第24話

 男はその身なりからして、身分の高い騎士か貴族のようだ。

 そのまま俺たちに軽く会釈えしゃくをして口を開く。


「ゼーゲ公爵家に仕えております、グイード・ベッカーと申します。いきなりの申し出、ご容赦ようしゃください。是非ぜひとも皆さま方を我が領主にご紹介させていただきたいのですが、構いませんでしょうか」


 突然現れた男からの唐突とうとつな提案に、俺は戸惑とまどった。


「もちろん、お招きいただくこと自体は大歓迎ですが……公爵家の方が、我々のようなものに何用でしょうか?」


 シェヴェルを見ると、これ以上余計なことを言うな、とでも言いたげな顔をしている。


「実は今、我々は訳あって力のある方々を探しております。失礼ながら先ほどのお話を立ち聞きいたしましたが、あなた方はブルーサーペントを倒すほどの実力をお持ちのようだ。是非ともお願いしたいことがあり、お話だけでもうかがっていただけたらと思いまして」


 顔を見合わせる俺たちに、グイードは続けた。


「もちろん、お引き受けいただける場合の謝礼しゃれいは十分にいたします」


 それを聞いて、俺が口を開く前にシェヴェルが即答した。


「その話、是非とも伺おう」




 俺たちは町の中心を流れる川を越え、高台にそびえる公爵邸へと案内された。

 町に入る前、遠く丘の上に見えた大きな建物だ。

 より近くで見ると、異彩いさいを放つ豪奢ごうしゃなファサードに圧倒される。

 やはり館というより、城か小さな宮殿のようにも見えた。


 大きな門をくぐると、大理石を贅沢ぜいたくに使った玄関が現れた。

 大きな扉の先には吹き抜けになったエントランスが広がる。

 屋敷の使用人たちが俺たちを出迎え、そのまま豪華な調度品ちょうどひんが並ぶ謁見えっけんの間へと通された。


 町の様子や公爵邸の造作ぞうさ、使用人の数を見るに、領地経営に関してはかなりやり手の君主なのだろう。

 もしくは何らかの方法で戦争景気に便乗びんじょうし、荒稼ぎしているのかもしれない。

 シェヴェルも同じ考えのようで、横から小声で耳打ちする。


「これは謝礼もかなり期待できそうだぞ」


 少しして謁見の間の扉が開き、館の主と思われる初老の男が使用人とともに現れた。

 隣にはグイードが同席している。

 初老の男が口を開いた。


「ゼーゲ公シュプリンガー家当主、アルベルトだ。グイードから聞いたが、そなたたちが道をふさいでいたブルーサーペントを倒したというのは本当か」


 俺たちは公爵の前でかしこまる。


「はい、とは言えドラゴンが我々の行く手をはばんでいたため、むをず倒したまでですが」


 公爵は俺を見て、わずかに顔をしかめたように見えた。

 確かにこの浮浪者ふろうしゃのような出立ちであれば、それも当然だろう。

 どこかで新しい服を買っておけばよかったと、今更ながらアリスの助言を聞かなかったことを後悔した。


 公爵は椅子いすに座り、俺たちにも改めて着座をうながした。


「早速だが、貴殿きでんらに頼みたい仕事についてだ」


 公爵はグイードに目配めくばせする。

 グイードは姿勢を正して俺たちに向き直った。


「お願いというのは他でもありません。ある魔物を討伐とうばつしていただきたいのです」


 何となく予想はついていたが、そういうことか。

 グイードは俺たちを見回しながら続ける。


「先ほどの町人の話にもあったかと思いますが、この度の戦役せんえきで我が公国の戦力のほとんどが同盟国であるブレネンへ徴兵ちょうへいされております。そのため、恥ずかしながら領内での紛争解決や治安維持に対する戦力が枯渇こかつしている状況です」


 そういえばブレネンの国境警備においても、第三騎士団の本軍だけでカバーしきれない範囲については周辺の同盟国の兵力や傭兵がかき集められていたな。


「事情は承知しました。難儀なんぎな状況、お察しします。それで、具体的にはどういった魔物が討伐対象でしょうか」


 グイードは意味ありげに公爵の顔を伺う。

 公爵はゆっくりとグイードにうなずいた。

 それを合図にグイードは続ける。


「ヴィダーから西へ少し行ったところに鉄鉱石てっこうせき採掘場さいくつじょうがあるのですが、町の住人が労働に向かう途中で行方不明になる事件が直近で急増しているのです」

「その原因が、魔物の襲撃しゅうげきというわけですか」


 俺の問いにグイードがうなずく。


「おっしゃる通りです。生存者の話によると、どうやら途中にある森に危険な魔物が巣食ってしまったようです」

「生存者がいるということは、魔物の種類や特徴はわかっているのでしょうか」

「それが……話によると、道を歩いている時にいきなり叫び声がして、その瞬間に後ろを歩いていた採掘仲間が数人消えていたとのことです。恐ろしくなり逃げるのに必死だったようで、はっきりと姿を見たわけではないとのことで」


