第30話 最前列
「今回司会を務めるのは、ワタクシ! 柳希和とぉ~!」
「生徒会1年の土屋新太です」
マイクに響く自分の声に多少の気持ち悪さを覚えるが、聴衆である中学生や保護者
たちは別段気に留めていないみたいなので安堵した。何より、台本の内容を完全にア
ウトプットし、予想以上に落ち着いていることが救いだ。
盛り上げるとか、抑揚を高めるとかは、隣にいる柳先輩にしてもらい、純粋な進行
に集中することにした。先輩たちにあれだけ啖呵を切っておいて、結局助けてもらう
のは恥ずかしい。あの時は冷静さを欠いていた。
しかし、俺は立っている。逃げずにここまで来れた。
「最初はこちら!」
調子よく進行する俺と柳先輩。体育館の照明が消え、カーテンが閉まり、薄暗い空間
が生まれる。潮騒のような喧騒が沈黙に変わった。
学校紹介ムービーが流れる。姉貴が生徒会長になってから始まったという学校の紹介
ムービー。そういえば、柳先輩がスマホをもってうろうろしていたな。そのあと、大
宮先輩が編集していたっけか。俺と峰も問題児でなければ学校中を撮影して回れてい
た。
しかしよくできた編集だ。緻密で、ムラがない。挿入するBGMも、尺のカットも、
素人の俺から見ても良いものだと言える。さすが大宮先輩。作業中のPCに峰がジュ
ースをこぼした時も「USBは無傷だから大丈夫だよ。PCの方は保証を付けている
から大丈夫だ」と落ち着いて対処していた。
カーテンが開き、照明が再び点灯する。
「これを見て入学したくなったよ~って人ぉ~! …手を上げんのかい!」
会場が笑いに包まれる。物おじせずに場をなじませていく柳希和。改めてこの人は先
輩で生徒会の重鎮だと言うことを思い知る。
大それた異能なんてものを持った俺には、正確な回答を作ることに精一杯だ。それで
も不思議と劣等感はなかった。
人との関わりを拒絶し続けた俺には初めての感覚だった。他人は、不確定だからこ
そ、怖くて、そしてこんなにも頼りになる瞬間があることをまさにこの瞬間、知っ
た。
知ったのに。
過去の自分に引き戻されるのは、あっという間だった。
かつての過去と、目が合った。
数カ月前まで会っていた『彼女』は、当然だがあまり変わっていなかった。
「おーい、新太っち~」
「あっ、はい!」
キーン、と甲高く鳴るマイクの音で、我に返った。
「ほら、先輩が一生懸命撮ったムービーに見とれてないで、早く次のプログラムに
行っちゃってよ」
「…そうっすね」
気の利いたアドリブにも乗ることができなかった。
フワフワと、地に足がつかないようだった。このまま果てしなくどこかへ浮き上が
るような感覚を覚えた。
再び、見る。
自分の見間違いだと言い聞かせたくて、同じ場所に目をやる。
見間違いではなかった。
確かに彼女はそこにいた。
目が合うと、俺と1つ年下の堀田瑠璃子は、苦しむ俺の顔を笑うように最前列に鎮
座していた。
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