第27話

「……クソッ……しくじった」


 シェヴェルが苦しそうにうめき声を出す。

 腕からの出血が止まらず、シェヴェルの顔から少しずつ血の気が引いている。


「ああ……シェヴェル様!」


 アリスは動揺どうようしてふるえ、顔面蒼白がんめんそうはくになっている。


「シェヴェル、もうしゃべるな」


 まずは止血が先だ。

 俺は心を落ち着かせ、急いで自分の服をき帯状の布を作る。

 そいつでシェヴェルの上腕をきつくしばった。


「うぅっ……あっ……!」


 シェヴェルが苦痛に顔を歪めてあえぐ。

 戦場で見る光景としてはまだマシな方ではあったが、何度見てもれるものではない。


 それからすぐにり飛ばされた腕をひろい上げて状態を確認する。

 ちょうど肘の関節あたりで斬られていて、断面は何か鋭利えいりな刃物で斬られたように真っ直ぐだ。


「アリス、治癒魔法ちゆまほうで腕を接合せつごうできるか?」


 アリスから返事がない。

 軽いショックで呆然ぼうぜんとしているようだ。

 俺は声を張り上げた。


「アリス!しっかりしろ!」

「あ……はい!動物での模擬もぎ演習は経験あります。どこまで修復可能かは状態にもよりますが……」


 俺は腕を持ってシェヴェルの元へけ寄り、アリスに状態を見せた。


「きついと思うが、確認してもらえるか」


 アリスは震えながら腕を取り、シェヴェルのひじの状態と合わせて確認する。


「……大丈夫です。これなら何とか元通りにできると思います。バルト様、え木と布をご用意いただけますか?」


 俺はシェヴェルをゆっくりと地面に寝かせ、大きめの枝を集めて布で縛り固定する。

 それをシェヴェルの腕の下に置き、腕と肘が並行になるように配置した。


「私の合図に合わせて、腕をゆっくりと肘の方へ近づけてください」

「わかった」


 アリスはまず切断面に魔法をかけて、細かい異物を取り除いた。

 続いて中心の骨の部分に強い光を当てていく。


「断面がくっつかないギリギリのところまで腕を動かしてください」


 俺はアリスの指示に従い、慎重しんちょうにシェヴェルの腕を肘の方までゆっくりと移動させる。


「そこです!止めてください」


 アリスは今やすっかり落ち着きを取り戻し、治療のために全神経を集中していた。

 まず骨と周辺組織を結合し、神経や血管、筋肉などを魔法で念入りにり分けてつなぎながら、治癒魔法を順番にかけていった。


 その目つきは、まさに外科医のそれと同じだった。

 汗がアリスの額からほほを伝って流れ落ちる。

 俺は再び「何か」が襲ってこないか十分に警戒しつつ、横からアリスの汗を拭いた。


 最後に皮膚を魔法で繋ぎ合わせ、見かけ上は何とか腕を元通りにすることができた。


「大丈夫か?」


 ひたいに汗がにじむアリスに俺は声をかけた。


「組織の結合は完璧にできたと思います。神経もきちんと繋げたので、回復後も腕は動かせるはずです。バルト様、ご支援いただき助かりました」


 アリスは緊張から解放されたせいか、ふぅ、と大きく息を吐いた。

 シェヴェルはいくぶん楽になったようで、うっすらと目を開けてアリスを見つめる。


「……世話をかけたな」


 起きあがろうとするシェヴェルを、アリスが制する。


「あ……お待ちください!まだ結合箇所の組織が定着していません。今、腕を固定します」


 アリスは添え木とシェヴェルの手首、二の腕を布で何度も巻いて固定する。


「これで大丈夫です。まだ肘から先を動かそうとしないでくださいね」

「動かそうにも、痛みがひどい」


 シェヴェルは苦痛に顔を歪めて、ゆっくりと起き上がる。

 俺は肩を貸して起き上がるのを手伝った。


「歩けそうか?」

「ああ、足の方は全く問題ない」


 俺はアリスに尋ねた。


「傷はどれくらいで治る?」

「回復魔法を追加でかけて、あと数時間もすれば大丈夫だと思います」

「急いでヴィダーまで戻ろう。シェヴェルが戦力にならない今、『ヤツ』に追撃されるとまずい。それに今回の件、それなりの大仕事になりそうだ」


 俺はシェヴェルに向き直った。


「あいつは一体何者なんだ?人の姿をしていたが、あれは妖魔か?」


 シェヴェルが神妙しんみょうな顔をして答える。


