第四十三話 退屈な修行と楽しい修行

 パールは秘書に残りの仕事を任せた後、オレ達を自宅へ案内してくれた。


 マザーパンクのちょうど真ん中辺りの層にパールの家はあった。

 大隊長ってだけあって二階建ての大きな家だ。


「少し遅いが、まずは昼食をとるぞ。

 妻が料理を用意してくれているはずだ!

 妻の料理は絶品だぞ~!」


「絶品、ねぇ……」


 確か“アカネさん”だったか?

 レイラの料理の師匠だと言う話だ。レイラのな。


――あまり期待しないでおこう。


「シール」


 シュラがオレの外套の袖を掴む。子供が父親の服の袖を掴むように。


「どうしたシュラ?」


「そろそろ代わるわ」


「あー……はいはい」


 ボン! と白煙が舞い散った。



「はよー」



 シュラが姿を消し、金髪の魔術師アシュが姿を現した。

 シュラの衣服を引き継いでいるせいで下腹部は露出。全体的にピッチピチで、体のラインがはっきりと見える。

 やっぱ胸がきつそうだな。布が膨らんだ胸に引っ張られ今にもはち切れそうである。

 そりゃそうだよなぁ……シュラの胸のサイズとアシュの胸のサイズ差はどんぐりとメロンのサイズ差ぐらいある。シュラのサイズに合わせた服を着ていたらこうなるわな。


 あれ? つーかコイツら、下着はどうしてんだろ。このサイズ差だ、どっちにも合う下着はないだろ。上も下もな。シュラを封印した時、下着はどうだったっけ?


 今度聞いてみようかな。いや、聞いたら絶対ぶん殴られるか(シュラに)。



「これは……!?」



 パールがアシュを見て頭を掻いた。

 アシュラ姉妹の切り替えを見りゃ誰でも驚く。だが、パールは他の奴とは少し違った反応だった。


「君は太陽神ラーの呪い子か!」


「うん」


「もしや、呪いの里〈フルーフドルフ〉の出身か?」


「そうだよ」


「――よく、シャノワール殿が外に出ることを許したな……」


里長さとおさは許してない。わたしたち、勝手に出て来たから」


 パールはアシュラ姉妹の呪いについても、コイツらの故郷についても知っているようだ。

 オレの知らない単語が二つほど出たな。〈フルーフドルフ〉、それが二人の故郷なのか。そんでシャノワール、そいつがくだらん風習を続けている里の長みたいだな。


「奇遇にも、太陽神(ラー)の呪い子が封印術師と共に居るとは。

――因果なものですな、バル翁」


 パールは寂しそうに笑った。

 オレの知らない感動ポイントがあったようだ。



「あら?」



 ガランと、扉に付いた鐘が鳴る。一階の扉が中が見えない程度に開かれた。

 扉の先、そこから聞こえたのは上品な女性の声。扉の隙間からオレ達の姿を見ているようだ。


 鐘が大きく鳴り、扉が完全に開かれる。

 扉を開き、現れたのはエプロンを付けた女性だった。


「なんだと――」


 オレは驚きの声を発する。

 なぜならそこに立っていたのは豊かな毛並みの――獣人だったからだ。


「もふもふっ!」


 アシュが瞳を輝かせて右手の人差し指を現れた獣人に向ける。オレは「失礼だぞ」と、そっとアシュの右手を下ろさせた。

 

 二足歩行、人間と同じ体格だがその顔は――猫。猫獣人だ。フサフサの耳、白色の体毛を全身から生やしている。頬には左右対称に三本ずつの髭が伸びている。


 柔らかい顔立ちや胸が出ていることから察するに女性だとわかる。


 獣人だがその雰囲気は艶やかで、気品に溢れている。

 パールが「おお!」と猫獣人に手を振った。


 まさかとは思うが――


「私の妻だ!」


「マジか……」


 人間と獣人の夫妻。

 いや、まぁ、世界中のどこかにはそういう組み合わせもあるとは思っていたけど……まさかこんな近くに居るとは。


「あらあら、そちらはお客様かしら?」


「可愛い……耳がぴょこぴょこしてる……」


 アシュがオレの服の裾をぐいぐい引っ張る。もやしを見た時と同じぐらい目がキラキラしている。


「はっはっは!

