第三十九話 決闘

 やってしまった。

 考えうる限り最悪の再会の仕方だ。

 相手シュラはオレの巾着バッグを持っている。そりゃつまりオレを探していたということだ。


 もし、オレを探す以外の目的で外を歩いているなら、宿なり他のどこかへバッグは置いてくるだろう。


 茶髪の少女、シュラはぎゅっと右こぶしを作っている。


「わたしね、昨日から寝ずにアンタのこと探してたんだ。

 カーズも、イグナシオも、フレデリカもね」


「そう、なんだ……オレも、探して――」


「なのに、アンタは見知らぬ女の子とデートしてるんだもんね。

 楽しそうだったわね……あーあー、どうしたもんかしら?」


 シュラは非常に怒っていた。

 顔は笑っているけど怒気をひしひしと感じる。



「どうしたの?」



 レイラが前に出て、シュラと対面する。

 「あぁん?」と敵意剥き出しのシュラだったが、レイラはシュラの顔を見ると瞳を輝かせ、「きゃー!」と抱き寄せた。


「ぶっ!!?」


 レイラの開けた胸元にシュラの顔が埋まる。


「え~! くぁわいいこの子!

 誰? 誰なのシール君! はやく紹介して~!」


 足をパタパタと動かして抵抗するシュラ。

 レイラはシュラを逃がすまいと抱きしめ続ける。


「くっ! コイツ……なんて赤魔せきま――!?」


 シュラがレイラを引きはがせない。

 態勢的不利があるとして、あのシュラが抜け出せないだと?


「えっと……レイラ、一旦離してくれるか? 話が進まん……」


「あ、ごめんごめん。

 わたし、可愛い存在が全面的に好きだから、ついね……」


 レイラがシュラを解放する。

 シュラは咳き込み、「もういいわ」とため息をつく。


「責めるのもめんどうくさくなってきた。

 はい、アンタのバッグ」


 シュラがオレに巾着バッグを渡す。


「拾ってくれてたんだな、マジで助かるぜ」


「お礼はアシュに言いなさい。

 あの子が魔術で拾ってくれたのよ」


「そういや他の面子が見当たらないが……」


「みんな別の場所でアンタを探してる。

 一生懸命ね!」


「……はいはい、オレが悪かったって」


「ふんっ!

 はやく合流するわよ」


「まぁ待て。その前に一応確認をな」


 オレは巾着バッグを漁り札が無事であることを確認する。

 魔術の加護を受けていないバッグは濡れていたはずだが、アシュかフレデリカが昨日の内に乾かしてくれていたようだ。


 オレは“獅”と“祓”と“死”の札を手に取り、一枚一枚傷がないかを見て再びバッグにしまった。


は無事だな……」

「――――っ!!?」


 ざわ、と隣から殺気に似た何かが発せられた。


『――ッ!』


 オレは防衛本能からすぐさま右の女から距離を取った。シュラも同様の動きをした。

 オレとシュラは並び立ち、殺気の元の少女と向かい合う。


 銀髪の少女、レイラは一切笑っていない瞳で、オレをジッと見ていた。


「レイ、ラ――?」

「コイツ……!」


 シュラがオレの側から姿を消し、レイラに向けて空中回し蹴りのモーションに入った。


「待てシュラ!」

「くらいなさい!」


 赤い閃光が走る。


「なにっ!?」


 シュラの空中回し蹴りは、レイラの右腕一本に止められた。


「……っ!」


 受け止めたレイラの表情が歪む。まったくダメージが入ってないわけじゃなさそうだ。

 しかし、あのシュラの蹴りを片腕で――


「ちっ!」


 シュラがオレの前に着地する。

 そのままもう一度跳ねようとしたのでオレは慌ててシュラの肩を押さえた。


「落ち着け馬鹿!

