第9話:山をなめたらあかん


 真の目的はここに保管庫を作ることじゃない。ここは山頂に挑むための第二の拠点に過ぎないのだ。それにしては時間も手間もすごい掛かってるけどね。ここの周りには水源も食べ物もない。ここはただの中継地点にしかならない。


「しかしまあ……」


 せっかく異世界転生したってのにこんなことしてていいのだろうか。確かにここでのサバイバル生活は謎の充実感は確かにある。社畜時代とは比べようにないほどに日々発見と成長がある。ぶっちゃけ楽しい。けどさ、オレには真に何かやるべきこととかホントにないの? 世界とか救わなくてもいいの? 魔王とか平気? オレ、行くよ?


 いい感じにかわいく成長してきてるのに、見せびらかす相手すらいねえ。このささやかなお胸、細く引き締まった腰、しなやかな手足、細い指、白いお肌、さらさらの長い赤髪、大きな赤い瞳、そして、ほぼ全裸! 実にもったいない! いや、これは別にやるべきことじゃないか。ただの露出狂やないか。あまりにも人に会わなさすぎて貞操概念が薄れてしまっている。あかん、人としての尊厳だけは高く保っておこう。


 と、とにかく今は山頂を目指すのだ! この世界の様子を知ることが今後のためになると思う。さっさと森を下ればいい、とか言うのはやめろ。遭難したらどうすんだ。こちとら全裸だぞ、人様に顔向けできる格好じゃねえんだ。


 連日の全力疾走、感謝の上段蹴り、そして、木の枝や大木の加工でオレの体力や身体能力はさらに上がっている。もう泉から木を切り倒したここまで走り抜けてもほとんど疲れなくなってきたし、石を使う手先も器用になってきた気がする。毎日パソコンのキーボードとスマホだけをいじっていた時のオレとは大違いだ。この無能な少女の順応性はすごく高い気がする。これがオレの正体のヒントになればいいんだけど。


 まあ、ほぼノーヒントだ。オレのことどころかこの世界のことも何もわかっていない。レベルの概念もすっかり忘れていたほどだ。もう余計なことしないで、穏便に殴り合いで解決すればいいじゃない。


「ま、一人で悩んでいても仕方ないよな。オレはやるべきことをやろう」


 そうだ、今は生きること、そして、この世界のことを知るために動こう。


 というわけで。


「今日も今日とて、レッツ物作りだ!」


 ギザギザにした石を木の繊維の間に埋め込んだ自作のノコギリは、ほとんど石に手の保護だけの当て木を付けただけの様相だけど、以前の失敗作よりも格段に使いやすく効率的に木を加工できるようになった。もう何代目だろうか、改良に改良を重ねてこの形に至った。人の進化の過程もこういうことの積み重ねなんだろうな。一気に進んでもダメな時はダメだ、ゆっくりコツコツと、だな。


 そして、なんと!


「できちゃうんだな、これが」こんなものもできる。


 大きめでしなやかな木の枝をゲットしたことで、ここにきて新たな道具、斧を作ることができた!


 枝を縦に割った割れ目に研いで形を整えた石を布と蔦でしっかり固定した。さすがに木を切り倒すまでの強度はないけど、木を叩き割ったり、太い木の枝も簡単に切り出すことができるようになった。これで大雑把な作業ならこっちの方が捗る。


 なんとなく物を作る効率、というか、発想とかアイディアもすぐに頭に浮かぶようになってきた。ああじゃない、こうすればいい、もっといい方法があるんじゃないか、そんなことがパッと思いつくようになったのは、日頃の決死の試行錯誤の成果だろうか。


 できるだけ真っすぐなそれなりの太さの木の枝を斧やノコギリで形を整えつつ、テントみたいな形に組み合わせててっぺんを蔦で縛る。それを三層にしてできる限り日光を遮り、下の方は隙間を空けて中に熱がこもらないようにしてみた。少し地面から浮かせた床には思い付きで木屑を敷いてみる。ここに果物を置いて数日保てばいいんだ、立派なモノじゃなくてもいい。あくまで中間地点だ。


「で、できたな……」やればできる。


 あとは、これが保管庫としてどれだけ役立ってくれるかだ。検証のために時間がかかるし、もしかしたら貴重な食料を無駄に腐らせてしまうだけになるかもしれないが。ま、実験に犠牲はつきものだ。その尊い犠牲がオレの命取りにならなければいいけど。