 例に漏れず困惑しておるな!」


「しない方が無理があるだろ……」


「獣人は魔物として数えられる種もいるが、

 彼女は〈猫神種バステト〉と呼ばれるれっきとした清き獣人だ。

 怖がる必要はない!」


 あんまり驚き続けるのも悪いと思い、オレは『こういう家庭もあるか』と常識を塗り替え、パールの後ろに付いて家に上がる。


 廊下の途中で“ディアの部屋 無断立ち入り禁止”というドアプレートがぶら下がった扉があった。確かパールは子供が居ると言っていた。二人の子供の部屋だろうか?


 二人の子供――どんな姿なのだろう。普通の人間だったり、もしくは獣人だったり、はたまた足して2で割ったような姿なのか。気になる。


「それにしても可愛いお客さんね~。

 お名前、聞いてもいいかしら?」


「シール=ゼッタです」


「アシュ!」


「シール君にアシュちゃんね。

 ごめんねー、先にお客様が来るってわかっていたらもっと良い物作ってたんだけど……」


「はっはっは!

 大丈夫だ! 君の料理は何でも美味しい!」


「やだも~、あなたったら」


 リビング、椅子がちょうど四つある長方形の食卓がある。

 オレとアシュは並んで座る。食卓の側には窓があり、桜の葉の隙間から溢れる陽ざしが差し込んでいた。オレは窓側の席をアシュに譲る。


 食卓に運ばれてくる皿。オレは立ち上がって皿を運ぶのを手伝った。「まぁ、偉いのねー」と猫獣人奥さんは穏やかな笑顔を向けてくる。うん、パールに似た優しい笑顔だ。そして純粋に生物として可愛い。頭を撫でたくなる。


 食卓に食事が並んだところでオレは席につく。正面にはパール、その隣に奥さんが座った。



「すぅ……」



 一滴の緊張。

 目の前の料理の数々はどれも美味しそうだ。しかし、そう思って裏切られた苦い経験がオレにはある。


「いただきます……」


「いただきます」


「どうぞどうぞ♪」


 オレは恐る恐る酢豚をフォークで刺し、口に運んだ。


「んんっ!?」


 柔らかい食感と共に口の中で弾ける肉汁。

 顎の力を使うことなく簡単に噛み切ることができ、喉にツルンと肉が通り胃に溶けていく心地いい感触――


 よかった。

 普通に美味い。


「アカネさん、でしたっけ?」


「あら、名前……教えたかしら?」


「いや、アカネさんの弟子から名前は聞いていたんです。

 レイラって言う……」


「あぁ! レイラちゃんねぇ~」


「それで、その、アイツの飯がちょっと不味アレだったんですけど、

 こんな美味しい料理を作れるアカネさんの弟子なのに、なんでかなぁーと思いまして」


 アカネさんはニッコリ笑顔にヒビを入れ、オレから目を逸らした。


「ごめんね、どうしようもないことがあるの。世の中にはね」


 そうか、レイラの料理の腕はどうしようもないものだったのか。


「シール。食事を終えたらマザーパンクの外に出て岩石地帯に行くぞ。

 そこで修行する!」


「大まかで良いから修行の内容教えてもらっていいか?」


「それは見てのお楽しみだ!」


「……?」



 ---



 食事を終え、オレは岩石だらけの場所にやってきた。

 そこで始まったのは――地獄のトレーニングだった。


 全身に赤魔せきまを纏い、パールが用意したオレの背丈の十倍はある岩石を背中に乗せる。そしてその場でひたすら腕立て伏せだ。


 目的は赤と青の魔力の強化である。


 赤の魔力、強化の魔力は筋肉に負荷をかけることで増えていく。

 青の魔力、操作の魔力は魔力を使うことで増えていく。


 この二つを同時に増やすには赤の魔力を使いながらも筋肉に負荷のかかるトレーニングをすればいいとパールは教えてくれた。この岩石腕立て伏せは赤の魔力を使いながら筋肉にも負荷が掛かって一石二鳥だそうだ。


 いや、理屈はわかるけど、わかるけども――


「999、1000……!」


「よぉし!

