第6話:生きろ

「火を起こそう」


 こうなると次は火だ。火は人類の文明の源だろ、確か。よくわからんが、火があれば何でもできる。なんかこう、色々できるんだろ? そうなんだろ?


 異世界に転生しておいて誠に遺憾ではあるが、昨日オレが火魔法を出せないことは判明している。ので、潔くオレが知っている限りの文明の利器を使おうと思う。本当に、ここは異世界なの? 遺憾の意を表明したい。「○ラゾーマ! …………ダメか」


 いや、今はここがどこなのかどうかはどーでもいい(よくない)、今やるべきことは火だ、火をゲットして初めてオレは人間として必要最低限度の生活を送れるのだ! そうしてオレは、いそいそとその辺の物をかき集めて火を起こすための道具を作り始めたのだった。


「……できた」案外できちゃった。


 さあ見てみるがいい! ばばーんっと高々掲げたそれは、その辺の蔦っぽい葉っぱの枝と木の棒を使ってなんかあやふやな記憶を振り絞って作ったこの素晴らしき人類の叡智! たぶんこれを使えば簡単に火を起こすことができるはずだ、たぶん。


「よっしゃ、やったるで!」


 しかし、やる気満々で意気込んでいくら木を一生懸命擦り合わせてみても、火どころか木が焦げる素振りさえなく、気力と体力は削がれ、小さな少女の手のひらにまめを作っただけだった。やはりド素人のテキトーな道具じゃ人類大体1万年くらい? の歴史には遠く及ばないということか。今のところディスってたはずの原始人以下の成果しか得ていない。


「いや、これ、無理だな」


 そもそも、摩擦熱で火を起こすには、当たり前だが、それが燃えるための熱と燃えるための燃料、それに酸素が必要だ。熱はまあ、オレが一生懸命木を擦り合わせればよくて、酸素もまあ、ここが異世界でもおそらくはあるはずだろう。


 問題は、燃料だ。


 燃料――ここでは主に枯れ木とか枯れ葉になるだろうが――は、乾いていなければ、オレがせっかく生み出した熱を気化させて無駄にしてしまうだろう。


 だけど、この暑苦しい森の中で乾燥した枯れ木や小枝を探すことはほぼ不可能に近かった。落ちている木の枝は、ほぼ湿気っているか腐っているかだ。これじゃあいくら擦っても火は点かないだろう。自分で乾燥させることも難しい。この森は何もしてなくとも、この少女らしいすべすべの白いお肌がじとりとセンシティブしてしまうほどに湿度が高いのだ。


「……ま、火がなくても今んとこ大丈夫か」


 あっさりと諦めることにした。べ、別に飽き性なわけじゃない。たぶん大丈夫じゃないけど、オレのうる覚えの薄っぺらい知識ではどうにもならん。ひとまず火を通さずとも食べるものはあるし、ここは今はまだ暖を取るほど冷えることもない。火を怖がる動物もそもそも出てこないし。


 だから、時間のかかることよりも、今はまた別のことをしてみよう。オレはまだ魔法を諦めていない。色々やってオレのレベルが上がる方法を模索してみよう。ワンチャン、ずっと精神統一してればレベルが上がったりしないかなあ。


 というわけで。


「山頂、目指すか」


 もはやファンタジーのへったくれもない。せっかく異世界に来たっていうのに、最強設定でもなければチートもなく、やっていることといえば山頂へのアタックとサバイバルのような何かだ。完全に異世界転生モノではない。早くオレも中世ヨーロッパ風の薄っぺらいテンプレートをなぞった街で、偶然助けた美少女に案内されてギルドに所属したいのだが? 別に王道の安っぽい物語でオレは満足なんだが? おっさんにはそれくらいのゆるい方が安心できるんだって。


 それがなんだ、これは。


 寝て起きて五体満足で生き延びればいい、なんて、生きる目標に対するハードルが物凄く下がりまくっている。街に行くどころか、こちとらほぼ全裸だぞ。こんなんでナーロッパなんぞに行けるかい! すぐ捕まるか、性欲丸出しのならず者にあんなことやこんなことされてしまうわ!


 最低限、人として認識されるくらいの身だしなみは整えておきたい。幸い、泉で身体は洗えるから、あとは服装だけだ。このきったねえ布切れを、裁縫なんて小学生の時以来ほとんどしたことのないオレがどれくらいリメイクできるかが勝負の分かれ目だ。森の中で見つかる素材で服に使えそうな物はほぼないからな。


 おそらく山のてっぺんはここよりも冷えるだろう。ここは熱帯のように蒸し暑いけど、山頂がどうなっているのかはさっぱりわからない。この森の木々があまりにも大きすぎて山頂の様子は見えないのだ。山頂から一番高い木にでも登ればこの森の全体が見渡せるかもな。


 山頂を目指すにあたり、まずやるべきはやっぱり第二の拠点を見つけることだ。泉で採れる果物を保管できる場所、そうだ、洞窟なんかが良さそうな気がする。そういうのを映画かなんかで観た気がするぞ。


 日が出ているうちに泉との間を往復できる最大限の距離に拠点を作る。そこからもたどり着けなかったらさらに第三の拠点を増やす。言うのは簡単だが、はたしてそう上手く見つかるかどうか。


 食事での栄養補給と連日劣悪な森の中を裸足で駆け回っているおかげか、なんだかさらに体力が増しているような気がする。それでも、少女の身体では、さすがに一気に山頂を目指すには華奢すぎる。一度、もしかしたら身体能力開発すごいのではないかと思って木を登ってみたけど、体力以外は普通の女の子の身体能力しかないみたいだった。こういうときは、フィジカルが強い、とかじゃないの?


「本当に何もないのか? オレは無能とか最弱どころか、誰かと比べるまでにすら至ってないぞ」


 何せ人っ子一人いない森に放り出されたんだからな。オレがこの異世界でどれほどのポテンシャルのものなのかすら未だにわかってないんだ。いや、もしかしたら、実はすごい能力を秘めているのかもしれないか? ……期待はしないでおこうかな。だって、それならもうそろそろ覚醒する頃だもん。もうずっと修行編みたいな退屈なことしてるんだもん!


 これがたとえば、オレが魔物とか長寿の種族に転生して、いつの間にか100年くらい修行みたいなことしてました、ってならなんとなく強くなってる感じはするだろう。きっとレベルアップの恩恵も実感しているはずだ。


 だが、オレはどこをどう見てもただの人間の女の子だ。巨乳でもスタイルがいいわけでもない、特別美少女でもないただの赤髪の少女だ。尋常じゃない年月を人知れず修行できるわけじゃないし、そもそも、修行よりもまずは生き延びることの方が重要なのだ。悲しいけど、オレ、ただの人間なのよね。


 何も持たないただの人間にできることは、現実でも異世界でも大して変わらない。


 つまり。


 地道に現状を打開していくほかあるまい。


 オレは金持ちでもなければ、才能があるわけでも、ひろ○きでもホリ○モンでもないのだ。それっぽい言葉を並べ立てて論破のような何かすらできないのだ。


 オレはもはや、異世界転生しただけのただの凡人、いや、それ以下か、なにせほぼ全裸だからな。とにかく、そう客観視していた方が精神衛生上いい。下手に期待して後で裏切られる、なんてのは若い頃に散々やらかしてるからな。おっさんはそういうのはもうこりごりなので、見果てぬ夢にチャレンジとかはしないのだ。


「……異世界転生したってのに、夢も希望もまったりライフもないな」世知辛ぇ……

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