第26話

 刺客しかくおそわれることなく無事に夜を越せた俺たちは、翌朝、グイードにもらった地図を頼りに魔物の目撃情報がある地点まで足を運んだ。


「この辺りか」


 俺は改めて地図を確認する。

 そこは鉄鉱石の採掘場へと続く道の途中にある、薄暗い森の中だった。

 鬱蒼うっそうとした樹木におおわれた道は昼間でもうすら寒く、今日のようなくもり空では夕暮れ時ほどの明るさしかない。

 これは魔物のたぐいがいつ出てもおかしくない雰囲気だ。


「今回の討伐対象は町の労働者が鉱山へ向かう朝方、もしくは帰りの夕方を狙ってくるとの話だ。この時間帯であれば遭遇そうぐうする確率も上がるだろう」


 俺たちが公爵の依頼を受けたことは一夜にして町に知れ渡ったのか、時折ときおり道を通る労働者から、応援の言葉をかけられる。


「これは後に引けない雰囲気だな……」

「何を気にしている。一番大事なのは私たちの命だ。ダメならダメで素直に断って、すぐにこの町ともおさらばだ」

「俺もシェヴェルのように割り切って物事を考えられたらと思うよ」


 シェヴェルは俺を見ながら肩をすくめた。


「逆に私はお前が何に気をんでいるのか、さっぱり理解できない」


 これは価値観の違いか、それとも種族の違いか。

 ふと、アリスが俺のことをじっと見つめているのに気づいた。


「ん?どうしたアリス」


 アリスは俺と目が合うと、あたふたしてすぐに目をらす。


「い、いえ!なんでも……ありません」


 そう言いながら、またチラチラと俺の方を見ている気配を感じる。

 今朝から何か様子がおかしい気もするが、どうしたのだろうか。

 まあいい。今は依頼された仕事に集中しよう。

 俺は今日の調査に意識を戻した。


「今回はあくまで『討伐対象』の確認がメインだ。まずは対象の把握はあくと特定に目的をしぼる。それが完了次第、一旦切り上げだ。それ以上の余計な手出しや深追ふかおいは無用。正体が確認できたらすぐヴィダーに戻り、対象の弱点を調査して討伐作戦を組み立てる」


 再びアリスの視線を感じ、俺はアリスの方に目を向ける。


「アリス、どうした?」


 アリスが目線をらしながら俺にたずねる。


「あ、あの……途中で道行く方々が襲われた場合はどうしましょう」

「もし命が助けられそうなら助ける。手遅れの場合はあきらめる。アリスにはこくかもしれないが、俺たちがやられるとこの先もこの問題は解決できない。最小限の犠牲ぎせいむを得ないと思ってくれ」

「……わかりました」


 とはいえ、実際に犠牲者をの当たりにして冷静さを保つのは難しい。

 俺の隊にいた新人ですらそうだった。

 頭では理解していても、やはり戦場での実体験とでは雲泥うんでいの差。

 仲間を見捨てられずえになった者もいた。


 まして、アリスは実戦経験などかなりとぼしいだろう。

 いざとなったら、俺がしっかり動かなければならない。


 俺はシェヴェルに確認した。


「目撃者の話だと、複数人の仲間が同時に消えたとの話だった。シェヴェル、何か心当たりがある魔物はいるか?もしくは、そういった魔法があるかでも構わない」

「このカバンで使っている圧縮魔法なら無理やり再現できなくもないが、妖魔でも使えるものは限られている上に攻撃魔法として使い勝手が悪すぎる。仮に妖魔だとしても、通行人を襲う目的がわからん。私たちは下級の魔物と違って、人間を食せずとも生きていけるからな」

「となると魔法の可能性は低いか。では、他の魔物で該当がいとうしそうなやつはいないか?おそらく小型で素早い種が該当すると思うが」


 シェヴェルはあごに手を当てて考え込む。


「一瞬で人間をさらえるヤツか……それなりの知能がある魔物で、鳥型ならガルーダ、猿型ならハヌマーンかな。どちらも群れで人間を狩るから条件にも当てはまりそうだが、姿が見えないほど素早く動けるかというと疑問だ。そもそも、ここは彼らの生息域からも遠い」