 あと9000回ッ!!」


「はぁ……! はぁ……! はぁ……!

 やって――られるかぁ!!」


 オレは背に乗せられた岩石をパールに投げ飛ばした。


「ふんっ!」


 パールは腰から緑の錬魔石が埋め込まれた剣を抜き、二度縦斬りを繰り出す。剣から生み出された風の刃が岩石を簡単に三枚おろしにした。

 斬られた岩石はパールを避けるようにして地面に落下する。


 あの剣、やっぱ使い勝手良さそうだな。能力は単純だし、癖が無い。

 飛ばした風の刃は遥か天空まで伸びていった。

 射程も相当長い……。


 パールは剣を鞘に戻し、腰に手を付いた。


「堪え性がないなぁ! シール!」


「地味だし……きついし……つまらん!

 もっと画期的な修行はないのか!」


「うぅむ、ではプランBはどうだ?」


 パールは赤の錬魔石が埋め込まれた剣を抜き、オレに向かって投げた。

 オレは剣の柄の部分をキャッチして受け取る。


 パールは緑の錬魔石が埋め込まれた方の剣を抜く。


「ひたすら私と剣を合わせる。

 これがプランBだ。戦闘経験、赤の魔力、青の魔力、同時に得ることができる」


「最高じゃねぇか」


「ただし一つ欠点があってなぁ……」


「なんだよ、欠点って」


「うっかり私がシールを殺してしまう可能性があるのだ。

 真剣ゆえ加減が難しい!」


「……欠点が重すぎる」


 木刀とか用意してねぇのかこのオッサンは。


「危険度は低く成長度は平均的なプランA、

 危険度は高いが成長度も高いプランB。

 どちらがいい?」


「退屈なのはどっちだ?」


「プランAだ」


「じゃあプランBでいこう」


 オレは外套を脱ぎ捨て、受け取った剣をパールに向ける。


「がっはっは! それでこそバル翁の弟子だ!

 どこからでもかかってくるといい! シール!」


「……余裕綽々しゃくしゃくだな」


「無論、余裕だ!

 安心して剣を振るえ。君の刃が私に届くことはないからな!」


「へぇ、言うなぁオッサン。

 オレが相手なら奇跡が起きてもアンタに傷一つ付けられないってか?」


「ああ、断言しよう!

 天地がひっくり返っても私が君から攻撃を受けることはないっ!」


 赤いオーラがパールから放たれる。

 そのオーラからは絶対的な自信、長年積み重ねて来た経験モノを感じた。


「よし。そこまで言うならよ、

 もしオレが一太刀でもアンタに浴びせられたら、その剣くれよ」


 オレは緑色の錬魔石が埋め込まれたパールの剣を指さす。


「我が愛剣、斬風剣ざんぷうけんを望むか!

――面白い! 乗ったっ!!

 しかし、ならば覚悟して来い! この剣がかかるなら私も少し本気を出さざるを得ないからなぁ!」


 風の刃を生む剣。

 中~遠距離戦で貧弱なオレにはうってつけの武器だ。


 鍔元には緑の珠、刀身には渦巻く竜の紋章。

 性能面も見た目も好みだ。やっぱカッコいいしな、剣って。


 絶対欲しい――


「いいね、楽しくなってきた……!」



 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

皆様からの応援がモチベーションになります。

何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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