 コイツは敵じゃねぇ!」


 シュラが動きを止める。

 レイラは右腕を下ろし、まっすぐオレを睨んだ。


「ねぇ、シール君。

 君、ひょっとしてだけど……封印術師って、知ってる?」


 なんだ、

 体が震える。


 コイツ、なにかヤバい――


「知ってるもなにも、オレは封印術師だ」


 おぼろげだった敵意が、確定的になる。


「誰に、教わったの?」


 尋問のような口ぶりで彼女は言う。

 オレは訳が分からず、素直に答えた。


「バルハ=ゼッタって言う、爺さんだ」


 彼女は面食らった顔をする。目を見開き、瞳から光を消した。

 肩を震わせ、拳を握り、オレの顔を下から睨む。


「あ、そうだ」


 オレは話を変えようとバックの中の封筒を取り出した。

 軽い話題作りのつもりで、この空気を変えたい一心で。


「ほら、昨日言ったろ、探してる奴が居るって。

 今からそいつの名前を……」


 封筒の表を見て、そこに書かれた名前を見て、オレは絶句する。




――“レイラ=フライハイト”。




「お前――」


 オレは自然と頬を緩ませた。


「なんだお前、爺さんの孫娘だったのか……!」


 自分の鈍感さに驚く。


 道理で懐かしい匂いがしたわけだ。

 よくよく彼女の顔を見てみると爺さんの面影がある。


「……うん、そうだよ。

 わたしは、バルハ=ゼッタの孫だよ」


 なぜ今まで気づかなかったのだろうか。

 髪色も、目つきも、爺さんそっくりじゃねぇか。


「爺さんがな、牢屋でお前宛てに手紙を書いたんだ。

 あの爺さんめちゃくちゃ悩みながら書いたんだぜ。

 よかった、届けることができて……!」


「手紙?」


「そう、この手紙だ。

 受け取ってくれ!」


 オレが封筒をレイラに差し出すと、レイラは封筒を手に取り、



――真っ二つに破った。



 一瞬、なにが起こったかわからなかった。


「おい――」



 それから二つに分かれた手紙をつまみ、もう一度破り、四分割にして、それをまた――


「やめろ――」


 オレは相手が女性にも関わらず、思い切り力を込めて腕を掴んだ。



「やめろテメェッ!!!」



 ピリッと空気が弾けた。

 通行人の足が止まる。

 状況を呑めていないシュラが、オレとレイラの顔を交互に見て慌てている。


「お前……お前ッ!!!

 爺さんがこれを書くのにどれだけ――!」


「わたしには、死ぬほど憎い相手が居るって言ったよね?」


――『シール君はさ、死ぬほど憎い相手って居る?』


「わたしの一番憎い存在――それがね、おじいちゃんなんだよ。

 シール君」


 冷たく、暗い言葉。

 冷淡な瞳で彼女をオレを見る。



「そして、同時に封印術師という存在を、わたしは許せない」



 彼女の手から、ポロポロと手紙の切れ端が落ちる。


「あの人が人体実験なんてしたから……騎士団長様の奥さんを殺したから、

 わたしは騎士になる夢を断たれた。帝都の魔術学院からも追い出された。

 あの人が、あの人が全てを壊したんだよ」


 彼女の光の無い瞳を見て、彼女の暗く閉じた心の内を悟る。


「本当に、爺さんが罪を犯したと思ってるのか……!」


「うん。あの人は、一度だって弁解はしなかった。

 なにを聞いても、言葉を返さなかった……」


 なぜ、爺さんがあそこまで手紙になにを書くかで悩んでいたか、わかった気がした。

 この状態の孫娘に贈れる手紙なんて――


「シール君。

 今日さ、わたし、君にいっぱい奢ったよね。

 その借りを返してくれる?」


「……。」


「わたしと決闘しなさい。

――“シール=”……」


 シール=ゼッタ。

 あの人の弟子としてのオレを、彼女は見ている。


「五日後、天逆てんさかの月初めにわたしと決闘して。

 そしてもし、わたしが勝ったなら……二度と、封印術師と、あの人の弟子と名乗らないで」


 淡々とした口調に、

 一筋の怒りが宿る。


「わたしが勝ったなら、未来永劫、あのの名前を口にしないで」


 オレは地面に散らばった手紙の切れ端を拾い集める。

 土を払い、その切れ端を右手の内に全て収める。


「いいぜ、やってやるよ。決闘。

 負けたら封印術師をやめてやる」


「シール!?」


――腹が立った。


 純粋な、怒りの感情。

 彼女は過去になにかがあったのだろう。計り知れない過去があったのだろう。深い事情があったのだろう。

 だがそれでも、この手紙を、爺さんが書いた手紙を、容易に破り捨てた彼女が許せなかった。


 どうしようもなく―― 


――『ふふっ、すまない。ちょうど君と同じ年ぐらいの孫娘を思い出してね……』


 どうしようもなく――


――『若い娘が喜ぶ文章とは、どんなものだろうか』


 許せなかった。


「その代わり、もしオレが勝ったら――」


 オレは手紙を握りしめた拳を前に出す。



「この手紙、読んでもらうぞ……!」



 レイラは真っすぐオレを見据えて、唇を震わせる。


「前に、君に言ったよね。君が、わたしの大好きだった人に似てるって。

――前言撤回。君は……わたしが大嫌いな人によく似ている」




 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

皆様からの応援がモチベーションになります。

何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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