第28話

 シェヴェルはするどい目つきを公爵に向けたまま続ける。


「これまでやとった者たちは、誰一人として戻らなかったのでしょう」


 公爵は一瞬、凍りついたような表情を浮かべたが、すぐにあきらめたように下を向き大きく息を吐いた。


「さすがに気づいていたか」

「報奨金が破格でしたから。どうもきな臭いと思っていたのです」


 公爵は無言でうなずいた。


「過去5組に依頼したが、戻ったのは君たちが初めてだ」


 シェヴェルはそれを聞いてさらに続けた。


「引き受けること自体はやぶさかではないですが、我々もあんな規格外の化け物がいたのは想定外でした。正直、このまま続けて命の補償があるかどうかわからない。現に私もこの通り、左腕を切り落とされました」


 シェヴェルは添え木に固定された左腕をかかげる。

 公爵はしばし眉間にしわを寄せていたが、やがてうなずいた。


「いいだろう。追加で10000スタール出す」


 シェヴェルはまだ渋い顔をして公爵を見返す。


「……わかった。20000スタールでどうだ」


 シェヴェルはわざとらく俺とアリスの方を振り返る。

 俺はシェヴェルのしたたかさに舌を巻きながらも、それが表情に出ないよう取りつくろった。


「後ろの二人も文句はないようです。ではその条件で承知しました」


 それを聞いた公爵は安堵あんどの表情を浮かべた。


「感謝する。今回の討伐依頼の報酬が書かれた契約書は、作成次第運ばせる」


 シェヴェルは公爵へ向き直りたずねた。


「討伐にあたり、改めてあの化け物が一体何者なのか少しでも情報が欲しい。この町で魔物の文献が参照できる場所はありますか?」


 グイードが横から答える。


「でしたら、我が公爵邸に書庫がございます。近隣諸国の中でも随一ずいいちの蔵書数ですので、そちらでお調べいただくのが良いかと」

「ではありがたく使わせてもらおう」

「承知しました」


 公爵がすかさずグイードを呼び寄せ、何やら耳打ちした。

 グイードはうなずいて公爵から離れる。


「書庫はしばらく使用していなかったので、少々清掃のお時間をいただきます。準備が出来次第お呼びしますので、お部屋でお待ちください」


 俺たちが大部屋へ戻り待機していると、給仕が部屋に入ってきた。


閣下かっかよりバルト様へ、心ばかりの贈り物とのことです」


 戦闘用の騎士の服だった。

 さすがの公爵もボロをまとったような俺の格好を見かねたのだろうか。


 俺は服を広げてみた。

 公爵直々の贈答品だけあって、かなり上質なものだった。


「これはありがたいな」


 それを見たシェヴェルが皮肉たっぷりに鼻を鳴らす。


「フン、我々へ隠し事をしていたことへの、せめてもの穴埋めというわけか」

「まあ、いいじゃないか。せっかくなのでいただくと閣下へ伝えてくれ」


 給仕が下がると俺は早速新しい服に着替えた。

 サイズもピッタリだ。

 久しぶりにまともな服を着て、ブレネンにいた頃をふと思い出した。


「なかなか様になっているじゃないか。さすがは元騎士団長だな」


 シェヴェルが冷やかし半分で言った。

 アリスは目を輝かせてうっとりするように俺を見つめる。


「バルト様……すごくお似合いです。かっこいい……」

「どうした小娘、こやつにれたか」


 シェヴェルの言葉に、アリスが冗談を受ける余裕がない様子で顔を赤らめる。


「そうやっていちいちアリスをからかうのはよせ」

「さっきからお前たちが辛気しんき臭い顔をしているからなごませてやっているのだろうが、まったく」


 俺はため息をついたが、シェヴェルもいつもの調子に戻ったようで安心した。


「しかし、先ほどはうまく値段を釣り上げたな」

「当然だ。現に私たちは死にかけたのだ。あれくらい追加でもらわなければ割に合わん。それに、路銀ろぎんはこの先いくらでもあるに越したことはない。私の家の再建資金も早くめたいしな」


