第10話:異世界サバイバルコーデ

「さてと。服を作るにしても」


 こちとら、元ただの冴えない営業職のおっさんじゃい。裁縫の趣味もなければ手先が器用なわけでもない。服なんて全く作れる気がしないけど。


 服とは布でできている。そして、布は、糸や繊維でできている。


 だから、オレはまず繊維を作らなければならない。繊維、つまり、糸さえ作れれば、ちゃんとした服じゃなくても、葉っぱを集めて身体に纏える。ちょっと不細工でも防寒対策さえできればいいのだ。


 そうだ、あとは、木の皮を使って靴を作れるかもしれないな。山の上の方は少し地面が固かったし、石も多かった。いくら強靭な身体をしていても裸足で鋭い石を踏んだらさすがに痛い。怪我もしたくない。


 せめて動物がいてくれるならその毛皮を使えそうなんだけど、ないものはしょうがない。いや、そもそも、オレに毛皮を加工できるかわからんし、たぶんグロいのはもっと無理だ。潔く木を使うことにしよう。


 木には繊維がある。それをうまく取り出せないだろうか。


 だけど、オレにはそんなに薄く木の繊維を切り出す方法がない。オレが持っている道具は石のノコギリと斧だけなんだ。斧はまあ論外として。それに、うまく木を削り出したとしても、それはすぐに折れてしまってほとんど役に立たなかった。


 木をそのまま利用して服を作るのは難しい。というか、そもそも、そんなふうに薄く木を加工できるならもっと何かできそうだしな。


「他の方法を考えてみるか」


 たとえば、この大量の木屑を使うことはできないだろうか。不器用に削っていてもはや粉みたいになっているけど。あ、これを水に浸けてこねればなんかできそうじゃないか? 紙とかそういう作り方してなかったっけ? 紙を作ってそこからどうするかはいまいちわかってないけど。


 うる覚えが良くないことは以前の失敗から学んではいるが、これだけ大量にあるんだ、少しくらいムダにしても問題はないだろう。これからも大量に出そうだし、今のところ保管庫の緩衝材くらいにしかなってないし。


 ある程度の太さの枝なら、くり抜いてバケツみたいに水を溜めることができるかもしれない。石でつるつるにして葉っぱでコーティングしたらなんかいけそうじゃない?


 オレはまた地道に木を削ってバケツを作ると、そこに木屑と水を入れて、よくかき混ぜてみた。いまいちよくわからない。木屑は細かくなったとしてもそれはまだ硬いし、水にも溶けない。これが紙みたいになるとはとても思えないけどな。


「……ま、気長に待ちますか」


 きっと紙を作るのには時間と手間がかかるのだろう。しかも、ロクな道具もないド素人の手探りだ、ここで焦っても仕方ない。じっくり待とう、ここでは誰もオレを急かしたりしないんだから。仕事が遅いことでおなじみのオレが、無能な少女になって異世界でこんなことをしてるなんて、アイツらは思ってもみないだろうな。


 元の世界じゃオレは、ひたすら時間と暇を持て余すだけの役立たずだったからな。あれ、これ、無能が無能に転生しただけ? 元の冴えないおっさんのスペック引き継いじゃってる? そんな世知辛いことある? まあ、この年齢でそうなっちまったんなら、それはもう自業自得か。人生はままならないなあ。


 しばらく己の無力さを再確認させられ(?)、うちひしがれながら茫然自失で木屑の水浸けを放置していると。


「お?」何やら変化があるぞ?


 どうやら木屑が水を吸ったらしくずいぶんと柔らかくなっていたし、なんだか水が茶色に変わっていた。さてはこねられるのでは?


 まあ、こねるというか、よくわからんけどひとまとめになりそうな気配はない。もっと細かくしてみようと、水を入れ替えてから石で木屑をすりつぶしてみると、お、しばらくしたら、なんだかそれっぽい繊維らしきものが出てきたぞ。よくわからないけど、これを乾燥させたらなんかうまくまとまるんじゃないか?


 オレはウキウキでその繊維質の何かを大きめの石の上に広げて、いい感じに形を整えながら木と石を使って水気を抜いていく。乾かすといってもここではどうしても湿度の問題がある。石と木の重みで水分を抜いてみるか。


 乾燥には時間がかかるだろう。これもテキトーに様子を見ながら気長に待つことになりそうだ。紙って作ろうとすると案外大変なんだな。


 これがはたして成功するかどうかはまだわからないけど、木屑から繊維みたいな何かを取り出すのはたぶん成功している気がする。なので、大量の木屑を水に浸けておくためのバケツを何個か作っておくか。これも木をくり抜いて葉っぱを敷き詰めて作るから時間がかかるけど、バケツは何かと使い道があるからね、こんなのなんぼあってもいいですからね。


 あ、あと、石に繊維を広げたときに気付いたんだけど、これ、油断してると繊維が流れてしまう。形が崩れてしまわないように木枠的なモノを作りたいなあ。木の枝で作れるのか?


