第四十六話 色装

 土煙を巻き上げ、オレは身を低くして高速でパールの眼前に踏み込んだ。

 陽光を浴び、気を緩めたパールは完全に虚を衝かれた。


「速い――!」


――取れる!


 剣を下から上へ振り上げる。

 キンッ! とが打ち合う高音が響いた。


「ち――くしょうが!」


 オレの渾身の振り上げはパールの横に倒した剣に防御された。

 ひらひらと、三本の茶色の髪の毛……パールの髪の毛が落ちる。


「だーっ!

 今ので駄目かよ! ほんっとバケモノ染みてるな、アンタ」


 オレは大の字になってその場に倒れる。

 これが防がれるんじゃどうしようもねぇ。


「今のは……ただ赤魔で体を強化したわけじゃない!

 なにをした! シール!」


「なにって、黄魔を体中に巡らせたんだよ。

 前に体が動かなくなった時、支配の魔力を体に巡らせて無理やり動かしたことがあったんだ。

 今回は体が万全な状態で同じことをやった。支配の魔力で体のリミッターを無理やり外したんだ」


「……はは、

 ふははははははっ!

 さすがに驚いたぞ」


「つっても、まだ一瞬しかできないけどな。

 速すぎて神経が追い付かん」


「一太刀と言うには浅かったが、

 私の髪の毛を三本落とした! その褒美はなにか考えておこう!」


 パールは「ふむ」と膝を崩し、胡坐をかく。

 オレは上半身を起こし、地面に両手を付けて上半身を支えた。


「今、君がやったのは色装しきそうという技術だ」


「色装?」


「高密度な副源四色を体や武器、魔術に長時間纏わせる技術をそう呼ぶのだ。

 一瞬だから君のは色装もどきと言ったところだがな」


「へぇ~」


 ぜーぜーと荒い息遣いが背後から聞こえた。

 影がオレに覆いかぶさったから上を見上げると、汗ばんだ金髪の少女の顔があった。


「……やっと、たどり着いた……」


「どうしたアシュ。こんなところに」


 アシュは「これ」と言って、木造りのバスケットをオレの頭上に出した。


「朝食、少なかったからってアカネさんが」


「弁当か! ちょうど腹が減っていたところだ」


 オレはバスケットを開け、中にある料理の面々を眺める。


「なんだこりゃ」


 おにぎり。

 もやし入りのチャーハン。

 もやし入りのサラダ。


「ちなみにおにぎりの具は?」


「もやしだよ。

 シールに元気になってほしかったから、わたしがオーダーしたんだ……。

 嬉しい? シール」


「ああ、嬉しい嬉しい……」


 余計なことを。アシュに悪気はないだろうから何も言わないけどな。

 オレはとりあえずおにぎりを手に取り、口へ運んだ。


 モグモグと二度咀嚼する。

……さすがアカネさんだ。こんな滅茶苦茶な具材なのに美味しい。


「なぁアシュ。

 お前は色装ってのできるのか?」

「できるよ」


 アシュは背負っている杖を抜き、岩壁に向ける。


「色装、“しつ”。

 “呂色焔ロイロホムラ”……」


 炎塊が形成され、それを覆うように黒い魔力がアシュの杖から放たれた。

 黒に塗色された炎は威圧感を放ちながら岩壁に撃たれ、岩壁に巨大な穴を空けた。


「すっげぇな……まさに必殺技って感じだな」

「その通り! 消費魔力は多いから使いどころが難しいがな。

 器用な魔力操作が必要な上、高密度な魔力を生み出すためそれなりの魔力量が必要だ。

 誰にでもはできん、高等技術だ!」


 そうだな、現にオレは本当に一瞬しかできなかった。

 自分の体に使うのすら難しいのに、炎に纏うとか出来る気がしない。まぁ恐らく、アシュはあの杖を使うことで何らかの補正を受けているんだろうが。


「良いタイミングだな。

 ここでもう一つ、高等技術を教えよう」


 食事を終えたパールは立ち上がり、オレから距離を取る。


「アシュ嬢。適当に魔術を私に撃ってくれ!」

「いいの?」

「構わん!」

 

