第22話

 二人がいた場所は、ドラゴンが吐き続ける凄まじい火炎でおおわれる。

 俺は思わず目を覆った。


 なんて事だ。

 ここまできて、自身の無力さを恥じた。

 大切な仲間すら守れず、何が元騎士団長だ。


 突然、ドラゴンの吐く炎が止んだ。

 俺はゆっくりと顔を上げ、違和感に気づく。

 ドラゴンの動きが完全に止まっている。

 と言うより、何かで固められているようだ。


 炎と煙が晴れ、アリスたちがいる辺りが見えた。

 そこには二人を包むように半球状の透明な氷のドームができており、夕方の光を受け光り輝いている。


 その中心に、アリスがおごそかにたたずんでいた。

 の光を受けて手をかかげる様は、天から舞い降りた天使を思わせた。


 ドームはそのままパリンと音を立て、ガラス細工のように砕け散った。

 その破片が陽の光を浴び、雪の結晶のようにきらめいてアリスを照らし出す。

 アリスの手首からかせがするりと落下し、硬い金属音を立て地面に落ちた。


 ギリギリで封印魔法が解除され、アリスの魔力が解放されたのだ。


 アリスは水を得た魚のように落ち着きを取り戻し、俺の方を向いた。


脅威きょういは去りました。バルト様、ドラゴンにとどめを」


 俺は一瞬、アリスの姿に思わず目を見張っていたが、ゆっくりと起き上がりドラゴンに近づく。

 よく見ると、ドラゴンの表面にうっすらとしもがまとわりついている。

 全身が完全に氷漬けにされているようだった。


「これは……アリスがやったのか?」


 アリスは俺の目を見てうなずく。


「それよりバルト様、氷が解けないうちに、早く」

「ああ、そうだな」


 俺はドラゴンの翼に突き刺さったままのツヴァイヘンダーを力任せに抜き取ると、ドラゴンの脳天目がけて振り下ろした。


 ドラゴンは最後の悲鳴を上げたようにも聞こえたが、やがて目の光を失い、固まったまま息絶えた。


 俺はアリスに向き直った。

 気のせいか、今までにない威厳いげんめいたものを感じる。

 これがかつてのブレネン宮廷魔道士一族の末裔まつえいが放つオーラか。


 だがよく見ると、足が小刻こきざみに震えている。


「あぁ……怖かったぁ!」


 そう言うと、アリスはその場にへたり込む。

 危うく倒れそうになったところを、俺が抱きかかえた。


「……すごいぞ、アリス!良くやった」


 俺はまだわずかに震えているアリスの手を取った。


「魔力は元に戻ったのか?」

「以前と同じ氷魔法を出せたので、おそらく」

「何はともあれ良かったよ。これもシェヴェルのおかげだな」

「あ、そういえばシェヴェル様!」


 アリスは急いで振り返ると、地面に伸びているシェヴェルの元へ駆け寄った。

 そのままアリスが手をかざすと、手のひらから強い光が発せられた。

 すぐに光は消え、アリスがシェヴェルを揺さぶった。


「シェヴェル様」

「むにゃむにゃ……カボチャは右ぇ」


 シェヴェルは寝ぼけているのか、よくわからない言葉を発する。


「もう大丈夫ですよ!起きてください!」


 アリスがシェヴェルのほほをペチペチ叩くと、シェヴェルはハッと目を覚ました。


「……ドラゴンは?」


 俺はシェヴェルの顔をのぞき込む。


「アリスと俺で倒した。もう大丈夫だ」


 シェヴェルはむくりと起き上がり、アリスの手首を確認した。


きわどかったが、ぎりぎり間に合ったか」

「わずかでも遅れていたら丸焦まるこげでした」

「しかしこの私があんな格下相手に下手へたを打つとは、ざまぁないな……気が進まないが、やはり定期的に戦闘訓練は必要か」


 アリスが俺の方に向き直る。


「バルト様にもすぐに回復魔法をかけますね」


 アリスが俺に向けて手を伸ばす。

 手のひらがまばゆい光に包まれ、あっという間に俺の傷がふさがった。


「魔力制限無しだとこんなに早いのか」

「効果は同じなので、完治するまでは無理しないでくださいね」


 身体も全快したので、俺たちは倒したドラゴンの元へと戻った。

 シェヴェルがドラゴンの状態をチェックする。


「若干小ぶりだが、状態は悪くない個体だな。では戦利品をいただくとするか。バルト、アリス、こいつの解体を手伝え」


 シェヴェルはひょいとドラゴンの背中に乗ると、手際よく角や爪、尻尾しっぽの付け根あたりに魔法で火花を散らし、輪郭線を描き出した。


「その目印より付け根側に切り込みを入れて、それぞれの部位を外してくれ。まずアリス」

「はい!」

「炎魔法の熱制御はどの程度できる?」

「これくらいの太さであれば、お時間いただければ焼き切れると思います!」

「いいだろう。それでは、爪を頼む。次にバルト、お前は角だ。道具はこれを使え」


 シェヴェルはまた魔法のカバンに手を突っ込み、今度は大きめのハンドアックスを取り出して俺によこした。


「目印の部分に角の根本と頭蓋骨の境目があるから、そこに刃を当てるように叩けば外しやすい」

「しかしよくまあ色々なものが出てくるな。文字通り、魔法のカバンだな」

