第23話

 り橋を越えてしばらく歩くと、徐々に街明かりが見えてきた。

 立派な城壁と堀に囲まれた、かなり大きな街だ。

 日没後の仄暗ほのぐらさでもその大きさが十分確認できた。


 街の中央にそびえる大きな聖堂の尖塔せんとうが見えた。

 中心部を横断する大きな川も流れているようだ。


 奥に見える北側の小高い丘には、城壁へ沿うように巨大な屋敷が立っている。

 ここの領主のものだろう。それはもはや城と言っていいように見えた。


「ずいぶんと立派な都市ですね」


 アリスの問いに、シェヴェルがカバンからおもむろに地図を取り出して広げる。


「ゼーゲ公国の公爵直轄領こうしゃくちょっかつりょう、ヴィダー。元々司教座都市で、今はゼーゲ公が直接統治している」


 アリスがシェヴェルに尋ねる。


「そういえば気にしていませんでしたが、私たちが今いるのはゼーゲという国なんですね」

「ああ。かつての神聖ルクス帝国の領邦りょうほうの一つで、帝国なき今は辺境諸国の中でそれなりに力を持つ国の一つだ」


 俺もシェヴェルに向き直った。


「この辺りの土地勘はあるのか?」

「昔、流浪るろうの旅の途中に素通りしたことはある。当時よりさかえている気もするな。バルトは来たことあるのか」

「いや、俺の配属先は主に大陸の西側だったから、この辺りを訪れるのは初めてだ」


 歴史を感じる大きな城門の先に、幅の広い目抜き通りが一直線に続く。

 人通りも一気に増えた。

 公爵家のお膝元ということで、かなり栄えているのかもしれない。


 街行く人に確認すると、取引所は中央広場の近くにあるとのことだ。

 早速、俺たちは広場へと向かった。


 正面には豪華なファサードを構えた聖堂が建っていた。

 先ほど、街の外から見えたものだ。

 俺は尖塔をあおぎ見た。


随分ずいぶんと立派なものだ。レーヴェの巨大な大聖堂にも引けを取らない」


 シェヴェルが大聖堂の周囲を見回す。


「大規模な治癒院ちゆいんも併設しているな。そういえば小娘、イーサ教会所属魔道士として登録済か」

「はい。ですが、登録証の首飾りは戦で紛失して手元にありません……」

「では治癒院での小銭稼こぜにかせぎも難しいか」

「小銭稼ぎって何のことだ?」


 俺の疑問に、アリスが答える。


「回復魔法が使える魔道士でイーサ教会に所属している者は、治癒院で町の方々への治療行為ができるんです」


 そういえば王都レーヴェの大聖堂にも付属の治癒院があり、ヒーラーが活躍していたのを思い出した。

 シェヴェルが俺の横で残念そうに腕を組む。


「回復系魔道士はただでさえ貴重だから、登録証があれば教会からそれなりの金をもらえるんだがな。まあいい。ドラゴンの角や爪が売れれば、当面、金には困らないだろう」


 広場の中心には大きな噴水があり、苔むした見事なレリーフがほどこされている。

 先ほどの川から水を引いているのだろうか。

 噴水一つからも、この町の豊かさがうかがえた。


 取引所はまだ開いていた。

 中に入ると、大広間を囲うように商品別の取引窓口が並んでいた。

 俺たちは加工用素材の窓口を探してそちらへ向かう。


「何を持ってきたんだい?おじょうちゃん」


 窓口の男がシェヴェルをあやすように言う。

 そのめくさった態度にシェヴェルは少しムスっとしながら、カバンからドラゴンの角と爪を取り出して、わざと大きな音を立てて台の上に置く。


 途端とたんに男の目の色が変わった。


「あんた、こりゃあ……もしかして、ブルーサーペントの角か!?」

「ああ、そういやそんな名前だったか、あいつ」


 シェヴェルは自慢げな顔で窓口の男を見据みすえる。

 そのやりとりを聞いていた取引所の面々もにわかにざわついた。


「角2本に、前脚の翼の大爪が2本、後脚の爪が6本だ。いくらになる?」


 窓口の男は大急ぎでバックヤードへ向かうと、鑑定士を呼んできた。

 俺はシェヴェルに小声でたずねる。


「竜尾鱗はいいのか?」

「あいつは直接武器屋に持ち込む。その方がいい換金レートで取引できる」


 鑑定士が確認を終え、見積書を提示する。


「どれもかなり状態がいいな。角は1本1000スタール、前脚の翼の爪は500、後脚は300でどうだ」

「全部で4800スタールか。いいだろう」


 予想外の大金に、俺とアリスは思わず顔をほころばせた。

 シェヴェルがくぎを刺す。


「お前たちのかせぎの半分は、私の家の新築費用として取り分けるからな」

「え、あれ冗談じゃなかったのかよ……」

「当たり前だ」


 それでもアリスは興奮した様子で言った。


「せっかくなので今日は少しいい宿に泊まりましょう!旅の疲れもいやしたいですし」

「そうだな。思わぬ臨時収入も入ったし、いいだろう」


 その時、奥から管理人らしき体格のいい男が現れた。

 窓口の男と何やら話し出す。

 管理人の男はそのまま俺たちの前にやってくると、丁寧ていねい言葉遣ことばづかいで尋ねた。


「つかぬことをうかがいますが、これらをどちらで入手されたのですか?」

「どちらも何も、道中でドラゴンを倒したのだ。南からこの町へ続く道をこいつがふさいでいてな」


