第8話 亜種

「イリア君に目覚めたアビリティーの種別を判定できません。これは新種ですね、おそらく」

「新種、ですか」

「はい。あ、もう手を離していいです。鑑定塵かんていじんは読み終わりました」

「はい……」

「それで、ステータスは全部5ずつ付いています。標準ですね。精霊の適正は一つで、水精霊に対して『並』です」

「……えっと、新種なんですよね?」

「あぁそうか、すいません。その説明が要りますよね。なにせ私にとってもめったにないことなので……」


 イリアは『魂起たまおこしの水晶球』から両手を離した。離して初めて気づいたが、手のひらと水晶球の間に手汗がびっしゃり溜まっていた。

 アール教の僧侶の男、アロイスは濡れている水晶球を拭くことも無く絹布の覆いを被せた。部屋の隅にあったもう一脚の椅子を運んでくると、水晶球の横、イリアの右斜め前に腰かける。説明をしてもらうため、イリアはアロイスに向き合った。


「新種…… んー、まぁ真正の新種の可能性もあります。でも多くの場合は『亜種』ですね。アビリティーはマナで構成されていて、その構造が既存のものと違っている。それが新種なわけですが、多少構造が違っていてもその表出ひょうしゅつ、持ち主に与える効果が同じという場合がほとんどです。つまり水晶球の鑑定塵では種別の判定が付かないんですが、ちゃんと調べて既存のアビリティーと内容が同じだと分かったら、後々統合されます」


 アビリティーに亜種があるというのは、イリアにとって初めて聞く話である。

 いまでこそ王国の大人はほぼ全員がアビリティー保有者だが、昔は保有人口の増加に伴って10年に一つとか二つ、新種が見つかったということは知っている。近年は新種の発見頻度は落ち着いていて、最後に見つかったのが11年前。

 KJ暦767年に確認された【健髪】という『体質強化系』アビリティーは、通常マナの恩恵が届かない伸ばした髪の毛の先の方までが強くなる性質をもつ。どちらかと言えば、バカらしいアビリティーである。


「それは、どれくらいの確率なんでしょう」

「亜種ではなく本物の新種だという確率ですか?」

「はい」

「イリア君はチルカナジアで年間何人が『魂起こし』を受けるか分かりますか?」


 チルカナジア王国の人口はもうすぐ8百万人を超えるらしい。イリアは今年14歳になる子供の数を計算してみた。


「……10万人くらいでしょうか」

「少し違いますね。王国の人口は今、順調に増加中です。人口増加中の国は子供が多いので、15万人ほどというのが正解です。それで、教会が昔やった調査では魂起こしを受ける際、2千人に一人くらいが亜種になるそうです」


 と、いうことは、チルカナジア王国内だけで年間約75件亜種が見つかっているということになる。と言うか王国だけで考えても意味は無い。アビリティー種別の知識は世界で共有されているのだ。

 アロイスはイリアの知識の程度を知らないから王国を例に説明しようとしたのだろうが、イリアは地理の知識もある程度持っている。

 大陸東方の事まではわからないが、西部の国々の人口を合計すれば約4千万人。すべての国がアビリティー先進国ではないとはいえ、だいたい西部世界で毎年300人は亜種が見つかっている事になる。だが、10年以上「新種」は確認されていない。判定不能のアビリティーが本物の新種である確率は3000分の1以下だ。


「……そうですか。……亜種……」

「どんな異能を持ったアビリティーなのか分からないと不便でしょうね。確かなことは言えませんが、鑑定塵の様相ようそうで系統の予測は付いていますよ」


 腰の革帯に挟んだままの、無刃の短剣。イリアはその柄頭に左手でそっと触れた。


「……何系でしょうか」

「たぶん『成長系』ですね。レベルを上げる効率が高まる異能を持っていると思います」

「成長系……」

「詳しく知るにはやはり研究処で調べてもらうべきでしょうね」


 王国のアビリティー研究処は今は訓練校と統合されていて、国立アビリティー学園の一部門だ。

 ベルザモック州の州都ソキーラコバルにも分校が設置されていて、一般家庭の子供が大人としての十分なレベルを得るために入校する。

 イリアに目覚めたものが既存の成長系アビリティーの亜種であることを確認し、判定情報を統合しておくことは、今後人々の役に立つだろう。イリア個人にとっては別にどうでもいいことであるが。


