第四十四話 レイラの独白

 わたしは物心つく前からおじいちゃんにベッタリだった。不思議な術を使うおじいちゃんが、ひたすら私を甘やかすおじいちゃんが大好きだった。


 おじいちゃんはよく手品を見せるように封印術を見せてくれた。

 子供の頃のわたしは単純で、一枚の紙きれから指輪や宝石を出すおじいちゃんの術を見てすっかりおじいちゃんの虜になってしまった。


 そんな摩訶不思議なおじいちゃんの術を見て、わたしは魔術師になることを決めたのだった。


 もちろん、おじいちゃんが使っていた封印術には強烈に憧れた。学ぼうとしたけど、わたしには封印術を使うのに必要な魔力が無いと知って諦めた。

 当然おとなしく諦めたわけじゃなく、わたしは一日中おじいちゃんの真似事をして、そして本当にできないと知って次の日はずっと泣いてたっけな。


 毎年、天逆の月にはおじいちゃんと一緒にこの街マザーパンクに来て一週間一緒に暮らしていた。


 年中忙しそうにしていたおじいちゃんもこの七日間だけは一緒に居てくれた。

 おじいちゃんはねだるとなんでも買ってくれた。洋服も、ぬいぐるみも、なんでも。でもわたしはいつからかお金のためにおじいちゃんと遊んでいると、そう思われるのを子供ながらに本能的に嫌がって、七歳の時の旅行ではなにひとつおじいちゃんにねだらなかった。


 その年の七日目、おじいちゃんは何も言わずにぬいぐるみを買って来た。


 不細工で、ヘンテコなクマのぬいぐるみだ。

 正直まったく好みのぬいぐるみじゃなかったけど、おじいちゃんが何時間も家を離れてそのぬいぐるみ一つだけを買って来たから、きっと凄く悩んで決めたんだろうなって思い、その不細工なぬいぐるみをわたしは笑って受け取った。するとおじいちゃんは安心したかのようにほほ笑んでくれた。


 おじいちゃん的には何もねだられない方がどうしていいかわからず悩ましかったそうだ。

 それにしてもまさか、あんな可愛げの欠片も無いぬいぐるみを買ってくるなんて……。


 そう、基本的に不器用な人だった。口数もそう多いわけじゃない、いつもどこか寂しそうで……儚くて。悲しそうな顔をしていた。


 でも、わたしを膝に乗せている時だけは何かが満たされたかのように笑っていた。


 おじいちゃんはいつもわたしを気遣って、よく『体に異常はないか?』、『どこか痛いところはないか?』ってしつこく聞いてきたっけ。心配し過ぎだよ、とわたしはいつもそう返していた。それでも会う度に同じことを聞いてきた。本当に心配性な人だった。


 自分で言うのもなんだけど、おじいちゃんはわたしのことを溺愛していた。とてつもない愛情を感じていた。わたしも、同様の愛情をおじいちゃんに返していたと思う。


 優しくて、大好きだったおじいちゃん。



――でも、あの人はわたしを裏切った。



 人体実験と言う最悪の罪を犯して……。


「……シール=ゼッタ」


 シール君と離れ、部屋に戻っても、苛々は収まらなかった。

 ふと、ベットの上にある不細工なぬいぐるみが目に入る。


 わたしはベットの上に転がった不細工なぬいぐるみを踏みつぶし、彼の顔を思い出す。



「シール、……!」



 この感情はなんだろうか。

 ひたすらに、彼の存在が許せない。

 封印術を学び、まるでおじいちゃんのことを何でも知ってるかのようなあの顔が許せない。

 

――『一応伝えておく。爺さんは死んだぞ』


「どうでもいい……」


 わたしはおじいちゃんが大嫌いだ。

 あの人のせいでわたしは全てを失ったんだ……!


「どうでもいい、どうでもいい……!」


 わたしは何度もぬいぐるみを蹴る。

 何度も何度も……


「悲しくなんてない。

 わたしはおじいちゃんを恨んで、憎んで、嫌っているんだから――」


――悲しくなんてない。


 わたしはぬいぐるみから足をどかす。ぬいぐるみは、わたしの蹴りを受けてもまったく損傷していなかった。無意識に、加減していたようだ。


「封印術を、なんで君が。

 どうして君が、おじいちゃんが死んだことを知ってるの……」


 喉から手が出るほど憧れた技を、なにを失っても欲した術を、彼は持っている。

 さも当然のように……わたしがどれだけ封印術を望んだのかも知らないで。


 おじいちゃんの赤の他人である君が……。


 絶対に負けたくない。

 否定したい。

 おじいちゃんの弟子、その存在を、どうしても――許せない。


 ぱっと見、彼の実力はそこまでじゃない。

 魔力の圧力をほとんど感じなかったし、強者特有の雰囲気もなかった。

 彼よりも、その隣に居た女の子の方が強いと感じた。


「……。」


 あの女の子の蹴りを受け止めた右腕、まだ少し痺れている。

 長く魔術から離れていたから感覚が鈍っている。でも大丈夫、五日もあれば感覚は取り戻せる。


 彼、シール君は魔術学院の指標で言うなら多分、三等生さんとうせいレベル。一等生いっとうせいだったわたしの相手じゃない。わたしは模擬戦で負けたことはない、上級生にも教師にも勝ったことがある。


 感覚さえ取り戻せば絶対に負けない自信がある。

 おじいちゃんの唯一の弟子、おじいちゃんが最後に遺した存在。その秘術を教えた存在――全部、全部、否定してやる。否定して、壊してやる。


 おじいちゃんへの憎しみを、全部君にぶつける。



「存分に、虐めてあげるね……シール君」



 自分の瞳から光が消えていくのを感じた。



 ――――――――――

【あとがき】

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