第8話:力こそパワー

「うおおおおおッ、ゴリゴリのゴリ押しじゃい!」


 その日からオレは、木を削った反対側からおもいっきり蹴ることにした。何も考えることはなかったのだ。いつかは倒れるだろう。


 ついでにちょっとずつ木を削っていくことも継続していく。ミスったら死ぬチキチキチキンレースみたいなもんだ。ま、そうそう倒れるもんじゃないだろ。


 毎日倒れる気配のない巨木に向かって蹴りをいれてるのはなんだか修行っぽい。感謝の蹴りでレベルアップしたりしない?


 技巧のへったくれもない。ただ気の向くままに巨人の足のような太い幹に向かってオレの細い足を振り上げるだけ。正直めっちゃ痛いが、やたらと突進するよりはまだ効率がいいような気もしないでもない。とにかく修行だ、なんかよくわからんけど感謝の蹴り一万回だ。


 そして。


 ついにその時がやって来た。


 毎日欠かさずやってきた感謝の上段蹴り一万回に、今回は今までにない確かな手応えを感じた。まあ、ほとんど、毎日コツコツ木を削っていたチキンレースのおかげなような気はするが。


 この辺りで一際存在感を放っていた大木がオレのかいしんのいちげきによって揺らぐ。当たり前だけど、この大木は長い年月をかけて育ってきた存在だ。だけど、そんな圧倒的な威厳ある木から過負荷が生じて、静かながらも不可逆な運命が訪れた。


 大木はバキバキと音を立ててゆっくりと傾き始める。その巨大な枝葉が、風に揺れながら次第に地面に向かって伸びていく。反対側にいたオレは、それでも慌ててその場から距離をとる。地面が木の重みに押され、その振動が森の中に響き渡ります。姿は見えないけど鳥たちはその音に驚いて飛び立ったようだった。そろそろ姿を見せてよ!


 大木の幹は奇跡的に周りの木の隙間を抜けて地面に激しく衝突し、思いっきり土煙が舞い上がった。自身の最期を告げるようなその轟音とともに、そのあとにはすぐに森の中に再び静寂が戻った。倒れた大木は、枝葉を散らかしながら地面に横たわり、その存在感はまるでようやく打倒したラスボスの巨人のようだった。いや、真のラスボスはどこかにいるはずの魔王であってほしいけど。


「…………やったか?」いや、ち、違う、死亡フラグとかじゃないから。


 とにかく、ようやく一本だけだけど木を手に入れることができた。これを使えば作れるもの、やれることは今よりもずっと増えるはずだ。時間はめちゃくちゃかかるけどな。そして、ここまでやってもレベルは上がっていない。この大木を蹴り倒したと噂のオレの蹴りは全くレベルに影響していない。なんなん。


「いやっほおおおおおおッ!!」


 期待外れの成果は気にせず、それでも、別の期待を胸に倒れ込んだ木の先へと駆け出す。……いや、遠いな! ホントにめちゃくちゃデカいな、この木!


 ウッキウキすぎてどこまで走ったかはわからないけど、ようやく目的をはたしたテンションも相まってあっという間に木の先の方へとたどり着いた。これは男子なら否応にテンション上がっちゃうでしょ! ……今は女の子だけど。


 この大木だらけの森の中で日を浴びようと目一杯空高く伸ばした枝葉は、切り倒した大木の先の方に集中していた。それ以外はいたって普通の木に見える。食べた瞬間にレベルが格段に上がるような何か特別な実が成っていたり、美少女の森の精がいることもなかった。本当にただ木を一本蹴り倒しただけだった。


 木の枝は確かに太さや大きさはバラバラで曲がりくねってはいたけど、加工のしやすさと大量に手に入る、という点からはむしろこっちの方が使いやすそうだった。これなら、加工するまでもなく大量に組み合わせて小屋みたいにできるのはないだろうか。


「や、やったぜ」オレはやったぜ。


 オレはついに成し遂げたのだ。


 この世界に来てからというもの、何もできない、何も持っていない、何も得ていない、そんな時間を無為に過ごしてきた。それがようやくこの木を切り倒すことで報われたような気がした。実際には、まだ何もできてはいなんだけどね。


 それでも、全くもって非力でしかないオレが、この巨木を自分の力だけで切り倒したことには何か特別な感情と熱い思いがこみ上げるのだった。オレはよくやったよ!