「お、意外と保つな」


 実験の結果、果物は収獲してから大体6日は保つことがわかった。今までの倍だ。この果実は熟してからじゃないと渋くてとてもじゃないが食べられないから、これが限度だろう。収獲してしまうとほとんど追熟もしないしそのまま腐る。それでも、この謎の果実は年中収穫できるし、成長も早い。これが主食となっているオレにとっては本当にありがたい。


 泉からこの果物をここに保管して、一度泉に戻る。次の日に、泉から保管庫まで来てここで一泊する。それから、山頂を目指す。そこから往復する分も十分に保管できる。なんなら三日なら絶食してもギリギリ生きれたからな。


 これなら、ここで一泊しつつ果物を持ってさらに上を目指せる。同じ保管庫をさらに上に作ればもっと高みを目指せる。数日かけて挑戦するかもしれないんだ、拠点はいくつか作っていた方がいい。


 ここまで来たらあとは山頂を目指すだけだ。ちょっとこの辺の全体を見渡したいだけなのにやたらと時間と労力を使ってしまった。木に登ればよかったんじゃない? とかは今さら言わない約束だ。身体が鍛えられたんだから結果オーライやろがい。


 まずは第二拠点に水と食糧を確保する。幹をくり抜いて作ったバケツに泉の水や雨水を溜めておいて、そこで寝泊まりする間は、こちらも太い木の枝をくり抜いて、小石やぼろ布、木屑を詰めて作ったろ過装置で水を綺麗にして飲む。これでとりあえずはこの拠点で一日ほどは過ごすことができる。


 泉の周りほどじゃないけど、ここの近くにも食べられそうな果物はあったしなんとかなるだろう。臨機応変に対応しなきゃこの大自然の中じゃ生きられない。別に、ここで生き続ける気はない。


 ここから、さらに新しい拠点を作るか山頂を目指すか、だけど。ま、ダメ元で挑んでみますか。なんかダメそうなら戻ればいいし。


 そうしてオレは保管庫の横に作った木屑と草のベッドで一晩過ごしてから、次の朝早く少しの食料を持って山頂を目指すことにした。


 改めて体力も身体能力も格段に上がっていることに、自分のことながらに驚く。この少女は一体何者なんだ? 魔力もチートスキルも持っていない、いたって普通で何の取り柄もないと思っていたオレは、一体何に転生したんだ?


 オレの今の身体能力なら、第二拠点の位置をもう少し遠くに設定しても良さそうだ。幸いにもあの保管庫は持ち運んで移動させることができる。


 上に向かっても、森の様子はほとんど変わらない。少し早めに歩く足裏に、少しごつごつした石の感触が増えてきたくらいか。鋭い石を踏まないように気を付けなきゃな。オレにはこの少女の身体一つしかない。ここで怪我をして動けなくなったら、今の全ての生活が破綻してしまう。そうだ、何か足を保護できるような靴を作れないだろうか。


「山の上は冷えるっぽいな」


 少し肌寒くなってきた。ぶるりと身体が震えてしまう。そうか、登山なんだから寒くなるのは当然だ(?)。よくわからんけど。登山家はみんなしっかりと着込んでいるもんな。あれは寒さ対策だったんだな、たぶん。


 食料はなんとかなるけど、この服装だけはどうにもならない。


 オレが着ていたボロ布はまだ腰に巻いてはいるけど、あれやこれやに少しずつ使っているせいで今はもうミニスカートくらいの長さになってしまっていた。これ、ほとんど隠せてないんだよな。激しく動くと丸見えになっちゃうし。だいぶセンシティブだ、めっちゃ恥ずかしい。


 しかしながら、オレには服どころか布を作るなんてどうやっても無理だ。何もわからん。木の繊維を細かく裂いて編んでいけば服っぽい何かにはなるかもしれない。それでなくても、少し、いや、大分格好悪くはなるだろうが、葉っぱをたくさん寄せ集めてみの虫みたいになればこの寒さもしのげるだろうか。


「とりあえずいったん戻ろう」


 どうやら、第二拠点から山頂を目指すことはできそうだ。だけど、防寒対策をしなければならない。薬もないここでの体調不良は完全に命取りだ。


 ひとまず一時撤退。


 くう、課題が次から次へとやってくるせいでなかなか状況が進まねえな。

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