第7話:ファンタジーなのにこんなに長いサバイバル生活ってある?

 当然ながら、山頂へのアタックは一朝一夕でできるものではなかった。オレは完全に山をなめていた、なめきっていたのだ。何故ならば、ここは異世界で、オレは転生して最強になるはずだった冴えないおっさんだからだ。


 まず、第二の拠点を見つけられなかった。まず、とか言ったが、今のところそれが全ての元凶だ。まず、とか言ったけど、次にもへったくれもない。


 そうそう都合よくそれっぽい洞窟なんてあるはずがなかった。ワンチャン、ダンジョンとかそういうのでも良かったんだけど、いや、むしろ、ファンタジーらしくダンジョンあってほしかったけど、全然そういうのは見つからなかった。異世界古代文明のかけらすらない、ガチでここは人知れないただの森なのか?


 この綺麗な泉みたいな水場も見つけられない。あそこはこの森唯一のオアシスか。


 第二の拠点になりそうな場所がない。このままじゃ山を制覇する前に森の主になってしまう。果物も有限じゃないけど、そのうちまた実るんだよね?


 こうなれば、作るしかない。


 なんかログハウスとか作れたら良くない?


 そうとなれば、まずはこのバカデカい木を切るための道具が必要だ。


 木を切るための道具といえば、斧とかノコギリとか、あとは、チェーンソーなんかもそうだが、まあ、そこまでは無理だろう。


 この華奢な少女の身体では巨木を切り倒すような斧は現実的じゃない。地道な作業になりそうだけどノコギリを作ってみようじゃないか。


 もちろんあのギザギザの刃を作るための金属なんてあるわけないし、あるのは石と木だけだ。小さな石を木に挟んだ道具を古代の人が作っていたような気がする。うる覚えですまんな。


「ところで、ノコギリってどうやって木を切るんだ?」


 刃がギザギザしているのはわかる。だが、それでどうやって木が切れているのかいまいちわからないな。削っているのか? まあ、そこまで考えても仕方ない。とにかくいつかは木を切れればいいのだ。時間ならたくさんあるしな。


 というわけで、早速作ってみよう!


「……できた」案外できちゃう。


 木と木の間に小さく割った石の破片を挟んで、ぼろ布できつく縛ってみた。なんとなくノコギリのギザギザの刃を再現してるように見えなくもない気がしなくもない。ちょっと石がぐらぐらしてるのは気のせいだ。


「……こんなんで木が切れる気がしないな」


 ウキウキで第二の拠点になりそうな場所にある木を切ってみようとノコギリの刃を木に当てた瞬間、ぐらついていた石の刃はあっさりと弾け飛び、かすり傷にもならない小さな痕跡を硬い木の表面に付けただけだった。これなら、潔く割った石で削った方が早い。浅知恵なんて働かさなけば良かった。うる覚え、良くない。


 オレはノコギリのような何かを投げ捨てると、その場で近くに転がっていた石を叩き割り、その破片を木にあてがってみた。


「……こっちの方がまだマシだな」


 それは些細な傷にしかならなかったけど、それでも、少しずつでも削れてはいる。これぞ文明の利器! ※なお、旧石器時代の。


 そして、しばらくこの木と格闘してふと気付いた。


「ログハウスは無理だな」


 どう考えても、丸太を何本も使って家を建てるなんて、まともな道具すら持ってないオレの力だけじゃとてもじゃないが不可能だ。そもそもどうやって丸太を積み上げようと思ってたんだろう、あの頃のオレは。


 ログハウスは、豊富な機材と資金と時間を持っているブルジョワなセレブの戯れだわ。ガチのサバイバーには要らん長物だわ。誰だ、ログハウスとか良いよね、とか言ったセレブの風上にも置けないやつは。


 それでも、持たざる貧民のオレにとっては、この木を一本切ったら何かしらの成果や道具が作れるのではないか、という淡い期待もある。すぐには無理だろうが、コツコツやってみよう。


 そこからオレは数日、いや、数週間かもしれないが、長い時間を掛けてその木までの道のりを裸足で全力疾走し、石を使って少しずつ木の表面を削っていった。その間、体力や筋力は付いた気がしたけど、レベルは全く上がらなかった。もう、レベルの設定すら要らんのでは?