 シェヴェルの答えに、取引所内で一斉いっせいにどよめきが起きる。

 客の一人が声を張り上げた。


「倒したって……もしかして吊り橋の向こうの街道に巣食っていたヤツか!?」

「ああ。ついでに吊り橋も壊れてたから、魔法で直してきたぞ。応急処置だから後できちんと修理した方がいい」


 管理人の男は表情を変えず、俺たちを見定めるような目を向けた。


「こちらの取引所では、正規の取引以外を無効としています。万一にでも盗品の可能性があるものについては、換金を拒否させていただく場合がございます。なお盗品と判明した場合には、持ち込み者を一時的に拘束させていただいております」


 シェヴェルが男をにらむ。


「私たちが嘘をついているとでも?」


 皆こちらの件が気になるようで、人々の視線が一気に集まる。

 男は言葉をにごした。


「ブルーサーペントはドラゴンの中では小型種とはいえ、手練てだれのハンターが3、4人がかりでようやく倒せる魔物です。大変申し上げにくいのですが、あなたたちを見る限り、その……」


 慇懃いんぎんな言葉遣いではあったが、その目は明らかに俺たちを疑っていた。


 男の言いたいことはわかっていた。

 浮浪者のような出立ちの俺と、どう見てもか弱そうな女子2人。

 とてもじゃないが、あのドラゴンを倒せたとは思えないのだろう。


 だが、俺たちが倒したのは事実。

 疑いの目を向けられるのは心外だ。


 シェヴェルが面倒くさそうに口を開く。


「では街道を南下して確かめてくるがいい。ドラゴンの死体が転がっているはずだ」

「ええ、もちろんブルーサーペントが一匹倒されたのは事実でしょう。ですが、それがあなたたちによるものという証拠は何かございますでしょうか」

「証拠と言われてもな」


 男は試すような視線をシェヴェルに送る。


「例えば、そうですね……そもそもブルーサーペントを倒せる実力があなた方に本当にあるのかどうか——」

「ではこの取引所を一撃で端微塵ぱみじんにすれば、信じてくれるか」


 シェヴェルは男を睨んだまま、右の手のひらを上に向けて巨大な火球を作り出した。

 さすがの男もそれには驚き、あわててシェヴェルに向き直る。


「……お、おやめください!」


 シェヴェルはそれを聞いて火球をすぐに消した。

 天井を見ると、火球にあぶられていた部分が少しだけげている。

 管理人の男は窓口の男と鑑定士を呼び、何やら話をした後、再びこちらへと戻ってきた。


「あなた方の言い分を信じましょう。大切なお客様を疑うような真似をして、大変申し訳ございませんでした」


 管理人の男はシェヴェルに向かって思い切り頭を下げた。


「その『言い分』という言い方が気に食わんが、信じてもらえたのであれば、まあいいだろう。換金可能ということで了解だ」


 それを見ていた取引所の人々が、一斉にこちらを見て歓喜かんきの声を上げる。


「いやあ、あのドラゴンを倒してくれたなんて!」

「吊り橋まで?ありがとう!」

「すごいな!どうやって退治したんだ?」


 口々に町人から話しかけられ、俺は困惑した。

 これは少々まずいかもしれない。

 俺はアリスとシェヴェルに耳打ちする。


「追手のことを考えると、あまり目立ちたくなかったのだが……」

「いや、逆にこの方がいいのではないか?常に町人の目があれば、奴らも迂闊うかつに出だしできまい」

「確かにまあ……そういう作戦もありか」


 俺はふと気になり、町人たちにたずねた。


「あのドラゴンを倒したのが、そんなにありがたいことなのか?」


 町の男が答える。


「当たり前だろ。アイツのおかげで、数日前から南への街道が塞がれてしまっていたんだ。ブレネンとの最短交易ルートが使えず困っていたんだよ」

「ここは公爵家直轄領だろ?傭兵ようへいとか騎士とか、対処のための戦力はないのか」


 町の住人たちは一様いちように暗い顔になる。


「ゼーゲはブレネンと軍事同盟の協定を結んでいる。腕っぷしのいいヤツらは、みんな戦にり出されちまったよ。閣下かっかの家こそ、ご子息を筆頭ひっとうに真っ先に猛者もさたちを徴兵ちょうへいされたみたいだ」


 俺はその考えにいたらなかった。

 戦の余波よははこんなところまで来ているのだ。

 そもそも管理人の男がシェヴェルの実力を目の当たりにしただけで俺たちを信用したのが少し引っかかっていたが、そういう事情もあったのだろう。


 別の男が続ける。


「あのドラゴンを倒せるほどの実力を持つものは、もうこの町には残っていないんだ。そもそもここらは魔物も多いから金稼ぎ目当てのハンターもたむろしていたんだが、戦のせいか最近はとんと見かけねぇ。まあ、街にこもっていれば身は守れるんだが」

「城壁がやたら強固だと思っていたが、そういう事か」

「ああ。とはいえこのまま街道に出られずブレネンとの交易に支障が出ると、物によっちゃあ商売上がったりだからなぁ」


 その時、俺たちの元に一人の男が近づいてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る