 確かにいくら森が暗いとはいえ、姿を見せずに人間を一度に複数人さらうのは難しそうに思えた。


「相手が複数だと厄介やっかいだな。距離は取りながら、互いにサポートができる位置をキープしよう。アリス」

「は、はい!」

「鉱山側を見張ってくれ。シェヴェルは町側。俺は中心で二人をサポートする」

「わかりました!」


 アリスが返事をして遠ざかったのを確認してから、俺はシェヴェルに小声でたずねた。


「どうも今朝からアリスの様子がおかしいんだが」

「え?そうか?」


 シェヴェルの白々しい返答に、俺は直感した。


「昨日の晩、アリスに何を吹き込んだ」


 シェヴェルは不自然に目を逸らす。


「なぜ私を疑う」

「アンタ以外、理由が考えられないんだよ」

「乙女の密談の中身を聞いてくるなど、無粋ぶすいきわみだな。貴様に教えるわけなかろう。それくらい自分の頭で考えろ」


 俺はため息をついてシェヴェルを見た。


「何を言ったのか知らんが、今は大事な時期だと言っただろ」

「大丈夫だ。あの娘は私たちの足手まといになるほどヤワじゃあない」

「それはそうだが……」

「そんなことより今回の討伐対象だ。どうも目撃証言が引っかかる」


 シェヴェルはふいに真面目な顔になる。


「改めて気になったのだが、襲われるまで全く気づかず、姿も見えないことなどあるのだろうか」

「実は俺もそれは気になっていたんだ。道幅もそれなりにある。いくら素早い魔物でも、森から出てきたら一匹くらいは見えそうな気もするが」

「何か、私たちの考えに大きな見落としがある気がしてならない」


 気づくと、アリスが俺たちの方を見ていた。

 シェヴェルは怪しまれないように俺から離れると、適度な距離を取ってわざとらしく辺りをキョロキョロと見回した。


 しばらく道で待機しているものの、魔物らしき気配すら一向に現れない。

 その間、いくつかの集団が俺たちの前を通り過ぎていった。

 中心の女たちを守るように男たちが周りを囲んでいる。


 どうやら大人数でいれば魔物に襲われないという話が町中に広まっているらしい。

 確かに魔物側としても、男たちが大勢いる中では狩りをしにくいだろう。

 少人数の子女しじょが一番の狙い目であることは間違いない。


 そろそろ鉱山が動き出す時間だ。

 人の往来もほとんどなくなった。


「残念だが、今日は不発かな」


 そう言って俺が森の方を見回していた、ちょうどその時だった。


 一人の少女がとぼとぼと道を歩いてきた。

 年端としはもいかない容姿に見えたが、まるで年相応の活気が感じられない。

 目も虚ろで、焦点が合っていなかった。


 近くにいたアリスが少女にけ寄り、声をかける。


「大丈夫!?顔色が悪いけど」


 俺とシェヴェルもアリスの元へ駆け寄った。


「こんな小さな女の子までり出されているとは……それほどまでに働き手が不足しているのか」


 俺はしゃがんで少女に話しかける。


「単独行動は危ないぞ。君も、町で怪物のうわさくらい聞いているだろう」


 少女は何も答えない。

 突然、シェヴェルが何かに気づいたように俺の方を向いた。


「バルト、このわっぱはどこから来たのだ」

「どこって、これから鉱山へ——」


 俺はそこまで言って気づいた。

 逆だ。


 アリスには鉱山側を見張るよう指示していたはず。

 少女は、鉱山側から町へ向かって歩いているのだ。

 それに、この少女——先ほど町から鉱山へ向かっていったどの集団の中にも見た記憶がない。


 シェヴェルが少女にたずねる。


わっぱ、お前、こんな朝早くから鉱山で何をしていた」


 少女はうつろな目をしたままシェヴェルを見据みすえた。

 咄嗟とっさにシェヴェルが一歩身を引く。


「アリス、バルト、こいつから離れろ」

「……え?」


 アリスがシェヴェルの方へ振り返ろうとした瞬間——


 少女の背後から、黒く長い何かが俺たちに向かって伸びてきたように見えた。

 同時にアリスと俺は何か強い力で後方へと引っ張られる。


 気づけば先ほどの位置からだいぶ後ろへ飛ばされていた。

 アリスも同じくらいの位置に移動している。

 シェヴェルが魔法を使ったのだろうか。

 一瞬のことで何が起きたかわからず、前方に目をやる。


 俺は信じられない光景を目の当たりにした。


 先ほどの少女が地面に伏せ、顔を歪めて鬼の形相ぎょうそうでこちらを見ている。

 しかし、その姿は先ほどとは似ても似つかないものになっていた。


 背中から昆虫のような黒い腕がいくつも生えていたのだ。


 そのうち2本が途中でもがれ、切り口から赤黒い体液がき出ている。


 シェヴェルはその手前で腕を押さえ、座り込んでいた。


「アリスッ!!」


 俺の言葉を待つまでもなく、アリスが反射的に動いた。

 少女だった「何か」に向けて、遠距離から瞬時に特大の炎魔法を繰り出す。

 腕がもげて弱っていたせいか、その「何か」は炎の直撃をまともにくらい、うめきながらすさまじい速さで森の奥へと逃げていった。


「シェヴェル、大丈夫か!」


 俺たちは急いで駆け寄る。

 シェヴェルは左腕を押さえながら、苦痛に顔を歪めているようだ。

 ひじのあたりから血が流れている。


 アリスが先ほどまで「何か」がいた辺りを見て悲鳴を上げた。

 先端が赤くなったつつのようなものが落ちている。


 それがり落とされたシェヴェルの左腕だと気づくまで、そう時間はかからなかった。

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