 木が切れる、ということは、木を加工することができる、ということだ。乾燥させることは依然としてできないけど、今よりもっと何かしら作ることができるのではないだろうか。


 たとえば、木の板を使った簡単な小屋ならできるだろうか、あるいは、もっと小さくてもいい、果物を置いておく箱や、もしかしたら、小鳥を捕まえるための罠なんかもできるかもしれない。


 考えはまとまらないけど、とにかく、ここに何かしらの拠点は作れそうだ。


 そうとなれば、まずはこの木を切る。とにかく目の前の目標に集中して、異世界転生の理不尽さを忘れてしまおう。なんでこんなことになってんだ!


 石を使って、オレの身体の何倍も幹の太さがあるバカデカい木を切るなんて無謀にも程があると思う。自分でも自覚している。でも、今できることはこれしかない。オレの中では何もやらないよりはよっぽどマシだった。


 連日の全力疾走と木とのタイマンのおかげか、さらに身体能力は上がっているような気がした。木までたどり着く時間は日に日に短くなり、石を木に擦り付ける時間はさらに長くなった。


 帰り道にはすっかりへとへとになって、水浴びで汗と木屑を洗い流して草ベッドで死んだように眠り、また朝には木へと向かう。


 そんな虚しくも充実した日々を過ごしている間に、果物以外にもその辺の木の実や野草を食べてみた。この森には案外食べられるものがある。だけど、やっぱり野草なんかはせめて火を通したい。これ、ただ雑草食ってるだけだもん。そうだ、木を削った木屑が何かしら使えないだろうか。


 どうやら、この辺りの季節は変わらないらしい。常に高温多湿、たまに雨が降るくらいで、雪が降って寒くなったり、ここからさらに暑くなったりもしなかった。もう、このじめじめした気候にもすっかり慣れてしまった。なんだか不本意ではあるけどね。もっと中世ヨーロッパ風の街に慣れたかったよ、オレは。


 それにしても、こんな環境で身を守る術もないオレのすべすべのお肌はほとんど日焼することもなく、いつまでもシルクのように白いままだった。


 女の子ってすごく紫外線とか気にするもんだと思うけど。しかし、お肌に何ら影響がないのが、この少女の特性なのか、ただ単に紫外線とかそういうのがこの異世界には存在しないのか、オレには全く計り知れないことだった。ま、せっかく女の子になったのに、ここで誰かに会う前にお肌ボロボロってのもなんだか決まりが悪いしな、良いように捉えよう。


「ーーもうそろそろ倒れそうだけど」


 木の中ほどまで削って、もうすでに自身の重みでぐらついている。これ以上は、オレの方に倒れる危険が伴う。あとは反対側から力を掛ければ倒れてくれそうだが。


「こういうときは、テコの原理ってやつの出番やな」


 さすがにオレでも知っている。いや、雰囲気だけはなんとなくわかってる。


 つまり、この場合、根元に力を掛けるよりも、できる限りの高い位置から力を加えた方が倒れやすい、ってことだ。……合ってるよね?


 そして、課題は、どうやってこの木の高い位置に力を加えるか、だが。


 たとえばオレがこの木に登って上でゆさゆさ揺さぶれば木は倒れるかもしれない。だけど、オレの身の危険がすごい。


 高い位置にある木の枝に縄を引っ掛けて引っ張るのはどうだろうか。


 それなら、倒れそうになったら全速力で逃げればなんとかなりそうだ。しかし、十分な長さの縄がない。はたして蔦だけでそんな長さの、十分な強度の縄を作れるだろうか。そして、オレには縄投げの才能はない。


「さて、どうするべきか……」


 ……まだまだ考えることはたくさんありそうだな。

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