第三十八話 シュラ場

 デート当日。


 起きてトイレに行こうと部屋を出たら扉の前にオレの服一式が置いてあった。レイラが洗ってくれたのだろう。一日で乾くか? と思ったが火の魔術を使えば可能か。


 トイレから戻った後、オレはいつもの服装に着替えて廊下に出る。

 


「ふぁーあ」



 欠伸あくびをして、柵に手をかけて階段の下を見る。

 一階ではすでに、レイラが食材の準備をしていた。


――ぬかった!


 オレは慌てて階段を降り、包丁を出そうとするレイラの肩を掴む。


「うわ!?

 どうしたのシール君?」


「れ、レイラ!

 一宿一飯の礼だ、飯はオレが作る!」


「そんな大丈夫だよ……」


「オレ、料理大好きだから。

 任せてくれ!」


「そ、そう?

 じゃあ任せようかな。シール君の料理、食べてみたいしね」


 なんとか彼女のエプロンの紐を解くことができた。

 オレは彼女が用意していた食材を確認する。


 “スイーツウッド”の幹。

 葉を捲るたび、色と味が変わるキャベツ、“レインボーキャベツ”。

 地底で育つ果実、“シャドーベリー”から作ったお酢。

 油分の強い牛乳を生み出す“オリーブカウ”から絞り出した“ミルクオイル”。

 まん丸の赤い果実。

 桜の葉。

 食パン。

 “プチプチ米”。

 “イノシシニワトリ”の肉。

 見たことの無い魚の骨。


 オレが彼女に「なにを作る気だったんだ?」と聞くと、「オムライスだよ」と彼女は答えた。


 卵、どこだよ……。



 --- 



 スイーツウッドの幹と果実類と桜の葉を煮てジャムにする。

 食パンの耳を切り取って、ジャムを挟んでスイーツ風にする。パンの耳はミルクオイルで揚げよう。


 イノシシニワトリの肉とレインボーキャベツは一緒に炒めて、シャドーベリーの酢で味付け。プチプチ米はそのまま炊いてしまっていいだろう。


 魚の骨は使わん。つーかこんなの、何に使う気だったんだマジで。


 とりあえず三品、朝食にはちょっと重いか?


「できたぞ」


 オレは食卓で待つレイラの元へ皿を運ぶ。

 レイラがフォークを持ち、炒め物を刺す。そのまま口へ運んだ。

 オレはゴクリと息を呑む。“まずい”、そう言われる覚悟はある。


 ちゃんと味見もして、オレ的には悪くない味だった。オレの舌は確かな自信がある。

 だが彼女はあの壊滅的な料理を胸を張って出して来るのだ、舌が狂っていてもおかしくない。


――と、思ったのだが、


「うん、おいしい!

 シャドーベリーで作った酢は味がサッパリするからくどくなりがちなイノシシニワトリの肉と相性が良い。レインボーキャベツは色の違いで味が変わるけど、どれも別々の下味を付けて整えてるね!

 赤色の葉には塩、青色には砂糖、緑色に付いてるのは……ゴマ油だね」


「全問正解だ……」


 ここまで正確な舌を持っていてなぜあんな料理が産まれるのか、わからん……。



 食事を終え、互いに身支度が整ったところでオレとレイラは家を出た。

 レイラは肩を出したこれまた白い服を着ている。露出は昨日のワンピースより多く、胸元は開けて、スカートは短くしている。女性らしい部分はきちんと出し、それでいて気品を残した格好だ。


 マザーパンクの朝は少し暗い、桜の葉で陽の光が遮断されているからだろう。


「どこからまわろうかなぁ~。

 まずはやっぱり、気球かな!」


「もしかして、気球に乗って桜を上から見下ろすとか?」


「ピンポーン!