 そうとなれば、さっそくこの木を使って何かを作ろう。


 まずは、当初の目的だった、ここに拠点を作ることだ。泉から物資、主に果物なんかの食料を貯蓄できるようにしよう。


 じめじめした森の中では、収穫した果実はほんの数日で腐り始めてしまう。未だにこの湿気をなんとかする方法はわからないけど、せめて直射日光から守れればもしかしたら少しは長く置いとけるのではなかろうか。


 それならば、この木を使ってまず作るのは、泉で収獲した果物のための保管庫だろう。もしかしたら、木を削る際に出た、この大量の木屑も敷き詰めれば少しは湿気も抑えられたりしないか? よくわからんがとにかく得たものはとりあえず使ってみよう。


 保管庫を作る、といっても、まずは切り倒したこの木をどう使うかだ。太い幹をくり抜いて使うよりは、少しずつ切り出して板の形にした方が使いやすいような気がする。何も綺麗な板にしなくてもいい、箱の形にできて、その中に果物を保管できればいいのだから。


「……はてしなく時間がかかるな」


 木を一本切るだけでこれだけの時間がかかったんだ、それを加工するとなると一体どれだけの時間が必要になるか想像もつかない。オレはここで山の主になるつもりはないぞ。せっかく異世界転生したんだ、外に出てファンタジーな世界観を楽しみたい! 無条件でオレのことを好きになる美少女とお近づきになりたい!


「いや、待てよ」


 オレは細い人差し指を形のいい顎に添える。ふむ、ちょっと考えるときのオレの癖は、転生してもやっぱりまだ健在なんだな。ということは、オレはやっぱり元の世界で死んでしまったのか? あ、夢オチ……はなさそうだな、この痛みすら感じるほどのリアルな五感が夢であるはずがない。


 いや、今はそんなことよりも。


 この太くて大きな木の幹を道具もなしで加工しようとするから大変なんだ。それならば、木の枝ならどうだろう。今まで見上げていただけで想像もつかないけど、木の枝の大きさと硬さならまだ加工もしやすいんじゃないか?


 何も見えないお先真っ暗な世界に、不意に光明が差し込んできた気がした。


 木の枝の太さならなんとかなる。この硬い木の皮も何かに使えそうだ。ついでに何かに使えそうな葉っぱや食べられるかもしれない木の実も大量に手に入った。


「なんかどうにかなる気がしてきた!」


 いや、ここでどうにかなっちゃダメなんだけど。ここ、異世界なんで。どうせなら魔法とか剣とかとか使いたいのよ。


 この森に囚われて、オレは一体どれだけの時間を過ごしてきたのか、もはや数え切れるわけがなかった。


 オレの少女の身体は少しずつ成長している。身体能力だけじゃない、人としての成長だ。だから、相当な時間が経過している。そんな気がする。まあ、オレがちゃんとした人間に転生しているとわかっているだけでなんか安心感はある。これで、実は無機質の無生物でした、とか、魔物でした、もしくは神でした、みたいなのは、人としてのアイデンティティが揺らぐからやめてもろて。


 あんなにささやかだった胸のふくらみは、触れると何ともいえない柔らかさを感じ、ふんわりとした柔らかな曲線を描いていた。少女の華奢な体型に沿って徐々に膨らみ始めた胸は、手のひらに収まるほどのサイズ感とともにまだ幼さと女性らしさが交じり合った繊細さを宿していた。ちんちくりんだと思っていたのにこうも変わるのか。女の子の成長ってホントすごい。ちょっとはエロくなったのかもしれない。それはそれで、人に遭遇した時にヤバい気がするけど。


「自分の身体をまじまじと観察するの、なんかキモいな」……自重しよ。


 とにかく、ここで過ごして長い時間が経っている。そう、子どもから大人になりかけているくらいには。……マズいな。


 唯一の救いは、これだけの過酷な毎日を過ごしながらもゴリゴリマッチョにはなっていないことか。やっぱり果物や木の実だけの生活だと身体が作れないのかもしれない、早くたんぱく源をゲットしなければ。


「……肉、喰いてえ」

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