帝都にて 2話

 巻き込まれたことは確かだが、朱亞シュアはそれについてなにも言うつもりはない。


 巻き込まれることを決めたのは、自分自身だからだ。


 だから、梓豪ズーハオの顔を見上げて、安心させるように微笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。これは私が決めたことですから」

「しかし……」

「それに、一生出られないというわけではなさそうですし」


 桜綾ヨウリン飛龍フェイロンにかけ合っていたようで、後宮での『仕事』を終えれば出ていっても良いという言葉を勝ち取ったらしい。


「どのくらいの期間になるかはわかりませんが、私は桜綾さんの侍女として、がんばってみたいと思います」


 真っ直ぐに若緑色の瞳で梓豪を見つめた。その瞳は澄み切っていて、これからの生活に不安は感じられない。


(――強い、な)


 梓豪は蒲公英たんぽぽ色の瞳を、まぶしいものを見るかのように細めた。そして、朱亞がそわそわとなにかを聞きたそうにしていることに気付き、「どうしました?」と声をかけた。


「あの、ずっと気になっていたのですが、聞いても良いですか?」

「どうぞ」


 いったいなにを聞きたかったのだろうか、と梓豪は朱亞を眺める。朱亞は指をもじもじとさせながら、ゆっくりと口を開く。


「……梓豪さんは」


 どんな質問が来てもいいように身構えていた梓豪は、続いた言葉に目を大きく見開いた。


「何歳なんですか?」

「え、歳、ですか?」


 思わず変に高い声が出た梓豪は、一度口元を手で覆い、こほんと気を取り直すように咳払いをした。朱亞はこくりと首を縦に動かす。


「陛下の年齢は知りましたが、梓豪さんの年齢は知らないな、とずっと気になっていたんです。あ、もちろん言いたくなければ――」

「十七歳です」

「え」

「十七歳です。今年、十八歳になりますが」


 朱亞は目を丸くする。自分よりも年上だとは思っていたが、想像以上に若かった。


「意外でしたか?」


 その様子にくすりと笑う梓豪。朱亞は慌てて両手を前に出して、勢いよく左右に振る。


「いえ、あのっ、私より年上だとは思っていたのですが……まさか四歳しか違わないとは思いませんでした」


 彼は落ち着いているように見えるので、飛龍と同じくらいの年齢だと思っていたと話す朱亞に、梓豪は彼女から見た自分の様子に照れたように頬を赤らめる。


「そうですか?」

「はい。……きっと陛下のおそばにいるために、必要な落ち着きだったのですね」


 感慨深そうにつぶやく朱亞に、梓豪は頬を人差し指で軽く掻き、今までのことを思い返す。


 重い役目を背負っているとはいえ、自由奔放な飛龍の姿を思い浮かべて視線を彼女からそらし、馬車の窓から外を眺めた。


「そろそろ帝都につきますよ」

「え、もう?」


 朱亞は梓豪と同じように、馬車の窓から外を眺める。


「うわぁ……!」


 まず彼女の視界に入ったのは、高い塀。朱亞の背よりも何倍もある高さの塀に、若緑色の瞳をきらきらきらと輝かせた。


「あ、門番さんが見えます!」

「ええ。あの門をくぐれば、帝都の中ですよ」


 朱亞たちより前を走る飛龍と桜綾が乗っている馬車が止まり、門番がぺこぺこと頭を下げているのが見える。


 帝都の中に進んでいく馬車を眺めながら、自分たちの番を待つ。


 どきどきと鼓動が早鐘を打ち、落ち着きなさそうに辺りをきょろきょろと見渡しながら、こんなに大きな街は初めてだと期待に胸を膨らませる。


 自分たちの番になり、すんなりと帝都に入ることができた。どうやら飛龍が先に話を通していたみたいだ。


「ちなみにこの馬車はどこで降りるのですか?」

「帝都の中央広場で降りようと思います。あそこなら、薬草を取り扱う店に近いので」

「よくご存知なのですね」

「ええ。人が多いので、はぐれないように気をつけてくださいね」


 朱亞は窓の外を見てから、うなずく。


 これほどまでの人の多さとは思わなかった。


「すごく、人がいますね……」

「ええ。その分いろんな人がいますから、気をつけてくださいね」

「気をつける?」


 目をぱちくりとさせて、梓豪を見つめる朱亞。彼は眉を下げて苦笑を浮かべ、そっと窓に触れる。


「良い人も、悪い人もいる……ということです」


 梓豪の声は、穏やかだった。朱亞にはいまいちよくわからない。悪い人とはどんな人なのだろうかと考え、黙り込んでしまった。


「そういえば、陛下と桜綾さんはすぐに後宮に行くのでしょうか」

「……いえ、恐らく遠回りすると思います。桜綾さんの存在を、民に見せるために」

「桜綾さんを見せることって、そんなに重要なのですか?」


 絶世の美女である桜綾を連れ歩き、自慢したいのだろうか? と首を捻ったが、梓豪は言葉を選ぶように少しだけ黙り込み、口を開く。


「王宮で暮らす陛下や、後宮で暮らす女性たちを見る機会が民たちにはあまりありません。顔も知らない人よりは、一目でも顔を確認できた人のほうが親しみやすいと思いませんか?」


 彼の言葉に、朱亞は目からうろこが落ちる思いをした。


 親しみやすさは確かに感じるだろう。


 朱亞だってそうだ。顔を見て初めて、皇帝陛下である飛龍が『人間』であると感じたから。


「それに、桜綾さんを迎えにいくときに『絶世の美女』を連れてくると豪語していたことを、民も忘れていないでしょうし」

「実際に桜綾さんは、とてもおきれいな方ですしね」


 老若男女関係なく、人々を魅了する美貌の持ち主だ。きっと彼女と視線が合った人たちはとりこになるだろう。


 いや、視線が合わなくても、一目見れば虜になるかもしれない――そう考えて、朱亞の表情が少し暗くなる。

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