 気球は最下層だよ、行こ行こ!」


「あ、おい――!」


 レイラがオレの腕を引っ張り、階段を降りて下層へ向かう。


 料金を払い、まずオレ達は気球に乗った。犬獣人の魔術師が魔術で火を起こし、気球を操っている。


 遥か上空、あの巨大な桜の木を上から覗く。


 つい「うわぁ」と情けない声を出してしまった。


 一面のピンク。ピンクの葉からばら撒かれる黄金の雪――神秘的な風景が続いている。すぐ真上には雲海が広がっていた。

 マザーパンクから目を離し、北の方を見ると渓谷が見えた。渓谷の周りは森、渓谷の中心には雲を突き抜けるほど高い塔が建ててある。


「なんだありゃ!」


 オレは気球から半身を乗り出し、穏やかな風をその身に受けながら塔を見上げる。


「あの渓谷、特に名前はないけどみんな“竜の城”って呼んでる。

 たまにドラゴンが出るんだよ」


「ドラゴン……」


 シーダスト島で出会った爺さんの弟、銃帝。

 奴が乗っていた黒きドラゴン……あのレベルがうろうろしているとは考えたくないな。


「中心にある塔は“雲竜万塔ヴォルケトゥルム”。

 頂上にね、仙人が住んでるらしいよ!」


「仙人?」


「そ。“魔喰らい”って呼ばれる仙人が住んでるんだってさ。

 わたしは見たことないけどね。名前は確かアド――なんだっけ、忘れちゃった。

――なんでも、その仙人はドラゴンやスライムを食べて暮らしてるんだって」


「……それ、仙人ってより魔人じゃねぇか?

 あんなとこに人が住めるわけないだろう」


「もうっ。

 夢が無いね、シール君は」


「まぁでも一度登ってみてぇな……。

 あの上から見る景色は凄そうだ」


「……本気?

 雲よりも高いんだよ?」


「ああ。良い暇つぶしになりそうだ」


 渓谷から東に視線を運ぶとマグマ煮えたぎる火山が見えた。そのさらに奥に薄っすらと街が見える。


「渓谷に火山、めちゃくちゃな土地だな」


「火山は“グルエリ火山”って言って、鉱石がいっぱい採れるんだ。

 そして奥に見えるのが――帝都、〈アバランティア〉……」


 帝都か……。


「帝都に行くにはどういうルートを使えばいいんだ?」


「基本的には火山と渓谷の間の狭間道かなぁ」


 いずれ帝都には行ってみたいからなー。

 人口的に、爺さんの孫娘が一番居る可能性が高いのは帝都だろう。情報も多く集まりそうだ。

 いや、つーかアレか。パールって騎士に聞けば爺さんの家の場所も孫娘の居場所もわかるかな。


「気球が終わったら次は桜アイス食べよ!

 それで次はねー、あ! やっぱりお花見は外せないよね……お弁当はどこかで買うとして――」


 オレのシャツの裾をレイラが掴む。


 なんだろうな、彼女を相手しているというか、なんだかこう……娘を相手にしているような、いや、ちょっと違うか。孫娘を相手にしているような気持ちだ。


 彼女自身、どこかオレを異性としてじゃなく、別の対象として見ている気がする。


 気球を降りて、アイスショップへ行く。オレは一文無しだからレイラにアイスをおごってもらった。ピンク色のアイスだ。

 さっきの気球代もレイラ持ちだ。男として情けない……いずれ何らかの形で返さないとな。


 オレとレイラはアイスを舐めながら、マザーパンクの街を周る。


「ほら、シール君! こっちこっち!」


 楽しい、幸せだ。

 いろんなことを忘れている気がするが、まぁ今は置いておこう。


「シール君、次はどこ行きたい?」


 オレはアイスのコーンを口に突っ込み、手についた屑を手拍子で払って落とす。


「そうだな……一度どっかベンチに座らないか? 少し休憩しようぜ。

――おっと!」


 街道を歩いていると、ぼすん、と腹になにかが当たった。

 オレは腹に当たったのが人の頭だと感触で気づく。下を見ると、小さな茶髪の女の子がオレの腹に顔を埋めていた。


「すまん。

 大丈夫か?」


 オレは少女の肩を掴んで、離す。


「……。」

「――あ」


 どこかで見た茶髪女子の顔がそこにはあった。

 オレにぶつかった少女はバッグを二つ背負っていて、片方はオレの巾着バッグだった。


 彼女はオレの巾着バッグの紐をぎゅっと握って、オレとレイラを交互に見て眉をひそめた。



 ――――――――――

【あとがき】

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