 アシュは右手をパールに向け、炎を形成する。

 パールは腕を組んだまま直立。アシュが炎魔術をパールに放つ。


 炎の塊がパールに炸裂する。

 しかしパールは無傷だった。赤い魔力は纏っていない、代わりに渦巻くような青い魔力を纏っていた。


「青……操作の魔力でなにをしたんだ?」


「アシュ嬢の放った魔術の魔力を操作し、外に散らしたのだ!」


「他人の魔力を!?」


 青の魔力、操作の魔力は魔力を操作する魔力だ。

 基本的に自分の体内の他の魔力を運ぶ役割である。それを他人が放った魔力に対して使うなんて――


「渦巻くように青魔を纏い、青魔に他者の魔力が触れた瞬間、その魔力を操作して外に散らす。

 この技術の名は……“流纏るてん”」

「“流纏るてん”……それを今からオレが習得するのか?」

「ははは!

 それは不可能だ! これを見よ!」


 パールが右手の手甲を見せる。手甲は微かに焦げていた。


「長年“流纏るてん”の訓練をしている私ですら、まだ完璧に扱えん!

 私が知る中でもこれを使えるのは10人と居ない」

「じゃあどうして今、オレにそんな技術の話を――」


 あ、まずい。嫌な予感がする……


「まさかアイツは……」

「そうだ!

 レイラ嬢は“流纏るてん”を完璧に操れる」

「凄まじいな、ったく……」

「“流纏るてん”はバル翁の得意技でもあったからなぁ。

 遺伝と言うか、元より才能があったのだろう」


 パールですら使えない技術を、アイツは使えるのか。


「レイラ嬢の強みはこれだけではない。

 レイラ嬢の基本スタイルは投げナイフ。

 形成の魔力で作った鉄製のナイフを手に握り、強化の魔力でナイフと腕・肩を強化し投げる」

「どうして手に掴む必要がある?

 そのまま青魔で撃った方が手間がないだろ」


 オレの指摘を受けて、パールは形成の魔力で鉄を作り、鉄をくっ付けてナイフを作り宙に浮かばせる。


「これが青魔で撃った場合だ」


 ナイフは魔力によって放たれ、小さな岩に食い込む。ヒビが岩に発生する。

 パールはもう一度ナイフを形成、今度は手に握り、赤魔を込めた。


「これが直接投げた場合だ。

――ふんっ!」


 パールはナイフを投げる。

 投げられたナイフは姿がブレるほどの速度で岩に激突、岩を破壊しその背後まで飛んでいった。


「手で掴んで投げた方が――」

「数段速くて、強い」


「レイラ嬢はこのナイフの生成を私より速く、大量におこなえる。

 ひたすらナイフを投げ続け、相手をその場に釘付けにする。しびれを切らし、相手がやけになって放った大規模魔術を“流纏”で流す。ジリジリと、確実に、相手の手札を引き出させ、打ち破り、追い詰める。

 レイラ嬢はその戦法だけで魔術学院を勝ち抜いた」


 投げナイフに“流纏”。

 加えて未知の魔力――


「盛りだくさんだな」


「シール、怖がってる?」


「まさか。逆に楽しくなってきたよ。

 退屈はしなさそうだ」


「君はこの数日で遥かに成長した。

 しかしまだ、レイラ嬢には及ばん」


「盤上で埋まらない差は盤外でなんとかするさ。

 明日一日で勝つための仕込みはする」

 

 条件さえ揃えば誰にでも勝てるのが封印術。

 条件を揃えるために、なんでもするのが封印術師だ。


 手札が足りないなら、手札を増やすしかない。

 必要な物はもう頭に浮かんでいる。


 オレはその後、レイラの戦闘スタイルを真似たパールと仕合を重ね、五日間の修行を全て完了した。



 ――――――――――

【あとがき】

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