「だてに長い間各地を旅してきたわけではないからな」


 俺たちは早速、ドラゴンの解体作業に取りかかった。

 俺は頭の上に飛び乗ると、角の付根に向かって斧を振り下ろす。

 うろこはかなり硬かったが、シェヴェルの言うとおり目印部分を何度か叩き切っていると次第に鱗に亀裂が入り、やがてゴロリと角が外れた。

 下に移動していたシェヴェルがそれをうまくキャッチする。

 そのまま付根についた血を魔法で洗い落とし、カバンへしまう。

 俺は角の処理を2本とも終えると、アリスの元へ向かった。


 アリスももう少しで作業を完了するところだった。

 ドラゴンの爪の付根を焼き切るげ臭いニオイにも構わず、アリスは黙々と作業を続けていた。

 そのまま流れ作業でシェヴェルが爪を魔法で洗い、カバンに収納していく。

 俺はシェヴェルに声をかけた。


「そういえば尻尾にも印つけてたよな」

「ああ、手が空いたならそっちも頼む。尻尾の先端にある長い鱗、通称『竜尾鱗』ははがねより硬くしなやかで、剣の素材として最高級品だ。希少きしょう部位だから、売れば5000スタールにはなるんじゃないか」

「俺も騎士団長の時に一本だけ竜尾鱗の剣を持っていたな。あれは実にいいものだった。騎士にとって一度は手に入れたいあこがれの剣だ」


 俺は裏手へまわり、ドラゴンの尻尾の付根に斧を一太刀入れる。

 さすがにどの部位よりも硬く切り落とすのに何度も刃を入れる必要があったが、ようやく竜尾鱗を切り離すことができた。


 鱗はそのままでも剣のような形をしており、夕陽を受けて美しい瑠璃るり色に輝いている。

 試しに斧でそっと突いてみる。

 「クーン」というような、何とも言えない不思議な金属音が鳴った。


 シェヴェルがやってきて根本の血を落とし、カバンに収納する。


「よし、これでお宝は回収できたな。り橋を渡ってしばらく行けば、次の町につく。日が落ちる前に着けるよう、急ごう」


 街道をひたすら進み、日没近くにようやく吊り橋に差しかった。

 そこで新たな問題が発生した。

 橋の中腹あたりの床板がいくつか抜けて、通行するにはかなり危険な状態になっていたのだ。

 アリスが崖の下をのぞきながら口を開く。


「先ほどのドラゴンが壊したんですかね」

「このままだと渡れないな。どうしたものか」


 アリスがシェヴェルに声をかける。


「シェヴェル様、床板にできそうな素材をお持ちじゃないでしょうか?」

「ちょっと待て、探してみる」


 シェヴェルがカバンを漁る。


「予備の木箱があった。ついでに縄もあるな。修理の材料に使えそうだ」

「私が魔法で橋を修理しますので、お二人はしばらくお休みください!」

「俺も何か手伝おうか」

「いえ、ここは私にお任せください。お二人とも治癒魔法で傷はえていますが、さっきの戦いで全身痛みが出てると思いますので」


 魔法を使えるようになったアリスは少しでも役に立ちたいのだろう。

 ここで食い下がるのも無粋ぶすいと思い、俺はうなずいた。


「それじゃあ、お言葉に甘えよう。助かるよ」


 アリスは満面の笑みで駆けていくと、これまでのじれったさを晴らすかのようにテキパキと魔法で木箱を解体し、橋を修理していく。


「あまり気負きおって無理するなよ」


 俺は遠巻とおまきにアリスへ声をかけ、シェヴェルの方に向き直った。


「しかしアリスも一気に頼もしくなったな。あの一瞬でドラゴンを全身氷漬けにしてしまうとは」

「氷の状態を見るに、魔力制御に関してはまだまだ無駄が多い。だがポテンシャルは私の見込み通りだ。鍛えればおそらく人間の中でもトップクラスの魔道士になれる。いずれ教会の枢機卿クラスに勝るとも劣らない実力をつけられるだろう」


 俺はそれを聞いて驚く。

 そういえば、彼女の先祖もかつてブレネンの枢機卿すうききょう世襲せしゅうしていたと言っていたな。


「俺には魔法のことはよくわからんが、アリスはそこまですごいのか?」


 シェヴェルはアリスの手首についていた拘束具を取り出す。

 あの場に落ちていたものを拾ってきたようだ。

 シェヴェルは拘束具を見つめた。


「あの娘、これをつけた状態で治癒魔法を放っていた」

「俺がくさりくだいたから、封印魔法がわずかに弱まっただけだろ?」


 シェヴェルはいきなりゴミを見るような目線を俺に送る。


「たわけが。物理的な破壊が封印魔法に影響するはずあるまい」

「え……じゃあ、アリスはそもそも封印魔法ですら封じられないほどの魔力を……?」

「全く、あれの将来が末恐すえおそろしいわ」


 シェヴェルは心なしかうれしそうにつぶやいた。


 アリスが笑顔で手を振ってこちらに戻ってくる。

 気づけばすでに橋の応急処置が終わっていた。


「終わりました!」

「早いな!大助かりだ。ありがとう」


 アリスは、えへ、と言って、とびきりの笑みを浮かべた。


「それじゃあ、行きましょうか!」


 俺たちは装備を整えると、一路、北の町を目指した。

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