」
「すいません。でも、どうしようかな。急がないと、今日中にソキーラコバルに着けなくなりませんかね」
「無理だろ? お客さんまだレベル10もいってないんじゃないか? 今日はまたどっか途中の人里で一泊するんだな」
思わぬ失態、と思ったが致し方ないことでもある。
疲れていたから体が休息を欲したのだろう。一日24刻の半分、12刻間も寝たおかげか、体に
宿賃がかかるが今日も道中どこかで宿をとると決め、イリアは食卓に着いた。
朝食は鶏卵の目玉焼きに黒パン。採れたての
牛の乳は羊と比べてあっさりとしていて飲みやすかった。
「お客さん、仕事しないかね。これをファブリカに売りに行けばいくらか金になるよ」
宿の主人が麻紐でくくられた何かをもってきた。白くて薄い、四角い何かが数十枚重ねてある。
「なんですかそれ?」
「カジの木の内皮だよ。ファブリカは鉱山の街だが、製紙もやってるんだ。これを材料にして紙が作られるんだぜ。本なんかにもなる高級紙だ」
「そうなんですか。この辺で採れるんですか? それ」
「北の方の森にここ数十年カジの木がどんどん増えてるんだよ。薪とりのついでに集めて、そのうち売りに行こうと思ってたんだが、機会が無くってな」
イリアは宿の主人から木の皮を買い取ることにした。全部で小銀貨1枚。ファブリカの問屋に持っていけば倍の値になるという。
カサカサに乾燥していてもカジの木の皮は1キーラムほど重さがあった。
荷物が増えてしまうし、せいぜい宿代の4分の1しか儲からないが、ファブリカはほぼ州都への道の途上にある。どうせ一泊することになるのだから多少の寄り道は問題ない。
丘陵地帯を抜け、州都に続く街道は下り坂に入る。昨日とは打って変わって楽ちんな道のりにイリアの足は軽い。背負い袋の上に括り付けてある幕屋の上に、さらにカジの木の皮が括り付けてある。
2刻間ほど進んだ先、街道の右脇の草原で大きな幕屋が張られていた。幕屋の周りには、どこから持ってこられたのか根元から
傍に空の荷車に腰かける若い男が居たので、何事なのかとイリアは訊ねた。
「こいつらはあれだよ、街道周りの木を伐採してんだ。ほっとくと森になっちまうから」
「あぁ、街道保全隊の人たちですか」
「そうそれ。こいつらは国じゃなく州のだけどな。この薪タダでもらえんだぜ、乾燥してねぇから重いけどな」
やたらにうれしそうな顔をする男に礼を言い、イリアは西を目指して旅を再開した。ファブリカへの分かれ道まではもう2刻ほどかかるはずである。
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