「確かに姿形は人のそれだが、あんな異形いぎょうに変形できる妖魔などいない」

「では、何か別の魔物が人間の姿に化けていたということか?」

「むしろ私が知りたいくらいだ。そんな魔物こそ聞いたことがないぞ」

「では、あいつは一体、何者だというんだ……」


 腕を組んで考える俺に、シェヴェルが答える。


「ヴィダーに戻ってから詳しく調べよう。だが、少なくとも目撃者の証言理由はわかった。少女の姿で労働者にまぎれ背後から一気に襲われたのであれば、やられるまで気づかないのも無理はないな」


 アリスが横から申し訳なさそうな顔をシェヴェルに向ける。


「シェヴェル様、ごめんなさい……私たちを助けるために……私たちをかばってこんな傷を……」

「気に病むことはない。それに少なくともアリスが致命傷を受けない限り、治癒魔法で何とかなる算段さんだんもあったからな。それもあって、お前を最優先でやつから遠ざけたのだ」


 俺も改めてシェヴェルに向き直った。


「俺からも礼を言う。ただの子供だと思って完全に油断していた。あの時助けてくれなかったら。確実にやられていた」


 俺は痛々しいシェヴェルの左腕を見た。


「しかし、シェヴェルほどの相手にそれほどの深手ふかでを追わせるとは……」


 シェヴェルは神妙な面持ちで左腕に目をやる。


「お前たちを狙っていた腕は切り落とすことができたが、あいつがいきなり私に反撃してきたのをかわし損ねてしまった。私の体がなまっていたせいもあるが、かなりの攻撃スピードだった。あやつ、ただの魔物ではないことは確かだ」

「シェヴェルでも反応が遅れるとは、厄介な相手だな」

「しかもわざわざ人間を何度も襲うということは、やはり捕食している可能性が高い。少なくともこのまま野放のばなしにしておけば、さらに被害は拡大するだろう」


 アリスがおもむろにシェヴェルへたずねる。


「……この依頼、どうしましょう。シェヴェル様さえ問題なければ、私は受けようと思います」

「俺も同感だ。少なくとも、あいつはそのままにしていい存在ではない」


 俺たちはシェヴェルの方を向いた。


「……ああ、わかったよ。先ほど妖魔ではないと言ったが、人の形をした魔物など聞いたことがない。もし妖魔と何か関連があるならば調べたい。それに私の攻撃でやつも深手を負っているはず。多少は倒しやすくなっているだろう」

「無理に合わせてもらって申し訳ないな」


 シェヴェルは何か考え込むように口を開いた。


「ただし、ヤツの本体が少女の姿だったことはゼーゲ公に伏せておきたい」

「別に構わないが……なぜだ?」

「少々気になる点がある。やつら、どうも何か隠しているふしがある」




 俺たちは常に後ろを警戒しながら、何とか無事ヴィダーまでたどり着いた。

 公爵邸に戻ると、早速グイードが俺たちを出迎えた。


 公爵は午前の仕事を一通り片付けた後のようで、時間を割いて俺たちとの会議の場を設けた。

 早速俺たちは謁見えっけんの間で、事の一部始終を公爵に報告する。

 ただしシェヴェルの提案通り、怪物が少女の姿をしていたことは「速すぎて姿が確認できなかった」として伏せておいた。


 公爵は渋い顔をして腕を組んだ。


「……では、その正体不明の化け物を倒さぬ限り、やはり被害は出続けるという訳だな」

「やつがいつまであそこに居座いすわるのかはわかりませんが、明らかに人間を狙って攻撃、というか『狩り』を続けているようです」

「話を聞く限り、我が国の現状の戦力だけでは太刀打ちできそうにない。戦時下にあって、特にあの鉱山は我が領内で主要な金脈の一つだ。ただでさえ戦で支出が増えている中、これ以上生産量を落とすと国の財政にも支障が出かねない。無理を承知で言わせてもらえば、是非とも討伐まで引き受けてもらえると助かるのだが」


 それを聞いていたシェヴェルは、公爵を意味ありげに見つめた。


閣下かっか、その前に一つ聞きたいことがあります。正直に答えていただきたいのですが」

「何だ」


 シェヴェルは身を乗り出し、公爵の顔を改めて見据みすえる。


「この仕事を依頼して生きて帰ってきたのは、我々で何組目でしょうか」

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