帝都にて 1話

 ――町々を渡り、後宮に近付いていく。


 町々では馬を休ませるために、宿屋に泊まる。そのたびに桜綾ヨウリンはたくさんの注目を集めた。


 絶世の美女である桜綾が着ている花嫁衣裳。そして、その隣に立ち彼女の手を取る皇帝陛下の飛龍フェイロン


「うーん、とっても、目立ちますね……」

「陛下だけでも目立ちますが、桜綾さんも加わると本当に人々の注目の的ですね」


 朱亞シュア梓豪ズーハオは彼らから少し離れた場所で、それを眺めながら小声で言葉を交える。


 そんなことを繰り返していると、噂はあっという間に広がったようで、帝都手前の町では桜綾と飛龍はとても歓迎されていた。


「おめでとうございます!」


 と、大勢の人々から祝福の言葉を受け、飛龍は笑顔で手を振り、桜綾もまた隙のない笑顔を浮かべて対応している。


「噂が広がるの、とても早いですね」

「どんどん誇張されていってますね」


 いったい帝都ではどのくらいの噂が待っているのだろうか。帝都から遠く離れた村でさえ、皇帝陛下が桜綾を迎えにいくという噂が流れていたくらいだ。


「噂がひとり歩きしている気がします。大丈夫なんですか?」

「どうでしょうねぇ。噂に振り回されるか、噂を振り回すか、朱亞さんはどう思います?」


 梓豪の問いに、朱亞は少し黙り込んだ。そして考える。飛龍と出会い感じたのは『得体のしれない人』ということ。


 考えていることが掴めない。ひょうひょうとしているようにも見える。そんな人が噂に振り回されるだろうか? と考え朱亞は首を左右に振った。


「振り回すほうに一票」

「私も入れるので、二票になりましたね」


 小声で言葉を交わしていると、いきなり飛龍が振り返り、梓豪を呼んだ。彼は朱亞に小さく頭を下げてから彼のもとに行き、なにかを耳打ちされたようで、「え?」と肩を震わせてから朱亞に視線を移す。


 すぐに気を取り直したようにこほんと咳払いをして、飛龍から離れ朱亞のもとへ近付いた。


「どうしました?」

「ここから先、我々は別行動するように、と」


 朱亞が問いかけると、梓豪が一度飛龍と桜綾に顔を向けてから、彼女に視線を落とす。


「別行動?」

「帝都を案内する約束をしましたからね」


 ああ、と朱亞が思い出したように両手を合わせて、ぱぁっと表情を明るくさせる。確かにそんな約束をしていた、と。


「梓豪さんは護衛ですよね。私と一緒にいて良いのですか?」

「ええ。後宮に入ればなかなか外には出られないでしょうし、今のうちに街を見ておくようにとの伝言です」


 朱亞はちらりと前を歩く飛龍を見つめる。視線に気付いたのか、彼は朱亞たちにひらりと手を振る。


「――では、お言葉に甘えて」

「はい。どこか気になる場所はありますか?」


 気になる場所、と口の中でつぶやいてから、眉を下げて微笑んだ。


「――あの、なにがあるのかも、わからないのですが……」


 旅をしている途中、風の噂で耳にしたことはある。帝都がどんな街なのかを。


 そして、こうして後宮に向かっている今も、宿屋で帝都のことを耳にする機会があった。


「ああ、そうですね……では、朱亞さん。興味があることは?」

「興味……あ、そうですね。薬草を足したいと思っていました」

「薬草、ですか?」


 朱亞はこくりと首を縦に動かす。


 自分の鞄を持ち上げて、梓豪を見上げた。彼は朱亞と鞄を交互に見る。


「移動中に、結構使ったので……」

「ああ、確かにそうですね」


 帝都までの旅路の中、具合の悪そうな人がいれば会話をこころみ、自身の知識でその人たちを苦しみから解放していくうちに、彼女自身の噂も流れ始めた。


 本人はまだ気付いていないが、彼女を除く三人は気付いている。


「では、薬草を扱っているお店に行きましょうか」

「ありがとうございます。助かります」


 ふたりがどこに行くのかを話し合っていると、飛龍と桜綾があの豪華な馬車へ乗りこむのが見えた。


 朱亞が近付こうとしたのを、梓豪が手首を掴んで止める。


 そこで、別行動といわれていたことに気付いた。


「我々はあちらの馬車に乗ります。乗り心地が悪くなると思いますが、耐えてくださいね」


 梓豪は手首から手を離してから、手のひらを上にして、自分たちが乗る馬車へ視線を誘導した。御者と視線が交わり、愛想の良い笑顔でひらひらと手を振っているのを見て、朱亞も手を振り返す。


「……充分、立派な馬車だと思いますが……」

「さぁ、我々も行きましょう。帝都を見てから後宮に向かいますので、心の準備をしてくださいね」

「わ、わかりました」


 朱亞は鞄をぎゅっと抱きしめて、神妙な表情でうなずいた。


 馬車に乗り込み、帝都に向かう。


 馬車の窓から流れる風景を楽しんでいると、梓豪が朱亞を見ていることに気付いた。


 真正面に座っている彼に、彼女はそっと自分の頬を触れる。


「私の顔に、なにかついていますか?」

「ああ、いえ。朱亞さんの瞳の色が、綺麗だとおもいまして」

「え? あ、ありがとうございます」


 梓豪とふたりきりになるのは、久しぶりだった。呉服屋の人たちを思い浮かべて、懐かしむように目元を細めた。


「なんだかあっという間に時間が過ぎていく気がします。もう帝都につくなんて」

「なかなか濃い時間でしたね、いろいろな意味で。巻き込んでしまって本当に申し訳ない」


 梓豪が深々と頭を下げ、朱亞は慌てて両手をぶんぶんと振る。

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