 なにはともあれ。


 数日放ったらかしにしていた石をどけてみると。


「え、ウソ、紙じゃん」


 思った以上に紙になってた。え、これすごくね? 木屑と水だけで紙できちゃったよ? オレってやればできる子だった?


 できた紙のような何かを持ってみると、石で圧着していたおかげで繊維同士がうまく絡み付いているのか、崩れることはなく意外としっかりしている。これを細く切ってより合わせれば糸になるのでは? いや、これ、服できちゃうじゃん。


 糸の作り方は、このボロ布を見てみればわかるか。さすがにこんな少女がくっさくなるまで身に着けていた布切れだ、未知の素材ってわけでもなさそうだし、何の変哲もないただの布だろ。


 ボロ布からほつれている糸を改めてよく観察してみると、無数の糸がより合わさっているのがわかった。。へえ~、糸ってこうやって作るんだ。今までこうしてまじまじ見ることなんてなかったからちょっと新鮮。そして、久しぶりに人工物の精巧さを再認識した。


 とにかく、慎重にやってみよう。


 いかんせんこれはしっかりと紡いだ繊維ではなく、不完全な紙、つまり、細かい繊維の寄せ集めだ。少しでも引っ張られたして力が加われば簡単に千切れてしまう。なにも細くしなくてもいい、この糸を編んで布を作ることさえできればいいのだ。


 細長く切った紙をある程度より合わせてから、それらを糸のように紡いでいく。言うだけなら簡単だが、いざやってみるとこれが案外、というか、普通に難しい作業だった。


 どう考えてもテキトーに作った紙の強度が足りなくて、せっかく作った紙は案の定簡単に千切れてしまう。かと言って、あまり力を加えないとそれはそれで強度がなくあっさりと解けてしまうのだ。これはこれで身体能力とは別の能力が必要だな。オレ達の服を作ってくれている職人さんに感謝しなきゃ。


 しかし、試行錯誤を続けていけば、ド素人ながらなんとなくコツを掴んできた。


 とは言いつつも、出来上がったのは、不格好で太さもまちまちで強度もいささか頼りなく、糸、というよりは紐みたいな物だった。それに、あれだけ頑張ったのに使えそうなのは、大体1メートルくらいだ。ただまあ、素人が道具無しで作ったにしては上出来だろう。いやー、これは無から有を作り出した万能感さえ感じてしまうな。


 さて、これを大量に作って編んでいけばいつかは布になるのだろう。


「……うん、これは一旦布を作るのは諦めよう」


 やっぱり思った以上に手間暇がかかる。この紐を作るだけで物凄く時間がかかったのだ。


 あまりにも大量生産に向かなさすぎる。これはたくさん紙を作って重ね合わせた方が良さそうだ。


 せっかく作ったこの紐は、葉っぱををたくさんくくってマントみたいにしてみるのに使ってみよう。それに靴も作らなきゃいけない。この紐は靴に使えそうだ。


 というか、物作りばっかりやってるけど、いや、確かに謎の充実感はあるけど、違う、そうじゃない。せっかく異世界に転生したのに、なんだ、これは。油断してると異世界だってことを忘れちゃうし、しっかり順応しちゃうじゃあないか。それじゃあダメなんだよ、しっかりこの理不尽に憤っていかないと!


「で、できた」こうなると、もはやなんでもできる気がしてきた。


 ひとまず、紙を大量に製造しつつ、それら葉っぱを重ね合わせて服を作ってみた。まあ、服といっても頭からすっぽりかぶるタイプのどちらかといえばマントとかポンチョに近い。足元まで覆いたいけど、耐久力には難があるからあまり重くもできない。普段使いはできないし、下半身の防御力は依然としてゼロに近い。


 一応短めのショートパンツのような何かも作ってみたけど、走ったりしゃがんだりする激しい運動をするせいで、すぐに破けてしまう。この場合、下着に葉っぱを使って、ロングスカートの方が見栄えはいいのかもしれないな。


 まあ、とにかく、これでいよいよ山に挑戦する準備は整った。


 決戦は明日だな。

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