第11話 運命の扉
「小僧の母だったのか!」
画廊の店主は興奮気味にマックの両肩を掴んだ。
今から何年も前のこと、ひとり中央都市に来ていたリンダは何の気無しにこの画廊に立ち寄ると、飾られた名画たちに心を奪われ「ぜひ私を描いてくれ」と頼み込んだらしい。
「あの時からリンダは美人でな、俺も若かったし二つ返事で描いてやったんだ」
絵が完成するまでの三時間半、若い二人は一言も会話を交わすことなく、集中していた。
「完成した絵を見せたら大層喜んでな、でも持って帰るには大きいからってここに残して行ったのさ。俺の中でもこの作品は一番と言って良いほどの力作だ」
感慨深そうにリンダの絵を眺める店主。その横でマックもまた、母を知る人物に出会えた喜びを噛み締めていた。
「ところで、リンダは壮健かい?」
「それが――」
苦虫を噛んだように顔を歪める少年の姿に、店主は彼女がもうこの世にはいないのだと察した。
「答えなくて良いさ。リンダは、小僧の母さんはずっとここに居るんだしな」
「おじさん……」
店主からしてみれば、リンダは一度しか会ったことのない女性。しかし、こうして彼女の息子に出会うことができた現実は、きっとリンダが繋いでくれた奇跡なのだろうと思えた。
「また帰る時にでも寄ってきな。餞別にイイもんをやるからよ」
「分かった。ありがとうおじさん!」
手を振るマックとそれに応える店主。彼は二人の姿が見えなくなると画廊に戻り、ポツリと独り言を吐いた。
「ワガママな小娘が、立派に母親やってたなんてな。良い子に育ってるぜマックは」
一方、マックとイザベルは名残惜しさを感じつつも、またリンダの地図を開いて次の目的地へと向かっていた。
「いらっしゃい」
「ど、どうも」
場所は、またまた大通りから外れた路地裏。かなり年季が入っているらしい、ボロい露店。例えるなら田舎の馬小屋といったところか。
リンダの地図によると、そこには宝石やらアクセサリーやら逸品が揃っているらしく、そこの店主もなかなかのクセモノのようだ。
「本当にあった」
「伝説みたいに言うなよ、マック」
笑い合う二人に怪訝そうな顔を浮かべる店主だったが、何かに気付くとマックの方をじっと、面白いモノを見つけたように覗き込んだ。
「お前さん、何者だい?」
「マクドウェル・ブライウッドです!」
マックはこの老婆もまた、母のことを覚えていてくれているのだと勘違いした。
「お前さんの名前なんてどうでもいい。聞きたいのはそのステータスさ」
「えっ、母のことを知ってるんじゃ……」
「アンタの母親なんて知らないよ!」
アヒルのように口を伸ばして俯くマック。
可哀想に。
「そのステータス。『運』の表示だけおかしいじゃないか」
「運?」
ステータスは基本、鑑定眼を持っている者か、鑑定魔法を持っている者にしか見ることはできない。自分自身で見る方法といえば、アーティファクトかなんかで投影する他無い。
マックはあの夢の時に見た自分のステータスを思い出した。
運の表示は確か、
運:32(+96500000)
「あっ」
「この数字はおかしいじゃろう!」
「す、すみません!」
何故か謝るマック。
可哀想に。
「僕にも詳しいことは分からないんですけど、たぶん『超特異魔法』のせいじゃないかと……」
特異魔法や超特異魔法のことで頭がいっぱいだったが、こんなことなら神様にちゃんと聞いておくんだった。
後悔、先に立たず――である。
「運とカミカゼ、何か関係があるのかもしれん。長いこと生きていて初めて見るモノじゃから確信は持てんな」
老婆はそう言って首を傾げると、ゴソゴソと乱雑に積み上げられた書物を漁り始めた。
「ふぅ、これじゃこれじゃ」
取り出したのは一冊の魔導書。その表紙には『現代の古代魔法』と書かれてる。なんともどっち付かずなところが気持ち悪い。
「わたしゃ、魔法が好きでね。それも、他人のを見るのが好きなのさ。特異魔法や稀にアンタみたいに、超特異魔法を持って奴もいるから飽きないのさ」
聞けばこの魔導書は老婆の自作らしい。それを開くと今までに出会った人族、獣人、魔族なんかの魔法が、場所と日付に至るまで事細かく書か記されている。
まさに変態的な好奇心だが、マックは他にも違和感を覚えた。
「この年号、おかしくないですか? だってほら百年以上も前の人の魔法が書かれている」
老婆は「よくぞ聞いてくれた」というふうにして目元まで覆っていたローブのフードを取り、その特徴のある耳を
「こりゃ驚いた。婆さん、エルフだったのか」
これまで
「我々エルフ族は長命も長命。今までに会った人々の顔こそ覚えておらぬが、才に恵まれた者の力ははっきりと思い出せるんじゃ」
エルフの老婆は「その中でも」と続けた。
「お前さんは特に恵まれた才を持っておる。わしゃ神なんぞ信じたくはないが、
マックは出会ってから初めて老婆の笑顔を見られたことに喜びを抱きつつ、母の地図に書かれていた「店主である老婆の笑顔が素敵」という文字を見て思わず笑みが溢れてしまった。
◇◇◇◇◇
「マックは元気でしたか!?」
帰ってきて開口一番がそれか。
まぁ、元気じゃったよ。
どうやらリンダの足跡を辿って中央都市を練り歩いているようじゃ。
「そうですか、マックが私の……」
何を泣く必要があるんじゃ。
お前たちの息子は、これからどんどん成長していくのだぞ。
親の遺した物を頼りながら、その人生を見ようとするなんて、良い子じゃのう。
「えぇ。とても親孝行な良い子です」
さて、この後の展開は不安定でワシにも見えん。
「それはどういう……?」
ここまでは既定路線。
例えるなら真っ直ぐな一本道を歩いてきたに過ぎないのじゃが、あの獣人の娘。
あの娘との関係でこれからの未来が二本にも三本にも枝分かれしていく。
「悪い方には行かないですよね!?」
さぁのう。
とりあえず見守るしかあるまいて。
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