 俺は首をかしげた。


「では、魔物かどうかの確証は得られていない、ということでしょうか」

「……おっしゃる通り確証はありませんが、そんな芸当ができるのは魔物以外考えられません」


 公爵が俺たちに向かって口を開いた。


「もちろん魔物と断定するつもりはないが、何らかの怪異かいいがいて、我々に危害を加えていることは間違いない。すでに街の者が何人も行方不明になっている。是非とも、解決のために力を貸してもらいたい」


 シェヴェルが口を開く。


「聞く限りだと、難度は高そうですね」

「もちろん、礼は十分はずむつもりだ。30000スタールで引き受けてくれまいか」


 俺はその金額を聞いて驚愕きょうがくした。

 ドラゴンを倒してからというもの、急に金運に恵まれたようだ。


 しかし、なぜか先ほどまで一番気乗りしていたシェヴェルがやけに慎重な様子で答えた。


「我々としては是非とも引き受けたいところですが、私たちがその魔物か怪異だかに勝てる確証はまだありません。実際に対象を確認の上で、討伐可能かを判断したく」

「もちろん構わない。まずは依頼を引き受ける検討をしてくれた事を感謝する。討伐可否については、いい返事を期待しているぞ」


 公爵は肩の荷が降りたような安堵あんどの表情を浮かべ、グイードに目で合図した。


「皆様方、長旅でさぞお疲れでしょう。せめてドラゴンを退治していただいたお礼と言っては何ですが、今晩は我々の方で寝床ねどこを提供いたします」


 それを聞いて、俺たちは顔をほころばせた。

 昨日の野宿からいきなり豪華な公爵邸での宿泊とは、まさに天にも昇る思いだった。


「ちなみに簡素ながら浴室もございますので、旅の疲れをいやしてください」


 それを聞いたアリスが目を輝かせている。


「本当ですか!?ありがとうございます!」


 俺たちは謁見の間を出ると、グイードに案内され公爵邸の東側へと向かった。

 公爵邸の建物は、上空から見ると北の庭園を囲むようにコの字型をしていた。

 南向きの中央棟から東西の両翼に建物が広がり、俺たちはそのまま直角に折れ東翼へと案内される。


 元々は館に仕える騎士たちが寝泊まりに使っていた部屋があるとのことだった。

 グイードがそのうち一部屋の扉を開け、俺たちを案内する。

 部屋は程よい広さで、昨日の野宿と比べれば天と地ほどの差だ。


「他も大方おおかた似た作りですので、どれでもお好きな部屋をお使いください」

「助かります。これだけあれば、部屋を別々にできるな」


 シェヴェルがすかさず割り込んできた。


「いや、3人同時に寝られる大部屋があればそこにしたい」

「おい、シェヴェル……?」


 俺は目でうったえるが、シェヴェルはそれを無視する。


「部屋に全員が揃った状態で、常に作戦会議をできるようにしたいんだ」


 グイードもさすがに違和感を覚えたようで、改めて聞き返す。


「しかし……よろしいのですか?作戦会議であれば、一階の応接室をご使用いただいて構いませんが」

「3人部屋にしてくれ」

「……かしこまりました。お望みの条件に近い部屋が一つございます」


 グイードは俺たちを通路の奥まで案内し、突き当たりの部屋の扉を開けた。


「こちらの部屋がご希望に沿う広さかと」


 そこは角部屋の大きな部屋で、ベッドが4つ配置されていた。

 部屋の中央には小さなテーブルも用意してある。

 シェヴェルは部屋をゆっくりと見回した。


「上等だ。ここでお願いしたい」

「お気に召していただけたようで何よりです。浴室はそこの階段を降りてすぐにございます。では私はこれで」


 グイードはシェヴェルの言葉に一安心したように一礼し、部屋を去っていった。

 続いて給仕が酒瓶とハーブティー、焼き菓子を台車に乗せて運んできた。

 アリスとシェヴェルは目を輝かせる。


「わぁ、美味しそうなお菓子!それにお茶まで!」

「酒の用意まであるとは。中々気がくな」


 シェヴェルは早速酒瓶を開けて手酌でグラスに注ぐと、グイッと口に流し込む。


「んー、悪くないじゃないか」


 この妖魔、少しは遠慮したらどうなんだ……。


 給仕が部屋を出ていくの見て、俺はシェヴェルに尋ねる。


「どういうことだ?せっかく一人一部屋使えるのに。アリスの意見も聞かず、勝手に決めるなよ」


 俺はハーブティーをすするアリスの方を見る。


「わ、私は全然構いませんけど……バルト様がお嫌じゃないでしょうか?」


 アリスは心配そうな顔で俺に尋ねた。


「俺こそ問題ないが、むしろアリスが落ち着かないだろう」

「いえ!むしろ私はバルト様と——」


 そこまで言って、アリスはハッとして少し頬を赤らめ、黙り込む。

 シェヴェルは酒をあおりながら俺たちを見据みすえ、ため息をついた。


「貴様らどこまで能天気のうてんきなのだ。私が大部屋を選んだのは理由あってのことだ」

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