6「この大都会ではみんな自分を隠してる」

「探偵だと……?何言ってんだお前?大学生だろ?」


「それは仮の姿ってやつです」


 達巳の問いに、村上はこともなげに答えた。そのよく回る舌も、人を欺き慣れた態度も、完全に詐欺師のそれだ。と、達巳は思った。


 しかし、村上自身が言うには彼は『探偵』である。少し首を捻ってから、達巳は自分の中の探偵のイメージを捻り出した。


「……殺人事件かなんかに首突っ込んで、推理を披露したりすんのか?」


「コテコテだなぁ……あんた、推理小説の読み過ぎですよ」


 小馬鹿にするように鼻で笑いながら村上は続ける。


「探偵ってのは、事件を解決する仕事じゃない。依頼を受けて情報収集するのが仕事。よくあるのは素行調査、浮気調査なんかでしょうね」


「そう。儲かるものなん?」


 竜胆が口を挟んだ。先程から、どうもそれだけ気になっていたらしい。村上は自嘲的に笑って肩をすくめた。


「景気はあまり良く無いっすよ。特に今のこの、情報過多の時代にはね。大抵のことは、個人で調べることができる。商売上がったりってやつだ。だからこそ、こちらから積極的に営業をかけて仕事を得なければいけない」


「営業?」


「たとえば、事前に掴んだ情報を欲していそうな人物を探す。その人物にこちらから持ちかけるわけです。あなたの欲しい情報を持っている、と。なんならさらに詳しく調査することも可能ですよ、と」


「……そう言うことか……」


 達巳は小さく舌打ちをして、村上に背を向け、またベンチに戻った。村上の意図に気づいて至極不快な気分になったのだ。今の彼の話から分かることは、つまり今自分は、営業を受けているのだ。客として、いや、『カモ』と言った方が正しいか。


「……それで、俺らに桜乃真希の話を持ちかけたってわけか。だけど俺は、そんな胡散臭い話には乗らねぇよ」


 そう言って、これで話は終わりだとばかりに黙り込んだ。竜胆もまた村上から目線を外してソフトクリームのコーンの残りを口に放った。


 明確に拒絶の意思を示す二人の背中へ、村上は調子を崩すことなく果敢に攻める。


「別に、あんた達に売れなくても良いんです。桜乃真希の情報なんて、使い道はごまんとあるんだ。週刊誌なんかに持って行っても良いし……」


「なんだテメェ、脅しのつもりか?」


 達巳が反応した。低い声で言いながら振り向いて村上を睨みつける。


 単純なものだ。村上はまた笑った。


「脅しなんて、そう言うつもりでは無いっすけどね……でも、あんたがそう捉えたのなら、それでも良い」


 それから彼は、切り札を口にした。都内にある、桜と動物園が有名な公園の名だ。


「桜乃真希がプライベートでよく訪れる公園です。特定の時間にそこへ行けば、高確率で彼女に会うことができる。確かめてみてください」


「……どういうつもりだ……?」


 苦い顔で達巳が問う。村上はゆっくりと近づいて、達巳の肩に手を乗せ囁いた。


「お試し版ってやつですよ。これで俺の情報調査能力が本物だと分かるはず。それを確かめてから、今度は金を払って依頼してください。桜乃真希の自宅の場所や、彼氏の有無なんかも俺の手にかかれば調べ上げることが可能だ」


「いらねぇよ!」


 達巳は乱暴に肩の手を払いのけた。村上は「ひひっ」と笑い声を上げてから今度はその猛禽のような視線を竜胆に向ける。


「あんたも、用があればぜひ」


 竜胆は何も答えず、ただ池に浮かぶボートを見つめていた。意図して無視している、というよりは、完全に興味を失っている、と言った方が正しい。


 どちらにせよ、谷地も竜胆もこれ以上会話をする気は無いようだ、と判断した村上は、また肩をすくめてから二人に背を向けた。


「そうそう、最後にこの『探偵』村上むらかみ上総かずさの推理を一つ」


 去り際の言葉に、達巳が聞き耳を立てる。


「谷地の無くした財布は、こいつが持ってますよ」


「あ⁈」


 達巳が驚いて振り返ると、村上は少し離れた木陰でソフトクリームを食べていた清楚系女子を指差している。小金井こがねいはなだ。


「ちょっと、村上くん⁈」


 小金井は慌てた様子で村上を見た。村上は小さくため息をつくと、彼女の元へ近づいて低い声で囁いた。

 

「猫被るな。返してやれよ」


 その言葉を聞いた直後、小金井は心底興醒めしたような無表情になった後、小走りで達巳のベンチに向かった。そしてとってつけたような笑顔を浮かべつつ、肩にかけていたポシェットから黒い財布を取り出して達巳に手渡した。


「ごめんね!落ちてたから、拾っちゃった」


 白々しくもそう言うと、ぺろっと悪戯っぽく舌を出してから、「じゃあね!」と小走りで村上の側へ戻った。そんな彼女を呆れ顔で迎えつつ、村上は達巳に忠告する。


「こいつ、スリの常習っすから。次会ったら気をつけて」


「ちょっと、村上くん!」


 小金井は頬を膨らました。予想外の展開に唖然としながら、達巳は二人のやり取りを見ていた。


「この大都会ではみんな自分を隠してる。それに惑わされないことですね、田舎もん」


 そう言い残して、村上は小金井と共に去って行った。

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