第38話 邪魔者

 「へえ、こりゃまた距離が縮まったように見えるな」


 にんまりと期待通りの表情を見せる父親。


 「余計なこと言うなよ」


 同じような返答をしなければいけないことにもうんざりだ。


 「一縷ちゃんもまた綺麗になったな。恋をしてるからか?」


 「ええと、そうかもしれません!」


 顔を真っ赤にして親父の言うことを肯定する峰一縷。


 恋、しているのか。


 誰に?


 知りたくないくせに、知りたくないとも思ってしまう。心臓の鼓動が忙しい。息が

苦しい。俯く峰の顔が、普段以上の輝きを見せる。


 「ま、これ以上は聞かねえことにするよ。悪かったな。オッサンがはしゃぎすぎ

た」


 そこも聞いとけよ。中途半端に終わってんじゃねえよ、バカ親父。


 「ていうか、こんなとこで何してんだよ。今日は酒を飲んでないような気もする

し」


 変な感じだ。だいたい夕方のこの時間なら親父は家で酒を飲んでいるものだが。


 「まあ、大人にも色々あんだよ」


 「その言い方だと、悠寿くんに会うのか?」


 「ああ、そうだ」


 顔つきが真剣みを帯びるのを直感する。いつもふざけている親父だが、何かに対し

て本気で考えているときは、先代当主としての威厳が垣間見える。


 「あっそ」


 俺も空気を読んで話を切り上げた。


 「じゃあ、俺らは帰るから。昼休みから生徒会の仕事で疲れた」


 親父は息子の気遣いを感じ取ったのか、「ああ」とだけ発した。


 「おい、待て」


 次に親父は、背を向けた俺を再び呼び止めた。


 「今度は何だよ。多恵子さんがポックリあの世に逝かないか見張ってろっていうの

か?」


 「そんなんじゃねえよ」


 「じゃあ何だよ?」


 ふふん、と親父は鼻を鳴らした。視線を数秒間だけ峰に移し、すぐさま俺に戻す。

かなり嫌な予感がした。


 「多恵子さんも俺たちと飲むことになるからなぁ。そんで、おい、輔」


 「はい、何でしょうか、太寿様」


 気配を消していた輔が現れた。


 「お前も来い」


 「っ!? 新太を一人にしろと?」


 「そうじゃねえ。お前も分かってんだろ? 当主様の監視役なら、少しは空気を呼

んだらいいんじゃないか?」


 「ですが、太寿様も悠寿様、それに多恵子さんが不在の家に客人を招くなんて、そ

れも、当主にとっての異性を…。あっ、そう、陽菜乃様に連絡を…」


 「私は用事があるから無理ね」


 今まで立ち聞きをしていたかのようなタイミングで姉が割り込んできた。うろたえ

る中性的な美少女にとどめを刺す。


 「あなたも見てきたでしょ? 生徒会長としての私の激務を。当主であり弟でもあ

る新太が安心安全に学校を過ごせるように尽力しなきゃいけないもん。そこのクソ親

父の味方をするわけじゃないわ。本当に無理なものは無理なの」


 輔は、詰みだと言わんばかりに舌打ちして悔しがった。「この役立たずども」と本

音を小さく漏らし、「太寿様たちと同行します」とついに折れた。


 「そう来なくっちゃな。お前も思春期なんだから空気を読めって話だ」


 「さっきからあんたらで勝手に決めんなよ」


 当人を置き去りにする身勝手さには感服すら覚える。相変わらず土屋家の人間は何

を決めるにしても自分本位で自分勝手だ。俺を除いて。


 「なんだ? お前たちの心を読み解いてやってるんだぜ」


 「それを勝手だって言ってんだよ。つーか、俺らは求めてねえからな。そうだ

ろ?」


 峰に同意を求めると、「ああ、いや…」と珍しく恐縮しきっている。初めて家に案

内した時、親父から茶化された時の反応によく似ていた。顔もほんのりと紅潮してい

る。


 突如、堀田さんの声が蘇った。


 『あの人も、土屋先輩のこと好きですよ』


 さらに彼女は、100パーセントと言っていた。信じていいのか。数多くの恋愛を

経験してきたであろう彼女の言葉が、的中しているのではないか。


 でも、付き合ってもない相手を急に家に呼ぶなんてどうかしている。確かに峰は、

変なやつだ。しかし、普通の女子らしく、きちんとわきまえている面もある。数カ月

の友達付き合いで分かった。親父たちの感覚がおかしいのだ。異能の家に生まれてき

たからなのか、普通の感覚を失っている可能性がある。


 すると峰は、口を開いた。


 「わ、私、土屋君の手料理が食べてみたいな」


 「なっ!? 何言ってんだお前!?」


 トマトのように真っ赤な顔をして、とんでもないことを言いやがった。「決まりだ

な」と親父が破顔し、俺の肩を結構な強さで叩き、自分の腕を巻き付けて俺に囁い

た。


 「家で2人きりの状況を相手は承諾したんだ。これはもう、イケる流れだ。当主な

ら決めるとこ決めろ」


 「なっ、何言ってんだよ。離れろよ」


 酒臭い。少しは飲んできたようだ。離れてくれない。


 そして、耳元でひそひそと囁く。


 「ただし、女の子の身体は繊細だからな、触るときはそーっと、優しく、な。きち

んとコンドー(以下略)も買っとけよ、な」


 「な、じゃねえよバカ親父!」


 飲んだくれの父親を思い切り引きはがした。


 俯く峰に視線を戻す。夏服から見える素肌を、意識する。


 「あれ、新太たちも来るの?」


 「ひっ!? …あ、悠寿くん」


 急に叔父の声が飛び込んだせいで過剰に反応してしまったが、この場で唯一まとも

な悠寿くんが現れてくれた。


 「どうしたの? 耳、赤いよ」


 「悠寿くん、聞いてくれよ。親父たちが」


 発言の主導権を握るために、先手必勝で悠寿くんに話しかけた。


 しかし、何やら意味ありげに俺と峰を交互に見やると、


 「へえ、いいじゃん。邪魔者たちがいない間に楽しみなよ」


 などと恐ろしい発言をした。


 「はあ?」


 親父の考えを後押しするように、あるいは、この恥ずかしすぎる状況を楽しむよう

に、味方だと思っていた穏やかな叔父は、要らない助言を発した。


 「新太もやるときはやるじゃん」


 「腐ってもこいつは俺の息子だからな。酒の肴ができたぜ、悠寿」


 「多恵子さんももう家を出たってさ。後のことは僕と兄さんで上手く丸め込んであ

げるよ」


 互いによく似た憎たらしい笑顔の兄弟に、煮えたぎるような嫌悪を覚えた。

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