「じゃあ、アビリティー学園に伝えてもらえるんでしょうか。俺の事」

「それは出来ないです。王様が11年前に決めた『アビリティー差別禁止法』って知ってますか? その第4条で、公の職にある人間は他者のアビリティーの情報を外に漏らすのを禁じられてます。アール教の司祭もそれに準じています」


 現王マクシミリアン2世の政策の中で一番有名なものなので、イリアもその法律については聞きかじっていた。しかしそれは「盗っ人アビリティー」などと揶揄やゆされる一部のアビリティーの、その保有者に対する不当な扱いを禁じる法だと思っていた。個人情報の漏洩を禁止する条文もあったらしい。

 それならわざわざグラリーサの街まで来なくても、地元で『魂起こし』を受ければ良かったのではとイリアは思った。ノバリヤ政庁で『魂起こし』をしている【マナ操士】は行政官の身分のはずで、当然のこと公人なのだ。




 アビリティーを得て、レベルを上げるためには魔石を喰らう必要がある。魔石とは魔物の体内に形成される物体だ。その実態は摩訶不思議なもので、怪しく輝く宝石よりも神秘を秘めている。

 普通は魔物を殺した後で解体して抜き取るものなのだが、生きたまま魔石を抜き取ると、魔物は途端に力を失うという。

 そのことから魔物がマナの恩恵を受け取るための根本、『仮性アビリティーよう構造』の中枢が魔石であると考えられている。

 魔石を体に接触させた状態で破壊。ほとんどの人間が口中で噛み砕く方法をとるが、そうすると魔石は砕け散り不可知の力であるマナへ返る。

 まるで淡雪が溶けるかのように消え去り、その一部が「成長素」という形態でアビリティーに取り込まれ、一定以上成長素が溜まることでマナの器であるアビリティーが拡張する。それがレベルが上がるということなのだ。


 成長系の代表的なアビリティーに【早成】がある。≪必要成長素軽減≫という異能によって、普通なら5つ必要な魔石を4つ摂るだけでレベルを上げられる。

 つまり、もしイリアが得たものが【早成】の亜種であれば、別に研究者でなくともレベルを上げてみればわかりそうなものである。それ以外の成長系アビリティーの場合も、そう難しい調査ではない。イリアにはそう思えた。


 研究処に行って調べてもらうかどうか、イリアは後で考える事にした。

 水晶球が安置されている部屋を出て、イリアはアロイスと別れた。アロイスは二階の自室で少し休むという。『魂起こしの儀』を実施すると余剰マナがすっからかんになるらしい。


 礼拝堂に戻って父の姿を探す。長椅子に座ってアール神の姿絵を拝んでいる老人が何人か居るが、ギュスターブの姿が無い。

 きょろきょろと見渡していると、白髪を頭頂部で団子状に纏めている老婆が寄ってきて、イリアに話しかけてきた。


「ぼっちゃん、あんた、イリアって名かね」

「あ、はい」

言伝ことづてがあって待ってたんだよ。あたしだって暇じゃないんだがね。なんだか、馬がいなくなったんだってさ」

「えっ!」

「探すからここで待ってろってさ。黒い上着で目つきのキツい、あれ親父さんかい?」


 イリアは肯定し、老婆に礼を言った。言いつけ通りイリアは座ってギュスターブを待つ。暇じゃないと言っていた老婆は、そのあと半刻間アール神を拝んでから教会を去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る