第32話 ご褒美

 峰一縷は、舞台へと昇った。舞台裏を通ることなく、生徒会の人間に直接詫びることなく、壇上へと上がり込んだ。


 「何あの先輩。かわいい~」


 「でもなんで浴衣? 化粧もしてるし」


 「抽選会のための演出じゃね?」


 中学生たちの嬌声や推測の声が飛び交う。


 その行為に対して、驚いたものの、柳先輩は驚愕しながらも希望に満ちた眼差しで

「選手交代しま~す」と高らかに宣言し、峰にマイクを譲渡した。


 「お帰り、いちるん」


 「…はい」


 普段からふざけている2人は、お互いに引き締まった顔でそういい合う。柳先輩は

観客に手を振りながら退場した。


 ステージに残ったのは、味気のない白い夏服に黒いズボンをはいた俺と、白地に黄

色い花が散りばめられた浴衣を着た峰一縷。足元は学校の上履きを履いているので少

しアンバランスだが、下駄ではなくてよかった。


 ではなく、なんで浴衣なんだ? エンターテインメントのつもりか?


「みなさん! 改めてすいません! 浴衣って歩きにくいから、時間かかっちゃっ

た!」


「いや、そう言うことじゃないだろ。なんで浴衣なんだよ」


周りがざわめいているが、笑っている生徒が大半だった。それを理由に峰が勢いづい

たのか、徐々にテンションが上がっていく。好調の波に乗っていく。


「だって、好きな男の子とデートする予定だもん」


「はあ?」


「もしかして、やきもち妬いてくれてるの?」


「ち、違うし」


演技ではなく、本物の動揺が声に出てしまった。どこまで信じているだろうか分から

ないが、中学生たちがゲラゲラと笑う。


「つーか、普通に遅刻してきてんじゃねえよ。抽選会が始まるぞ」


「ええ! そうなの!? 超肝心なところじゃん! 間に合ってよかった~」


「いや、全体的には遅刻だから」


また会場が笑いに包まれる。


いい気分だった。俺も峰のように調子に乗っていくのを感じだ。さっきまで感触のな

かった床が、確かにそこにあると分かる。


 峰の横顔が、きれいだった。


 「もう。土屋君は結構ねちっこいんだね! そんなんだから彼女できないんだよ

~」


 峰が、俺を見て笑った。俺には二度と向けられないものだと思っていた笑顔。


 この後、俺に笑ってくれなくてもいいとさえ思えるほどに、俺はこの笑顔に心を奪

われてしまった。


 俺は本気で、こいつのことを…


 抽選会は無事に終了した。




△△△




 「さて、これからのスケジュールだけど」


 峰を含めて全員集合した生徒会。大宮先輩が全体の舵を取り、次の行動を指示す

る。何かを言いかけたが、俺と目が合うなり、軽くせき込み、言おうとしていた言葉

を変えるように話し始めた。


 「とりあえず、みんな疲れているだろうし、15分の休憩を取りたい。いいよね、

土屋会長?」


 「私も、ちょうど提案したかったところよ。一縷ちゃんに言うこともあるしね」


 「ひいっ! そ、その節は、みなさまに多大なるご迷惑を…!」


 「ヒナヒナはまだ何も言ってないよ~」


 「そうだぜ、俺っちよりもバカなやつが1人いなくなって、みんなの風当たりが大

変だったんだからな! 責任取ってもらうぜ! 今度デートしろ」


 「狐塚くんは黙って」


 張り詰めていた気が緩み、談笑が始まると、俺は真っ先に解散する観客たちの群れ

に飛び込んだ。


 個々の塊を作って会話する人間、孤立して歩く人間。群れの形は様々だが、俺は、

全員が同じ制服を着た女子たち5人の背中に向かって、


 「堀田さん!」


声を絞り出した。


 女子のグループは声に気付き、みんな俺の方を向き直った。


 「あ、司会の人だ」


 「瑠璃子ちゃんの知り合い?」


 「元カレとか?」


 「そうなら私らに教えてくれたっていいじゃん。草食系も好きだったっけ?」


 勝手な発言を初対面の相手に向かって勝手にまき散らす女子たちは、何とも中学生

らしい。学校の中でも教師たちが手を焼くような活発な女子たちだ。


 「違うから。みんなは先に行ってて」


 きつい言い方で彼女らを先に行かせる。学年が変わっても、彼女のカーストは依然

として上位をキープしていることが、この一面だけでよく分かった。


 「で、なんか用ですか?」


 「ごめん!」


 本音が先走った。


 「急になんですか? 何が申し訳なくて謝ってるんですか?」


 相変わらず俺には意地悪だ。本当は何を謝ってるのか分かっているくせに。


 「堀田さんのこと、裏切ったから」


 『埋没忘却』のせいだと、それを利用した兵頭が悪いのだと、以前までは、それだ

けを伝えたくて、謝るなんて発想はなかった。むしろ、どうして俺が謝らないといけ

ないんだと意固地にさえなっていた。


 でも、今は違う。


 あいつに会ってから、俺は今まで目を背けていた本当の弱さを知り、自分なりに向

き合った。少しだけ、そう、ほんの少しだけだけど、心に余裕を持つことができた。


 童顔の少女は、「ふうん」と興味なさげに髪の毛先を指で巻いて解く動作を繰り返

す。興味がないのだろう、俺と目を合わせてくれない。


 これ以上、彼女を立ち止まらせるのは悪いから、なるべく簡潔に自分の気持ちを伝

えた。


 「それだけだから。でも、許してほしいとは言ってない。俺のことは、一生恨んで

いていい。俺が君のことを傷つけた。それを俺がきちんと分かってるってことを、君に分かってほしかっただけだから」


 「そうですか」


 気だるそうに背筋を伸ばした。


 「すっごく、傲慢ですね」


 そして、笑った。


 「私が土屋先輩ごときで苦しむと思わないでください」


 「え」


 「まあ、本気で好きな女の子が居ながら他の女のことを気遣うなんて、土屋さんに

しては上出来だと思いますよ」


 「俺、好きな子の話とかしたっけ?」


 「顔に書いてましたよ。私といる時よりずっと楽しそうでしたもん」


 「えっと、誰のこと?」


 本当にわからなかった。


 「浴衣のあの人」


 「え」


 互いに峰の方に視線を合わせる。


 「ほら」と、俺の方に視線を戻す。


 「顔がニヤけてるもん。気色悪い」


 「えっ!? …ていうか、普通に傷つくこと言わなかった?」


 「気のせいです」


 「そっか」


 「まあ」と、次は彼女が俺に急接近した。ひそひそと声を潜めて俺に言った。


 「あの人も、土屋先輩のこと好きですよ」


 「なっ!? 何を!?」


 「女の勘は当たるんですよ。それも、経験豊富な私が言うんだから間違いない。あ

の人も100パー、土屋先輩のこと好きですから」


 堀田さんが背を向け、横顔だけを向けた。


 「でたらめは言ってませんからね。勇気を出して私に謝ってくれたご褒美です」


他人の苦労を楽しむようにキキっ、と笑うと小走りで友人たちの方へと駆け寄った。




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