 その言葉を聞いて、俺はふと大事なことを思い出した。


「そうだ、竜尾鱗をまだ換金していなかった」

「ああ……すっかり忘れていたな。町の武器屋に持っていくか」

「二人が調べ物をしている間、俺一人で行ってくるよ」

「お前だけでは交渉事が心もとない。私も行こう。アリス、先に書庫で魔物の文献を集めて下調べしておいてくれ」

「わかりました!」


 ちょうどその時、グイードが俺たちの部屋の扉を叩いた。


「書庫の整理が終わりましたので、ご案内いたします」


 俺とシェヴェルはアリスに文献調査をたくすと、そのまま町の武器屋へと出かけた。




 武器屋は中央広場から少し歩いた通り沿いにあった。

 公爵配下の騎士団へおさめる武器などもけ負っているせいだろうか、かなり大きめの店だった。

 鍛冶屋や日用雑貨の金物屋まで併設へいせつされている。


 戦で騎士たちが出払っているせいだろうか。

 武器エリアには人影はほとんどなく、日用雑貨のエリアにまばらに町人がいるだけだった。


 俺たちは店へ入り、買取カウンターへと向かう。

 人手不足なのか、店主らしき人物が受付対応をしていた。

 俺は早速、店主に声をかける。


「武器の素材買取をお願いしたいのだが」


 腕を治療中のシェヴェルに代わり、俺がカバンから竜尾鱗を取り出す。

 それを見た店主は驚いた様子で目を見開いた。


「こいつはすごいな……!久々に現物を見たよ。小ぶりだが、かなり上等な品だ」

「いくらになる」


 店主は竜尾鱗を持ち上げ、しげしげと観察しながら言った。


「これくらいなら6000スタールで引き取れるな。ロングソードを作るには長さが足りんが、短めの剣なら2本取れそうだ」


 店の窓から差し込む陽を受けて、竜尾鱗は氷のように輝いている。

 改めて見惚れるほどに美しい。

 それを眺めているうちに、俺にふとある感情が湧いてきた。


「なあシェヴェル、いきなりですまないが、こいつを俺にもらえないか?これで自分の武器を作りたいんだ」


 シェヴェルは唖然あぜんとして俺を見つめる。


「今の武器も確かに悪くない代物だが、騎士としてやはり竜尾鱗の武器を一つそろえておきたいんだ。これからきびしくなるかもしれない戦いも考えると、今のうちに武器は可能な限りいいものにしておきたい」


 俺は不思議な輝きを放つ竜尾鱗を見つめて続けた。


「それに自分で倒したドラゴンのうろこから削り出した武器なんて、何だか運命を感じるんだ」


 シェヴェルはよくわからないといった表情で俺を見て、肩をすくめた。


「そういった人間の感情はいつも理解に苦しむが、まぁお前がそれで良いと言うのであれば、私は構わん」


 俺は武器屋の店主に向き直る。


「というわけだ。早速だが、こいつで短剣を2本作ってくれないか」

「承知した。それじゃあ加工代だけ貰うことにするよ。こいつも他ならぬアンタの手にわたるなら本望だろう」

「ありがとう。どれくらいでできそうだ?」

「恐らく今夜には仕上がる。明日の朝には確実に渡せるよ」


 俺はそれを聞いて驚いた。


「そんな短工期でできるのか?」

「金属と違って、けずり出して研磨けんまするだけだからな。とは言え加工には熟練の腕を要する。竜尾鱗の剣を作った経験のある、町一番の鍛冶職人に任せることにするよ。明日の朝取りに来てもらえば、すぐ渡せるようにしておく」


 俺はシェヴェルの方へ振り向く。


「シェヴェルがまともに動けるようになるのも恐らく明日だろう。討伐までに間に合うのであれば、かなり助かるな」


 俺たちは武器屋を後にして、再び公爵邸へと戻った。




 グイードに連れられ、俺たちは書庫の分厚い扉の前に案内される。


「アリス様にもお伝えしましたが、こちらには貴重な文献もあるため、普段は二重に施錠せじょうしております。皆さま全員が書庫を出られる間、もしくは文献調査が終わりましたら施錠しますので、私までご連絡ください」


 書庫に入ると、テーブルの上に平積みになった本がいくつも目に入った。

 アリスがすでにそのうちの何冊かを調べ始めており、俺たちを見て顔を上げた。


「あ、お二人ともお帰りなさい!どうでした?」


 シェヴェルが無言で俺に白い目を向けてきた。

 お前が説明しろ、とでも言いたいのだろう。

 俺は少しまごつきながら口を開いた。


「……アリス、すまない。あの竜尾鱗、俺の武器として使わせてもらうことにした」


 言っている意味がよくわからない様子のアリスに、俺は続ける。


「あの美しい鱗を見ていると、どうしても自分の武器として欲しくなってしまったんだ。あれ一つから短剣が2本取れるとの話だったから、店主に頼んで俺の武器として作ってもらうことにした。せっかく金になるところ、申し訳ない」


 アリスは驚いた顔で俺を見る。


「なぜ謝るのですか!?バルト様が倒されたのですから、バルト様が一番納得する形で使われるのが当然じゃないですか!」

「倒せたのはアリスやシェヴェルの協力あってこそだ。しかも6000スタールの価値があるらしいからな」

「お金なら討伐の報奨金でかなりの額をもらえるので、当面は大丈夫ですよ!むしろ今のうちにバルト様の武器を強くしておいた方がいいです。どうせ後で強い武器を買っても、はるかに高額になりますよね」

「まあ……言われてみれば、その通りだが」


 アリスは俺に優しく微笑む。


「バルト様が何かかれるものを感じたのであれば、それはバルト様の手に収まるべき運命なのだと思います。私も似たような経験がありますし」


 そこまで言ってもらえると、俺は逆に何も言い返せなくなった。


「ありがとう。お言葉に甘えて、俺の相棒として使わせてもらうことにするよ。シェヴェルも、すまないな」


「私は家の再建資金が貯まれば別に何の問題ないが……阿呆あほうどもには付き合ってられん」


 シェヴェルは俺たちを見て肩をすくめた。

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