第10話 母の痕跡

 どう見てもが原因だよね。


「そうじゃの。間違いなくのせいじゃ」


 ステータス欄の一番下。黒塗りで伏字になっている部分の横に【神の遣い】とハッキリ書かれている。


「そこが間違いだったのじゃ。もっとオブラートに包む予定だったのじゃが」


 オブラート……?

 とにかく、これを直してくれるんだよね。


「そうじゃ。ほれ、これでよかろう」


 ありがとう神様。

 あ、あとこの黒塗りの所って何が書いてあるの?


「ああ、お前さんには見えないんじゃったの。ついでに見えるようにしておくか」


*****


名前:マクドウェル・ブライウッド

年齢:10

レベル:2

腕力:20

器用:14

頑丈:21

俊敏:23

魔力:19

知力:29

運:32(+96500000)

【特異魔法】テイマー

【テイムモンスター】キングスライム(王様)、魔族「デーモン」(シャウス・アルドガルド)、スライム(ウェル、他三〇体)

【超特異魔法】生物係いきものがかり

【特能】神風


*****

 

 いやいやいや、ダメでしょコレ!!


「気に入らなかったか?」


 気に入らないとかじゃなくて、って入っちゃってるじゃん!


「ふうむ。でもなぁ、これより和らげると力が薄れる可能性があるからのう」


 えぇ……

 ちなみに、この特能とくのうっていうのはどういう意味なの?


「そのままの意味じゃよ。『特別な能力』ということじゃ」


 これもこれでだなぁ。

 じゃあ、言葉の意味だけ伏せちゃえば良いんじゃないかな。


「ふむ。例えば?」


 神風、ではなくて『カミカゼ』にしちゃうとか。こちらの文字で見たら何のことか分からないでしょ?


「それは名案じゃ! さすがはリンダの息子じゃのう」


 えっ、母さんを知っているの!?


「もちろん――じゃが、この話はまた今度じゃの」


 ちょ、ちょっと待ってよ!


「元気でやるのだぞ、マクドウェルよ」


◇◇◇◇◇


 やがて神様との交信は途絶え、再び真っ白な天井のみがおぼろげに見えてくる。やがてそれも見えなくなると、マックの前に映し出されたのは宿屋の天井だった。


「……夢、だったのかな」

「あ、やっと起きたか」


 イザベルは既に起きていて、着替えも済ませて髪をかしていた。

 

「朝食ができているみたいだぞ。マックも起きて、さっさと食いに行こう」

「あ、ま、待ってよぉ!」


 朝の挨拶もほどほどに、二人は宿屋の一階にある小さな食堂へ向かった。


「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」


 この人は宿屋の女将さん。いつも朗らかだが、酔っ払いには滅法めっぽう厳しい。

 昨晩も酔っ払いが騒いでいたのを一瞥すると、フライパンと包丁を片手に厨房から出てきた。マーマロウという名前にちなんで、常連や近所の者からは「ママ」と呼ばれている。

 ちなみに、料理を作っているのは女将さんの旦那さんで、ダンという。

 ママの旦那がダン……である。


「ちょっと来るのが遅かったから定番メニューは品切れになっちまったよ。適当でもいいかい?」

「全然構わないよ」


 女将さんは「ちょっと待ってておくれ」というと厨房に戻った。


「どうしたんだ。体調でも悪いのか?」

「い、いや……」


 マックはイザベルにをしようか迷っていた。信じてもらえるかわからないし「変な奴だ」とか思われたら嫌だし。


「ははーん。もしかして、アタシが夜中に出て行くのを見たのか?」

「ち、違うよ! ……え? 夜中に出て行ったの?」


 イザベルは一瞬だけ「しまった」というような顔を見せたが、得意のポーカーフェイスでそれを隠した。


「いやなに、少し喉が乾いたんでな。水を飲みに出ただけさ」

「そっか、良かった」

「うん? 良かった?」


「だって、もしあの騎士さんたちと三人だけで飲みに行ってたら寂しいし」


 なんと勘の鋭い子なのか。

 そうイザベルの顔には書いてある。


「お前を独りぼっちになんかしたら、村長やサティに怒られちまうからな。アハハ……」

「そうだよね!」


 この子が純粋で本当に良かった。

 そうイザベルの顔には――。


「ところで、これからの予定は? 観光とかしても良いんでしょ!?」

「ああ、もちろんだ」


 今にも飛び跳ねようか、というくらいに喜ぶマック。それでも落ち着いて、一枚の紙切れを取り出した。


「それは?」

「母さんがくれた中央の地図だよ。病気になってから書いたやつだから、結構薄れちゃってるけどね」


「良いじゃねぇか!」


 彼女はダンッと机を叩くと、立ち上がって目を輝かせた。


「母の痕跡を辿る旅、か。よしやるべき事は決まったな!」

「う、うん」

 

 ここまで気合を入れてくれるのは嬉しい。嬉しいのだけれど、もう少し周りを見てほしい。


「お客さん、あまり大きな声を出さないでおくれよ」

「あ、ゴメンナサイ……」


 女将さんの目が、コワイ。

 

 朝食を終えた二人はリンダがのこした中央都市の地図を頼りに、街を散策することにした。

 地図には「ここの景色が最高」とか「ここの雑貨屋にあるジュエリーが綺麗だった」とか、興奮していたのだろうと分かるほど殴り書きされている。


「飯は食べたばっかりだし、この画廊に行ってみようか」


 大通りから一本外れた小さな画廊。外観からはその風格は窺えないが、恐る恐る中に入るとまさに芸術的といえるほど左右対称に並べられた絵画の数々が飾られていた。


「凄い綺麗だね」

「ああ。こういうのに疎いアタシでも分かる。ここの店主はホンモノだ」


 パワー系のイザベルでさえ唸らせるほどの名画たち。それらを眺めていると、店の奥から店主らしき男性が現れた。


「いらっしゃい」

「あ、こんにちは。凄いですねこの絵」

「そうか? 君みたいに若い子に褒められるとお世辞でも嬉しいよ」


 なんだか弱々しく卑屈な男だ。

 

「お世辞なんかじゃないですよ。特にこの絵。これを見た瞬間に心を奪われましたよ」

「ほぉ……」


 少し頬を緩ませた店主。


「これは、昔この店に来た若い女の子を描いたものなんだ」

「えっ! それってもしかして……」

「ちょうど、の目の色に似た元気な娘だったよ」


 この画廊を訪れた母の地図には「初めて自分の絵を描いてもらった」と書き残されている。

 何を隠そう、その絵はマックの母、リンダその人を描いた作品ものだったのだ。

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