第26話
「この辺りか」
俺は改めて地図を確認する。
そこは鉄鉱石の採掘場へと続く道の途中にある、薄暗い森の中だった。
これは魔物の
「今回の討伐対象は町の労働者が鉱山へ向かう朝方、もしくは帰りの夕方を狙ってくるとの話だ。この時間帯であれば
俺たちが公爵の依頼を受けたことは一夜にして町に知れ渡ったのか、
「これは後に引けない雰囲気だな……」
「何を気にしている。一番大事なのは私たちの命だ。ダメならダメで素直に断って、すぐにこの町ともおさらばだ」
「俺もシェヴェルのように割り切って物事を考えられたらと思うよ」
シェヴェルは俺を見ながら肩をすくめた。
「逆に私はお前が何に気を
これは価値観の違いか、それとも種族の違いか。
ふと、アリスが俺のことをじっと見つめているのに気づいた。
「ん?どうしたアリス」
アリスは俺と目が合うと、あたふたしてすぐに目を
「い、いえ!なんでも……ありません」
そう言いながら、またチラチラと俺の方を見ている気配を感じる。
今朝から何か様子がおかしい気もするが、どうしたのだろうか。
まあいい。今は依頼された仕事に集中しよう。
俺は今日の調査に意識を戻した。
「今回はあくまで『討伐対象』の確認がメインだ。まずは対象の
再びアリスの視線を感じ、俺はアリスの方に目を向ける。
「アリス、どうした?」
アリスが目線を
「あ、あの……途中で道行く方々が襲われた場合はどうしましょう」
「もし命が助けられそうなら助ける。手遅れの場合は
「……わかりました」
とはいえ、実際に犠牲者を
俺の隊にいた新人ですらそうだった。
頭では理解していても、やはり戦場での実体験とでは
仲間を見捨てられず
まして、アリスは実戦経験などかなり
いざとなったら、俺がしっかり動かなければならない。
俺はシェヴェルに確認した。
「目撃者の話だと、複数人の仲間が同時に消えたとの話だった。シェヴェル、何か心当たりがある魔物はいるか?もしくは、そういった魔法があるかでも構わない」
「このカバンで使っている圧縮魔法なら無理やり再現できなくもないが、妖魔でも使えるものは限られている上に攻撃魔法として使い勝手が悪すぎる。仮に妖魔だとしても、通行人を襲う目的がわからん。私たちは下級の魔物と違って、人間を食せずとも生きていけるからな」
「となると魔法の可能性は低いか。では、他の魔物で
シェヴェルは
「一瞬で人間をさらえるヤツか……それなりの知能がある魔物で、鳥型ならガルーダ、猿型ならハヌマーンかな。どちらも群れで人間を狩るから条件にも当てはまりそうだが、姿が見えないほど素早く動けるかというと疑問だ。そもそも、ここは彼らの生息域からも遠い」
確かにいくら森が暗いとはいえ、姿を見せずに人間を一度に複数人さらうのは難しそうに思えた。
「相手が複数だと
「は、はい!」
「鉱山側を見張ってくれ。シェヴェルは町側。俺は中心で二人をサポートする」
「わかりました!」
アリスが返事をして遠ざかったのを確認してから、俺はシェヴェルに小声で
「どうも今朝からアリスの様子がおかしいんだが」
「え?そうか?」
シェヴェルの白々しい返答に、俺は直感した。
「昨日の晩、アリスに何を吹き込んだ」
シェヴェルは不自然に目を逸らす。
「なぜ私を疑う」
「アンタ以外、理由が考えられないんだよ」
「乙女の密談の中身を聞いてくるなど、
俺はため息をついてシェヴェルを見た。
「何を言ったのか知らんが、今は大事な時期だと言っただろ」
「大丈夫だ。あの娘は私たちの足手まといになるほどヤワじゃあない」
「それはそうだが……」
「そんなことより今回の討伐対象だ。どうも目撃証言が引っかかる」
シェヴェルはふいに真面目な顔になる。
「改めて気になったのだが、襲われるまで全く気づかず、姿も見えないことなどあるのだろうか」
「実は俺もそれは気になっていたんだ。道幅もそれなりにある。いくら素早い魔物でも、森から出てきたら一匹くらいは見えそうな気もするが」
「何か、私たちの考えに大きな見落としがある気がしてならない」
気づくと、アリスが俺たちの方を見ていた。
シェヴェルは怪しまれないように俺から離れると、適度な距離を取ってわざとらしく辺りをキョロキョロと見回した。
しばらく道で待機しているものの、魔物らしき気配すら一向に現れない。
その間、いくつかの集団が俺たちの前を通り過ぎていった。
中心の女たちを守るように男たちが周りを囲んでいる。
どうやら大人数でいれば魔物に襲われないという話が町中に広まっているらしい。
確かに魔物側としても、男たちが大勢いる中では狩りをしにくいだろう。
少人数の
そろそろ鉱山が動き出す時間だ。
人の往来もほとんどなくなった。
「残念だが、今日は不発かな」
そう言って俺が森の方を見回していた、ちょうどその時だった。
一人の少女がとぼとぼと道を歩いてきた。
目も虚ろで、焦点が合っていなかった。
近くにいたアリスが少女に
「大丈夫!?顔色が悪いけど」
俺とシェヴェルもアリスの元へ駆け寄った。
「こんな小さな女の子まで
俺はしゃがんで少女に話しかける。
「単独行動は危ないぞ。君も、町で怪物の
少女は何も答えない。
突然、シェヴェルが何かに気づいたように俺の方を向いた。
「バルト、この
「どこって、これから鉱山へ——」
俺はそこまで言って気づいた。
逆だ。
アリスには鉱山側を見張るよう指示していたはず。
少女は、鉱山側から町へ向かって歩いているのだ。
それに、この少女——先ほど町から鉱山へ向かっていったどの集団の中にも見た記憶がない。
シェヴェルが少女に
「
少女は
「アリス、バルト、こいつから離れろ」
「……え?」
アリスがシェヴェルの方へ振り返ろうとした瞬間——
少女の背後から、黒く長い何かが俺たちに向かって伸びてきたように見えた。
同時にアリスと俺は何か強い力で後方へと引っ張られる。
気づけば先ほどの位置からだいぶ後ろへ飛ばされていた。
アリスも同じくらいの位置に移動している。
シェヴェルが魔法を使ったのだろうか。
一瞬のことで何が起きたかわからず、前方に目をやる。
俺は信じられない光景を目の当たりにした。
先ほどの少女が地面に伏せ、顔を歪めて鬼の
しかし、その姿は先ほどとは似ても似つかないものになっていた。
背中から昆虫のような黒い腕がいくつも生えていたのだ。
そのうち2本が途中でもがれ、切り口から赤黒い体液が
シェヴェルはその手前で腕を押さえ、座り込んでいた。
「アリスッ!!」
俺の言葉を待つまでもなく、アリスが反射的に動いた。
少女だった「何か」に向けて、遠距離から瞬時に特大の炎魔法を繰り出す。
腕がもげて弱っていたせいか、その「何か」は炎の直撃をまともにくらい、
「シェヴェル、大丈夫か!」
俺たちは急いで駆け寄る。
シェヴェルは左腕を押さえながら、苦痛に顔を歪めているようだ。
アリスが先ほどまで「何か」がいた辺りを見て悲鳴を上げた。
先端が赤くなった
それが
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